第6話 妖怪たちがやってきた。
それから一週間たって、お客様は、シェアハウスを出て行きました。
私は、いつものように、部屋を片付けて、布団を干したり、洗濯するなど掃除をします。
錠之助さんは、お風呂の掃除や庭の手入れなどをしています。
今日のお客様の予約は、ないけど珍しくありませんでした。
しばらく暇になりそうな感じで、シェアハウスの中が静かでした。
「沙織殿、今日の客人は、何人でござるか?」
「それが、今日は、誰も来ないのよ」
「なんと・・・ それは、いかんでござる」
「まぁ、そうなんだけど、たまには、ゆっくりするのもいいんじゃないかしら」
「う~む・・・ しかし、それでは・・・」
「一日くらい、お客さんが来なくても、大丈夫よ。ここは、いろんな人に助けてもらってるから」
このシェアハウスは、お客様から宿泊代というお金は、もらっていません。
早い話が、無料なのです。というのも、ここの光熱費は、すべて無料だし、食事も各自で用意するセルフサービス制なので、お金がかからないのです。
水は、地下水を引いてます。これは、地底人の皆さんからのプレゼントです。
電気は、地下に原子炉があって、自家発電なので停電などもなく、普通に使い放題です。これは、宇宙人の皆さんたちが作ってくれました。
ガスも天然ガスをそのまま使えるようにしてくれたので、問題ありません。
また、宇宙から衛星電波が入るので、宇宙人が来ても通信できるので安心です。
要するに、私たちがすることは、寝るところを用意するのと掃除くらいです。
だからと言って、いつまでも暇にするわけにはいかない。
お金を取らないとは言っても、お客さんが来なければ、やっていけない。
それでも最近は、何かと忙しく、気を使うお客さんが多かったので、
私は、気楽に思っているけど、錠之助さんは、真剣に悩んでいます。
「錠之助さん・・・」
「沙織殿、拙者にお任せ下され。客人を連れてくるでござる」
そう言うと、玄関に向かって歩いて行きました。
「ちょ、ちょっと待って。連れてくるって、誰を?」
「前から、来たいと言っていた輩がいるので、話をしてくるでござる」
「でも、どこへ・・・」
「ゲゲゲの森でござる」
「ハイ?」
なにそれ? ゲゲゲの森って、なに? そんなの聞いたことないし、全然知らない。
「沙織殿は、部屋の用意をして、お待ちくだされ」
そう言うと、私が止める間もなく、出て行ってしまいました。
いったい、どこに行くのかしら? ナントカの森とか言ってたけど、いったいどこに行くのか・・・
私は、不思議に思いながらも、言われるままに掃除をしたり、ふとんを用意していました。
夜になって、帰ってきた錠之助さんは、私を見るなり、笑顔で言いました。
「沙織殿、明日、客人が来るでござるよ」
錠之助さんは、すごくうれしそうに報告するけど、私は、不安で一杯でした。
「それは、うれしいけど、誰が来るの?」
「妖怪横丁の住人が、たくさん来るでござるよ。貸し切りでござる。忙しくなるでござるよ」
今なんて言った? 妖怪横丁って言わなかったかしら? そこの住人て、もしかしなくても、妖怪よね。
「あの、錠之助さん、妖怪横丁って・・・」
