第14話 side:カイ



――――その日。


俺は歓楽街でも人気のないビルに入る。まともな人間ならこんなところに近付かないだろうが。


ビルに入れば早速柄の悪い連中がいる。


「どうぞ中へ」

「あぁ」

通された部屋には凄みを見せる嗣吹たちがいる。そしてその目の前には椅子にくくりつけられわめき散らす麻亜矢がいた。

いつもブランド物で身を固めている彼女は今は安物のシャツとミニスカートだ。さらに肌も窶れているように見える。気乗りはしないがせっかくの招待なので部屋の片隅で見物を始める。


「何するのよ!?これは立派な誘拐よ!華ノ宮家の令嬢である私にこんなことをして……ただで済むと……っ」

相変わらず状況が分かっていないようだな。


「はぁ……?華ノ宮?さらに令嬢のやらかした外資系企業への不当な要求……会社の株も暴落。会社は全て手放した上、お前の散財のせいで火の車。残されたひとつの屋敷も売りに出し一族はボロ屋に引っ越したそうだぞ。もうお前は面倒見きれねぇってよ」

つまり麻亜矢は捨てられたのだ。


「何で……何で何で何で!パパぁっ!パパが助けてくれるはずよ!今すぐあんたたちを倒して私を助けてくれるはず!」

「そのパパがお前を売ったんだよ。もうお前でも売らにゃぁ食って行けねぇんだとよ」

「は……?」

麻亜矢が愕然とする。麻亜矢のために何でもやってきた父親が遂に全てを失った。その元凶たる麻亜矢を最後に売り払うとは……さすがは毒のような父娘だ。


「そんな……そうだ……伊吹は!?」

この期に及んでこの女はまだ伊吹のせいにするのか。


「こんなことになったのも伊吹のせいよ!伊吹が私を騙したの!だってだって、猛さんは名家の子息でお金持ちだって聞いたから、顔もいいし寝取ったのに……。レストランでのマナーも酷いし私が赤っ恥。さらに調べさせたら家は貧乏で……何よあれ!」

なるほど……あの男は見栄だけは張りまくるタイプか。麻亜矢の家の財産目当てに嘘をついていたのだ。しかしながら略奪したのは麻亜矢だ。猛が麻亜矢の財産目当てで近付いたとしても自業自得だな。


「伊吹が私を嵌めるために仕組んだの!」

勝手なことを。嗣吹たちの隣の椅子に堂々と膝を組んで腰かければ、麻亜矢がぼうっとなる。ふん、相も変わらず面食いだな。


「あ……あなたレストランで会ったわよね!」

ふぅん?2年前のことは覚えていないようだが、この前のことは覚えているようだ。


「あのね、あなたが一緒にいた伊吹はとんでもない悪女なの!私のことを毎日のように虐めて男を取っ替え引っ替え……だからあなたも今すぐに伊吹から離れるのよ!安心して、私があなたを幸せにしてあげる!だから今すぐに私をここから出して!」

そう男を誘惑するようにアピールしてくる。ふぅん……これに騙される男も男だな。

ま、男を取っ替え引っ替えについては俺も任務でアンジェに色々と変装してもらったからどうこう言わんが。伊吹はそんなことをする子ではない。ただ幸せになりたいと願う普通の女性だ。

だいたいそのつもりならこんなところにはこないし、嗣吹も招かないだろう。


「ふぅん?2年前……伊吹を囮にひとりだけ逃げ、さらに見捨てて人質はいないと証言した」

俺の言葉に麻亜矢の顔が青くなる。

「な……何で……そんなの知らない!」


「そのせいで伊吹は生死の危機に陥った。お前が目立ちたくてやったことだろう」

自分が助かるために伊吹を見捨てた上に、目立つためにメディアに露出し混乱させた。

その混乱すらも彼女はちやほやされていると見なしたのだろうが、待っていたのは華ノ宮への猛烈な非難。

そんな状況でも華ノ宮は麻亜矢を国外脱出させた。むしろこの女に地獄を見せてやれば少しは反省しただろうか?いや、むしろさらに伊吹を脅かしそうだ。伊吹のためにはこの女はいない方がいいと思ったから俺も止めなかった。

だがきっちりこの女を管理し学ばせなかったのだから、華ノ宮の連中の凋落は自業自得である。


「あ……あれは、あの子が悪いのよ!私のブランドものが欲しいって我が儘を言って付きまとうから……ウザかったの!!」

「伊吹はそんな子じゃない」

高校生の頃の伊吹と邂逅した。あの子は両親を喪い、親戚に引き取られて家も取られ、何にでも遠慮していた。そんな子がそんなことをするはずがない。


「全部お前が目立つための狂言だ」

「そ……そそそ、そんなことっ。信じて!私は無実よ!そうだ……私、女としても気持ちよく……」

「反吐が出る」

「は……?」


「俺はお前みたいな女が一番嫌いだ」

胸元から取り出した獲物を麻亜矢の額に突き付ける。


「ひぃ……や、やめて……やめてよぉ……」

「なら聞かせろよ。何故お前はこんなにまで伊吹に付きまとう。伊吹の平穏を脅かす。伊吹がお前に何をした」


「何って……と、とんでもないことよ!あ……あの子は……両親が死んだってだけで周りから優しくされて……私よりもちやほやされて……狡いじゃない!!!」

想像以上のクズだな。両親を喪った少女に対し、自分がちやほやされなくなったからと言うだけでここまでしつこく嫌がらせを繰り返した。周囲の反応は当然のことだろう。それなのにその状況で自分をちやほやしろと要求する。どこが狡いのか。お前には甘やかして何でもしてくれる親がいたのだろう?その親もこの女を捨てたようだが。


親を喪う辛さ……か。それを知らないわけじゃない。だからこそ……。


「お前みたいなクズは……一生陽の目は見させねぇよ」

ニィと口角を上げる。

「……ひっ」

麻亜矢がふるふると震え出す。


「じゃ、後はよろしく」

「あぁ。任せろ。伊吹にやってくれた分……たっぷり対価を払わせるからよぉ」

嗣吹が決して表には出せない笑みを浮かべ麻亜矢は失神寸前だが……。


「自業自得だな」

俺は颯爽とビルの一室を後にした。

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