G.P.S.博物誌

金星タヌキ

第1話【猫】


 

 つかぬことをお伺いしますが〈猫〉をご存知でしょうか?

 


 ええ。

 そうです。

 〈猫〉です。

 

 柔らかくて モフモフで 気位高いけど 人懐こくて 癒される……。

 そうです。そうです。

 その〈猫〉です。


 ……良かったです。

 随分と〈世のことわり〉が違う異界の方に 我らが世界ヒューメリアのことをお伝えせよとの マリノア店長様からのご用命で 緊張していたのですが〈猫〉のことは ご存知なのですね。

 少し安心いたしました。



 おっと。申し遅れました。

 わたくし ガイアナ・プリニウス・セクンディアナと申します。

 少し故あって 現在は ジーナ・ダイアモンドと名乗っております。

 皆様にも ジーナと お呼び頂ければと思います。

 現在13歳。

 〈セクンディアス記念魔導学院〉所属の女子学生です。

 

 まだ 学生身分ですので 正式に職に就き 公的な意味での成人になるのは かなり 先のこととなりそうなのですが ある程度は大人としての判断力がある人間だと ご理解いただければと思います。


 さて 今回は『身近な動物を取り上げてみたら?』とのマリノア店長様のご助言に従い〈猫〉について ご紹介しようと考えております。


 

【猫】  

 猫は 体高2キビト30cmほどの肉食獣です。

 ネズミをはじめとする屋内に出る害獣を狩るため 或は 愛玩動物として人間に飼われています。わたくしの住む王都ウェスティリア星降る街のような都市部では 元々は人間に飼われていた猫が独自に繁殖している 所謂 野良猫も一般的です。

 

 猫と人間の関わりは古く ラヴォンの著作『世界記』によれば 神代のニニーチェ遺跡の壁画にその姿が描かれていると言いますし シシスが書いた『ジガリア見聞』のフィルシュトル女王の陵墓に関する記事にも 東壁レリーフに猫を抱く女王の姿が残っているとの文言があります。

 文字による記録に残る前から猫は 人類と共に歩んできたと言えましょう。


 ネズミやモグラを狩る益獣としての側面も人間に大切にされてきた理由だとは思いますが その愛くるしい外見や可愛い仕草による癒しも人類の友となった一因だと思われます。

 半キビト7cmほどの長い毛を持つ種からごく短い毛を持つ種まで様々な毛並みの種がおり 毛の色も黒や青灰色 茶色 赤色 白色などが知られています。柄も単色のものから 足先だけ白色の〈ソックス〉と呼ばれるもの 縞柄や斑模様のものなど 様々な種類が知られています。

 

 白 黒 橙の3種の毛色の猫?


 いえ。わたくしは見掛けたことありません。

 文献でも読んだことは無いと思います。

 ただ 我らが世界ヒューメリアに居ないか どうかまでは ちょっと分かりかねます。

 わたくしが直接見聞したことがあるのは王都ウィスティリア星降る街近辺の限られた範囲ですし 図書館には うず高く積まれた膨大な書籍がありますが そこに記録されていることは この広大な我らが世界ヒューメリアのごく一部に過ぎません。

 そしてわたくしが目を通したことがあるのは書架に並ぶ万巻の書物の ごくごく一部に過ぎないのです。

 


 さて その管見の中からでは ありますが〈猫〉に関する気になる話題を幾つかご紹介いたします。


 

【麝香石】  

 ラヴォンの『世界記』の〈猫〉の項に依るならばヒュンダリア西北部のノブル森林に棲む〈麝香猫ジャコウネコ〉は 当地の狩人でも中々見つけることのできない珍しい動物らしいのですが 体内に特殊な石を産することで知られています。

 〈麝香石〉と呼ばれるその石は 微かな芳香を放つ暗褐色の小石で この石を削って作った御守りを身につけると〈麝香猫〉の形質を身につけることができるとされています。

 その為 身軽さを求める軽業師や気配を隠したい狩人 或は盗賊といった人々に珍重されているそうです。

 

 