「沙織殿は、人間だから知らなくても仕方がないでござる。これは、ないしょでござるが、人間界と妖怪の世界とは、実は、繋がっているのでござるよ」
なにを言ってるのか、私には、まったくわからない。
妖怪の世界ってどこにあるの? 確かに、これまでカッパさんや人魚さんなど、妖怪と呼ばれる人たちが来たことはある。でも、妖怪横丁なんて話は、聞いたことがない。
「裏山に神社があるのは、知っているでござるか?」
「それは、知ってるわ。毎年、初詣に行ったり、買い物の途中でお参りしたりしてるから」
「そこの祠が、実は、妖怪横丁の入り口なのでござるよ。もちろん、沙織殿は、出入りはできないでござる」
そんなの初耳です。まさか、近所に妖怪の世界があるなんて、夢にも思わなかった。もう、言葉が見つからず、頭がヒートしそうでした。
「拙者は、それを思い出して、横丁の妖怪たちに話をしに行ったのでござるよ」
「そ、それで・・・」
「前々から、ここに来てみたいと言ってたから、今なら暇だから、どうかと言ってみたのでござるよ」
錠之助さんが、営業みたいなことをするとは思わなかった。
てゆーか、大家の私が、のん気に笑っている自分が恥ずかしくなりました。
「わかりました。それじゃ、歓迎します」
「それは、うれしいでござる。拙者も話をしたかいがあるでござるな」
「それで、いつ来るの? 何人くらい来るのかしら」
「明日か明後日、来るでござるよ。人数は・・・ たぶん多いと思うが、大丈夫でござる」
いきなり来るのか? しかも、大人数で・・・ これは、大変だ。
私は、急いでふとんを取り込んで、部屋の掃除を隅から隅までやり直します。
それにしても、急なことだけに、大忙しです。
「沙織殿、そんなに慌てなくても大丈夫でござるよ」
「でも、大勢来るんでしょ。用意しなきゃ」
「沙織殿、相手は妖怪でござる。拙者たちがすることは、ないでござる」
そうは言っても、何かしてないと落ち着かない。すると、電話が鳴りました。
私は、急いで電話に出ます。妖怪の皆さんが来るので、貸し切り状態になる。
お客様からの予約の電話だったら、断らないといけません。
「ハイ、もしもし、誰でもシェアハウスでございます」
『わしは、砂かけと申す。さっき、錠之助が来て、話を聞いてな。早速、行ってみようと思うが、よろしいか?』
その電話は、妖怪からでした。
「ハ、ハイ、承っております。お待ちしております」
『そうか。それは、よかった。それじゃ、明日から、三日ばかり世話になる』
「ハイ、ありがとうございます」
『わしは、砂かけじゃ。よろしく頼むぞ』
「ハイ、こちらこそ」
そう言って、電話が切れました。
「錠之助さん、妖怪さんたちが明日から来るって」
私は、喜んで錠之助さんに報告しました。
「それは、ようござった」
「錠之助さんのおかげよ。ありがとう」
「イヤイヤ、礼には及ばんでござる」
「だけど、人数を聞かなかったわ」
「う~ン、横丁の全員というわけにはいかんが、きっと20人くらいは来るでござるよ」
「えっ、そんなに・・・」
「問題ないでござる。妖怪たちは、みんな小さいから、雑魚寝で十分でござるよ。
それに、飲み物や食べ物は、持参してくるから、問題はないでござる」
そうなんだ・・・ 確かに私が知ってる妖怪は、みんな小さい。
でも、人数的に多すぎないだろうか?
