第15話 明るい未来
――――いつもの日常が戻ってきた。いや……いつも以上だ。
私はその後、晴れてカイと入籍した。カイと入籍し、挙式の立ち合いは杏樹部長や嗣吹さんと限られたひとだけになったが。一度目の挙式は挙げていない。
経済的な余裕がなかったのもあるけれど、今となっては初の挙式がカイで幸せだ。
そんなある日の昼下がり。
「うーん……これでどうだ!」
意を決してひっくり返した目玉焼きの黄身がべちゃっと崩れて下になる。うぅ……コツは何度も聞いたのだがこうなってしまう。
「あぁ……」
またやってしまった。
「どうした?」
隣でサラダを作っていたカイがフライパンを覗き込む。
「その、崩れちゃって……」
うぅ……相変わらずの不器用だ。これでも味付けだけは何とか分量通りできるようになったのだが。大さじ中さじ小さじ……目分量は私にはまだ早い。以前カイの真似をして目分量でやったら大惨事になってしまった。
「問題ない。伊吹が焼いてくれたんだ。美味しそうだよ」
「……っ」
ほんと……料理が上手いくせに私が下手でも優しいんだから。大惨事になった時も『一生懸命やってくれたんだ、えらいぞ』と褒めてくれた。そんなカイだから……。
最後に目玉焼きを蒸し焼きにしつつ、冷凍庫に手を伸ばす。
「あ、あと……これ」
この前スーパーで見付けた冷凍食品を取り出す。
「……これは」
「マラサダ!ハワイの名物なのよね。レンチンで食べられるのよ!だからどうかと思って」
「へぇ、懐かしいな。もうだいぶ帰ってない」
そう言うとカイはマラサダのパックを受け取り、何だか懐かしむように微笑む。
「そうだ……せっかく籍を入れたんだ。新婚旅行はハワイにするか?」
「……ハワイ」
外国に行くなんて初めてだ。英語は……高校教育の時の知識しかないし。でもカイの故郷なのだ。それだけでどこか興味が湧く。
「あぁ。親父は相変わらず何処にいるか分からんが……そうだな。伊吹を母さんにも紹介したい」
お母さんに……。つまり私の義母である。後に知ったことだが、カイのお父さんも傭兵で世界のあちこちを飛び回っているらしい。それからお母さんは……既に他界しておりハワイの大地で眠っている。
「俺の故郷を伊吹に見て欲しい」
「……う、うん。私も見てみたい。でも……外国なんて初めてで……」
「ならまずはパスポートだな」
「うんっ!」
カイとの新婚旅行か……。まさかカイの故郷に行けるだなんて楽しみだ。
嗣吹さんや杏樹部長にも早速話したいなぁ。
「本場のマラサダも食べようか。でもこっちも楽しみだ」
カイはやはり故郷の味が楽しみなのか、何だか嬉しそうにマラサダをチンしていた。
ちょっと形の崩れた目玉焼きを添えて、2人の休日の昼下がりは静かに穏やかに流れていく。
「ん、美味しい!」
カイのサラダもスープも美味しいし、冷凍マラサダも美味しい。
「あぁ、伊吹の目玉焼きも旨いぞ」
「う……うんっ。次はもっと上手く焼くから」
「楽しみにしてる」
「うん」
よし、次も動画を見てイメトレせねば。
そして話はいつしか先程の新婚旅行の話にも派生し、新婚旅行の予定をたてながら明るい未来に思いを馳せるのだ。
【完】
クズにはクズを 瓊紗 @nisha_nyan_
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