【リグニア石】 

 さらにマールシルトの『世紀』の記述を信じるならば 年を経た麝香猫は〈大山猫リュンクス〉と呼ばれ その体内からは〈リグニア石〉と呼ばれる薄黄色の丸石が採れるそうです。

 この石に念を込め祈ったならば〈大山猫リュンクス〉と同じように自らの気配を薄れさせ 時には姿そのものを消す効果があるとされています。

 

 猫は待ち伏せ型の狩りを行う動物で 確かに彫像のように動きを止めて気配を消している姿を見かけることがあります。

 麝香猫は 待ち伏せ型の狩りの達人であり 〈大山猫リュンクス〉に至ってはその能力が著しく発達し姿を消すに至ったとマールシルトは述べているのですが わたくしはこの記述は疑問だと考えています。

 その根拠は『ライオネル報告』の〈大山猫リュンクス〉討伐の記事に「姿を消した」との記述が無いこと そして〈リグニア石〉の実物を見たという信頼できる記事を読んだことが無いことが理由です。

 

 〈麝香石〉はわたくしの通う学校ウィスティリア魔導院の標本室で見たことがありますが〈リグニア石〉は先生方も誰も見たことが無いそうです。

 遥か西方の皇都カピトゥ・ムンディのヒューメリア魔導学院へ留学されたノージナジ先生さえ ご存知無いそうです。

 

 わたくしの働くこの薬種商碧猫屋にも 時折〈麝香石〉は持ち込まれることがあります。

 ですがマリノア店長様に依れば〈リグニア石〉との触れ込みの石が持ち込まれることはあっても どれも偽物だったそうで 実物が持ち込まれたのは見たことが無いそうです。

 私は実在自体を疑ってかかった方が良いのではないかと考えます。

 確かに かなり後ろ暗い用途に使われそうな品物ではあるので 裏社会を人知れず流通しているのかもしれませんが……。


 

【猫目石】 

 猫の形質を伝える品物としては〈猫目石キャターズ・アイ〉を挙げない訳には参りません。

 〈猫目石キャターズ・アイ〉は一部の宝石や貴石に顕れる輝き方で ちょうど猫の瞳のように縦縞の輝線が出るもののことを言います。

 〈猫目石キャターズ・アイ〉の出る石は その石の持つ形質が猫の目のように気紛れに変化すると言われています。

 一説には 輝線が大きく出ている石ほど形質の振れ幅が大きいというのですが 具体的に数値で測れるようなものでも無いので 真偽のほどは定かではありません。

 

 わたくしがお世話になっております ここ薬種商〈碧猫屋〉のマリノア店長様の水碧髪アクア・マリンにも〈猫目石キャターズ・アイ〉の輝線が出てらっしゃいます。

 マリノア店長様の気紛れで つかみ所の無い性格も 猫目石キャターズ・アイの形質の影響かも知れないと思ったりも致します。

 

 ……おっと。

 これは 失言でしたね。

 他言無用で お願いしたいです。

 


星碧石スターラズリのガラスペン】

 わたくしは この連載を始めるにあたり文筆の力を上げてくれるという小さな〈星碧石スターラズリ〉が持ち手に嵌まったガラスペンを購入したのですが 先日 その〈星碧石スターラズリ〉に猫目石キャターズ・アイの煌めきを見つけてしまいました。

 見た目も美しく書き心地も素晴らしいので 気に入っていたのですが 元から安定しないわたくしの筆力が 更に不安定になるのでは……と危惧しているところなのでございます。

 

 ただ 折角購入したお気に入りのガラスペン。

 このままお蔵入りにするのは 余りに惜しいのです。

 是非とも このペンを相棒に 我らが世界ヒューメリアの様々な事物をお伝えさせていただきたいと考えております。

 毎回 読者の方の興味を惹ける話題をご提供できるか 甚だ不安ではあるのですが お付き合い頂けたら幸いです。


 さて 次回なのですが ガラスペンと同時に購入いたしました〈ホムンクルス人造妖精〉について お話しさせていただこうと考えております。

 そちらの世界には存在しない事物だそうなので 興味を持っていただけると思うのですが……



 

 

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