そんな心配する私をよそに、錠之助さんは、変わらずいつも通りでした。
そして、翌日の夕方、暗くなったころに、妖怪たちがやってきました。
「こんばんわ」
「ハ~イ」
私は、急いで玄関に迎えに行きました。
「いらっしゃいませ、ようこそ、誰でもシェアハウスへ」
私は、いつものように、深く頭を下げて挨拶しました。
そして、ゆっくり顔を上げると、そこには、大勢の妖怪たちがいたのです。
「わしが砂かけじゃ。世話になるぞ」
そこにいたのは、白髪のおばあさんで、白い着物を着ていました。
「モノ共、挨拶せんか」
そう言うと、後ろに控えていた妖怪たちが顔を出します。
「子泣きじゃ、酒はあるか?」
「あら、可愛い子じゃないか。よろしくね」
「おいしいお魚は、あるニャ?」
「ウヒヒ、なんか、いいとこだなぁ」
目が点になるとはこのことです。腹掛けをした小さなハゲたおじいさん。
首が伸びるきれいなお姉さん。目が猫のように吊り上がった小さな女の子。
ヒゲが生えてぼろ布を全身に身にまとったネズミのような顔をしたおじさん、
一本足のカカシのような男の子。唐傘に目や口がある傘の妖怪。かわうそのオバケのような妖怪。ヒラヒラしたタオルのような妖怪などたくさんの妖怪がいました。
私は、ただ見ているだけで、呆然と立ち尽くしていました。
私が案内するまでもなく、砂かけさんの号令で、各自部屋にぞろぞろ入っていきます。そこに、錠之助さんがやってきました。
「錠之助、来てやったぞ」
「砂かけのおばば、かたじけない」
「何々、お前の頼みじゃ、断るわけがなかろう」
錠之助さんと砂かけさんが親しそうに話しています。
「虎の兄貴、おばばは、口ではそう言ってるけど、ホントは、来たくて仕方がなかったんだよ」
口を挟んだのは、舌をペロッと出して、傘を被っている小さな男の子です。
「こらっ、余計なことを言うな」
「えへへ・・・」
砂かけさんに怒られた男の子は、そのまま廊下を走っていきました。
「アンタが、ここの大家か?」
「ハイ、沙織と申します。よろしくお願いします」
「人間のアンタがなぁ・・・ あんたのばあさんとは、茶飲み友だちでな。亡くしたことは、わしも寂しい。でも、孫のアンタが元気で何よりじゃ」
そう言って、砂かけさんは、ニコニコしながら部屋に入っていきました。
あの妖怪は、私の祖母と茶飲み友だちって、いったいどういうことなんだろう?
「錠之助さん、今、あの人が言ったのって・・・」
「沙織殿、その話は、また、後で」
錠之助さんは、訳アリみたいで、話をはぐらかしました。
いったい、どういうことなんだろう? 謎が多すぎます。
「錠之助さん、夕飯できたわよ」
「それじゃ、いただくでござる。今日は、天ぷらでござるか。拙者の大好物でござる」
今夜は、天ぷらです。というのも、妖怪の皆さんたちが、お土産に大量の魚や野菜を持ってきてくれたので、夕飯のオカズにしました。
それにしても、リビングはもちろん、廊下にいたるところで、宴会が始まっている。お酒を飲んで酔っ払って盛り上がっている妖怪たちで賑やかだ。
温泉からも声が聞こえる。お風呂でも大騒ぎしているようです。
「お~い、アンタさんも飲むか。この酒は、うまいぞ」
「こら、子泣き、絡むんじゃない。お前は、飲み過ぎじゃ」
キッチンに入ってきた、赤ら顔で酔っ払った子泣きのおじいさんを砂かけさんが
耳を摘まんでリビングに連行する。
「すまんの」
「いえいえ、こちらこそ、こんなにいろいろいただいて、ありがとうございます」
「気にするでない。お前のばあさんや錠之助の恩を返しているだけじゃ」
いったい、錠之助さんや祖母が、妖怪さんたちとどんな関係だったのか
気になって仕方がありません。でも、それを聞くと、錠之助さんは、いつも話をはぐらかします。
私たちは、食事を終えて、一休みしていると、リビングから呼ばれました。
行ってみると、妖怪たちは、みんな出来上がって楽しそうです。
「あの、お呼びですか?」
恐る恐る声をかけると、砂かけさんが手の平に、小さな目玉を見せました。
「えっ!」
ビックリしました。その目玉に手足が生えて、人の言葉を話しだしたのです。
