第13話 接触



――――いつも通り杏樹部長や同僚に挨拶し、帰宅の途に着こうとしていた。


「伊吹さん」

そう私を呼ぶ声にびくんと来る。この声は……。


「……何か、用ですか」

その女性を振り返る。以前見た時よりもだいぶ窶れたようだ。あれは……猛の母親。つまり元義母だ。


「何かじゃないでしょ!アンタのせいで……アンタのせいでウチはめちゃくちゃよ!」

めちゃくちゃ……って、そうしたのはあなたの息子じゃない。


「アンタのせいで……あぁ……猛が逮捕されて、その噂が広まって……近所からも白い目で見られてっ」

そんなの猛の自業自得でしょう。


「猛は重役について、私たちは金持ちになれるはずだったのよ!それから家も……」

私の家を奪う気だったのはコイツらもか。猛の実家に行ったことがあるが、あそこは古いアパートだった。カイもそんな古いアパートに住んでいたから私は平気だった。でもこのひとたちは私をまるで召使いのように扱い家事を押し付けた。猛は弟妹がたくさんいたが、猛や目の前の元義母がこうならば、弟妹たちもだ。ろくに飯も与えられず、ご飯は全部彼らが食べる。さらには料理が下手だと因縁を付けられた。

貧しかろうが、古いアパートに住んでいようが、カイの昔のアパートでの日々と比べたら天地の差よ。

その上金や持ち家に固執し奪おうとした。お父さんとお母さんの家を奪おうとしたのは……嗣吹さんを追い出した親戚たちと同じだ。

その後は高校生の時の事件を機に私の手元に帰ってきた。それだってカイがどうにかしてくれたのだ。今回と同じように。


「あれは私の家です。それに不倫をして一方的に離婚を迫ったのは猛さんの方です。私はもう離婚したんです。あなたたちとは何も関係ありません」

「ど、どの口が言う気!?慰謝料よ……そうよ慰謝料を寄越しなさい!」

それはこちらのセリフよ!迫ってきた元義母を避けようとした時、私と義母の間に割り込んできた背中に義母がひっと短い悲鳴を上げる。


「嗣吹さん」

相変わらずの強面で、柄シャツ。しかし元義母が脅えているのはそれだけではない気がした。


「な……何でこんな、ところに……お金は……お金はまだ……そうだ!その娘が身体で払うんだよ!」

ついには何を言い出すのだ、この元義母は!


「あ゛ぁ゛っ!?」

そんな元義母の咄嗟の言葉は嗣吹さんの逆鱗に触れたのだ。彼女は嗣吹さんが私の叔父だとは知らないのだ。


「ざけんじゃねぇっ!全部てめぇらが背負った借金だろうが!ならてめぇらで何とかしやがれ。言っとくがなぁ……伊吹に手ぇ出してみろ。そんときゃぁ……まともに陽の目を見られると思うなよ」

「ひいいいぃ……」

嗣吹さんったら……一体どんなことを……いや、しかし何となく分かった。このひとたちは……。


元義母はほうほうのていで逃げていく。


「……嗣吹さん、もしかしてあのひとたちは」

「俺たちのシマじゃぁねぇから、あんまり横槍は入れられねぇけどな。だが俺の姪っ子に手ぇ出したとなりゃぁ……さらにはカイのやつの婚約者に手を出したらただじゃぁ済まねぇよ。責任もって返済させられんじゃねぇの?息子が金持ちになるからって調子にのって豪遊したのはアイツらだ。普通に稼いで質素に暮らしてりゃぁそれなりに食い扶持繋げられたろうに」

つまり嗣吹さんたちとは別の危ないところからお金を借りていた。猛が麻亜矢の言う通り重役に就いて金持ちになるからと豪遊するだなんて……愚かすぎる。


「でも……何でカイの……」

「うん?アイツが本気になったら……」

そう嗣吹さんが言いかけた時。


「何の話だ?」

カイが現れたのだ。

「お前……いつから見て……まぁいいか。伊吹のこと、俺は守ってやれなかった。だから……守ってやれる男なら俺はもう何も言わねぇ」


「嗣吹さん」

「何だ、お前お父さんみたいに」

「誰がお父さんだっ!」

焦る嗣吹さんだが……何となくお父さんと似ているのはやはり兄弟だからか。


私は嗣吹さんに手を振り、カイと帰宅することになった。


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