「わしは、目玉親父じゃ。息子の鬼太郎は、仕事で今夜は来ておらん。今夜は、騒がせて悪いな」
「いえいえ、そんなことありません」
私は、その場に座って、前屈みになって生きてる目玉の妖怪を見ます。
「アンタのばあさんには、ホントに良くしてもらったもんだ。惜しい人間を亡くしたと思っておる。それに、あの錠之助じゃ。わしらのために、傷つきながら戦ってくれてな。あいつには、足を向けて寝られん。よいか、娘さん。アンタ、錠之助を決して、手放してはならんぞ。信用するに値する男じゃ」
「それに錠之助は、女には鈍感だからのぅ・・・ お前さん、しっかりするんじゃよ。あいつを離してはならんぞ。繋ぎ止めて、絶対、離してはならん。それが、お前さんのためでもある」
目玉の妖怪と砂かけさんが、真面目な顔で言いました。
「あの、どういうことなんでしょうか? 私は、祖母のことも錠之助さんのことも、知らないんです。
よかったら、教えてくれませんか」
私も砂かけさんたちの目を見て、真剣に聞き直しました。
すると、二人は、少し考える顔をしてから、話してくれました。
「わしら妖怪は、今の人間界からは、独立した世界で生きておる。人間は、妖怪とか妖とか信じておらんからな。でも、ばあさんは、わしらを受け入れてくれた数少ない人間なんじゃ。あの頃は、わしとアンタのばあさんとは、毎日のようにお茶を飲みながら、世間話をしたもんじゃ」
私は、子供の頃を思い出していました。そう言えば、私がまだ、三歳か四歳のころ、祖母の家には、知らないおばあさんがよく来ていました。私は、祖母の膝の上で、大人の話を聞いていた気がします。それが、目の前にいる、砂かけさんだったのかもしれません。
「人間にも悪い奴がいるのと同じで、妖怪の世界にも悪い奴もいる。どこの世界も同じじゃな」
砂かけさんは、昔を思い出すような感じで話を続けました。
「ある日、ミスターKという奴らが一斉に妖怪の森に攻めてきた。わしらの世界を侵略しに来たんじゃな。不思議な力を持ったサイボーグとやらには、わしら妖怪は、手も足も出なかった。鬼太郎の妖力も歯が立たなかった。それを助けてくれたのが、錠之助じゃった」
砂かけさんの話に、私は、一言たりとも聞き逃さないように集中しました。
「アンタのばあさんから話を聞いた錠之助は、わしらのために戦ってくれたんじゃ。
おかげで、今のゲゲゲの森は、守られた。だから、わしらは、アンタのばあさんと錠之助には、感謝を忘れたことは、一日たりともないんじゃよ」
砂かけさんの話に、私は、感心しきりでした。私の祖母と錠之助さんは、そんな関係だったのか。
錠之助さんが師匠と仰ぐ祖父のことしか知りませんでした。
祖母とも関係があったのかと思うと、感慨深い気がして、胸が熱くなりました。
確かに、私がまだ小さかったころ、錠之助さんのこともうっすら記憶があります。
でも、物心が付く頃には、もう、いなくなっていたのです。
だから、錠之助さんのことは、ほとんど覚えていません。
錠之助さんは、いきなり私の前から消えて、どこに行ったのかもわかりませんでした。
修業の旅に行ったと、後から祖父に聞いたけど、それにどんな意味があるのか、
子供だった私には、まだ、理解できなかったのです。
「沙織殿、風呂に入ってくるでござる」
「ハ、ハイ」
キッチンから顔を出した錠之助さんは、そう言って、タオルを持って浴室に行きました。私は、そんな錠之助さんの後姿を見ながら、頼もしく思いました。
錠之助さんがお風呂に入っている間に、この際だから、いろいろ聞いてみようと思いました。
「あの、錠之助さんは、修行に行ってたと聞いてますが、その間に、なにがあったんでしょうか?」
砂かけさんは、大きな目を細めながら言いました。
「それは、わしにもわからん」
「私の知らない知り合いがたくさんいて、正直言って、わからないことばかりなんです。私は、錠之助さんのことをもっと知りたいんです」
「だったら、直接、聞いてみたらどうじゃ?」
「そうなんですけど、いつも、話をはぐらかされて・・・」
「心配ない。話したくなったら、話してくれるだろ。その時を待つことじゃ」
「私が知ってるのは、修業の旅に行ったということだけで、どこで何をしていたのか、知らないんです」
「錠之助は、時には、悪の道にそれたこともあるし、わしらを助けてくれたこともある。話したくないこともあるじゃろ。そこを、無理に聞こうとするのは、身勝手ではないのかね」
そう言われると、私は、返す言葉がありません。
確かに、砂かけさんの言う通りです。生きていれば、誰でも、一つや二つは、話したくないこともあります。
「錠之助は、修行をして、自分の道を見つけたということじゃ。自分の居場所を見つけて、自分が何をするべきか、悟ったということじゃな。お前さんは、ただ、信じていれば良い」
自分が何をするべきかとは、自分にも当てはまります。
私は、祖母の後を継いで、ここを始めました。始めたときに、フラッと現れたのが、錠之助さんでした。
数年ぶりに再会した錠之助さんのとのことは、今でも覚えています。
突然、現れた袴姿で背中に刀を差して、片目でチョンマゲ姿の錠之助さんのことは、ハッキリ言って、誰だかわからず、怪しい人にしか見えませんでした。
そして、いきなり『ここで働かせてほしい』と言った時は、驚くと同時に、絶対に危険人物としか思いませんでした。数年ぶりに再会したとはいえ、ほとんど記憶にない男性といっしょに住むなんて、危険すぎることは、私にもわかります。一度は、断りました。
でも、祖母や祖父の話を聞いているうちに、信用してもいいのでは、思うようになりました。
そして、何よりも、口癖のように言う『沙織殿は、命に代えても守るでござる』という、その一言が、私の胸に刺さりました。その日から、私と錠之助さんの二人で、誰でもシェアハウスを始めたのです。
しかし、始めた理由は、それだけではありません。
私には、もう一つ、理由がありました。
それは、会いたい人を待っているのです。ここに戻ってくるのを、私は、ずっと待っているのです。
私には、思い出の人がいました。子供の頃に、いっしょに祖父や祖母と暮らした、兄というべき男性と、弟みたいな男の子です。私たちは、三人とも、両親がいません。祖父母に引き取られ、私たちは、兄弟のように育ちました。
剣道場をやっていた祖父は、男の子二人に剣を教えていました。
そこに、錠之助さんも引き取られて、いっしょに生活するようになりました。
でも、錠之助さんは、短期間で突然出て行ってしまったのです。
残された私たち三人は、兄弟同然に育ちました。
しかし、祖父が亡くなった時、兄と弟の二人も、家を出て行ってしまったのです。
必ず帰ってくるとだけ言って、道場も閉鎖しました。
それからは、祖母との二人暮らしが始まりました。
兄と呼ぶべき人は、私よりも三つ年上で、下の弟の男の子は、四つ年下でした。
私が、中学を卒業すると同時に、二人は私の前から姿を消したのです。
子供の頃からいっしょ暮らして、兄弟同然とはいえ、血は繋がっていません。
私は、子供心に兄のことを好きになっていました。いつか、その人のお嫁さんになりたいと思うようになりました。私の片思いです。
それなのに、何の前触れもなく、いきなり私の前から消えてしまったのです。
私は、その思いを告白するまでもなく、消えてしまったその人のことを思い続けて今日までいます。
『必ず帰ってくるから』という、一言を信じて、今日まで生きているのです。
その人が帰ってくるときに、ここがなかったら、居場所がなくなる。
だから、戻ってくるまで、シェアハウスを続けているのです。
その人の名前は、獅子丸さんと言います。強くて、カッコよくて、優しい人でした。私のことを実の妹のように可愛がってもくれました。
だから、私は、いつかは獅子丸さんのお嫁さんになりたくて、それを夢見ていたのです。
「あの、砂かけさん。獅子丸さんて人のこと、知りませんか?」
「獅子丸? ライオン丸のことか」
「えっ?」
ライオン丸って、何のことなのだろうか? 私は、わかりません。
「アンタは、知らんのだろうな。獅子丸は、お前さんのじいさんが亡くなった時に、錠之助に遅れて修業の旅に出たんじゃ。そこで、変身の術を身に着けたんじゃよ」
「錠之助さんが、変身するみたいにですか?」
「そういうことじゃ」
「それで、獅子丸さんは、今、どこにいるんですか? 元気にしてるんですか?」
私は、矢継ぎ早に聞きました。
「それは、わしにもわからん。どこでどうしているやら・・・ なぜ、それを聞くんじゃ?」
「それは・・・」
私の片思いのことなんて、恥ずかしくて口にできません。
すると、砂かけさんが言いました。
「どうじゃ、今の自分のことに気が付いたか?」
「・・・」
私は、何のことかわからず、返事に困っていると、砂かけさんは、軽く笑いながら言いました。
「人には、言いたくないことが、一つや二つあるといったじゃろ。お前さんにもあるんじゃよ。聞かれたくないことは、答えなくてもよい。今のお前さんが、そうじゃ」
言われて気が付きました。私は、答えたくないことを錠之助さんに聞こうとしていたんだ。私は、なんて失礼なことを言ったんだろうと、深く反省しました。
そんな私を見て、砂かけさんは、こうも言いました。
「お前さんが、ライオン丸のことをどうして気になるのか、わしは聞かん。
一つ言えることは、ライオン丸と錠之助は、兄弟弟子みたいなもんじゃった。
別れたのは、そのへんに事情があるんだろう。どこで何をしてるのかは知らんが、
簡単に死ぬような奴ではない。いつになるかわからんが、信じて待つことじゃな」
そう言われた私は、もう、なにも言葉が出ません。ただ、頷くことしかできませんでした。
「沙織殿、風呂が空いたでござるよ」
錠之助さんが、お風呂から出てきました。
「ハ、ハイ」
私は、お風呂上がりの浴衣姿の錠之助さんを見上げて、獅子丸さんとの関係をあれこれ想像してしまいました。二人の間に何があったのだろうか? 突然、出て行った錠之助さんと獅子丸さんの間に何があったのか? 子供だった私には、考えようもありませんでした。
短い間とはいえ、四人で暮らした時期もありました。
でも、その頃の私は、兄と慕う獅子丸さんのことしか目に入りませんでした。
錠之助さんのことは、印象も薄く、暗い感じがして、話をした記憶もありません。
そして、いつの間にか、私の前からいなくなっていたのです。
私の目には、獅子丸さんしか映っていなかったのです。
しかし、その獅子丸さんも、私を置いて、出て行ってしまったのです。
その時のショックは、今でも覚えています。しかも、祖父も同時に亡くした私は、ずっと泣いて暮らしていました。
祖母との二人暮らしは、寂しかった。でも、私を一生懸命慰めてくれました。
私は、祖母の温かさとありがたみを感じて、気持ちを切り替えることができたのです。
そんな祖母が亡くなった時、私は、誰でもシェアハウスを引き継ぐことを決意したのです。
右も左もわからなかった私は、高校を卒業したばかりの、世間知らずの子供でした。
そこに、現れたのが錠之助さんでした。最初は、怖くて口も利けませんでした。
片目で、侍の格好をして、刀を差しているので、目を合わすこともできません。
その頃の私は、まだまだ子供だったのです。
そんな私を命がけで守ってくれたのが、錠之助さんなのです。
ここを始めた頃は、人間以外の正体不明のお客様を迎えることが、どれだけ危険だったか。
もちろん、親切で優しい人たちばかりでした。しかし、初めて見る、妖怪や宇宙人、お化けや化け物たちを相手にお世話をするのは、子供の私には怖かったのです。
それを助けてくれたのは、錠之助さんでした。ちょっとした、争い事が起きたときも、私を守って戦ってくれました。この前のニセのエンマ大王のこともそうです。
私一人だったら、いまごろどうなっていたか・・・
錠之助さんには、感謝しないといけないのはわかっていても、私は、まだ、獅子丸さんのことを忘れられないでいました。
「そんな暗い顔をしてないで、さっさと風呂に入って来い」
砂かけさんに背中を押されて、私は、浴室に向かいました。
今の気持ちを温泉で洗い流そうと思いました。
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