第5話 悪の戦士登場。

「こんばんわ」

「はい、いらっしゃいませ」

「あの、予約した、愛野です」

「ハイ、ようこそ、誰でもシェアハウスへ」

 私は、同じようにお辞儀をして挨拶してから顔を上げます。

そこには、私よりも若くて可愛い女性のお客様でした。可愛い笑顔に癒されます。

今度こそ、ちゃんとしたお客様だと、ホッとしました。

 金色の長い髪、パッチリした瞳、きれいな肌に鼻筋が通り、ピンク色の唇に、まさに美少女という感じです。

オレンジ色のTシャツに白いミニスカートから伸びる細くて長い脚は、高校生くらいに見えました。でも、この人も、普通の人間ではないのです。

「失礼ですが、お一人様ですか?」

「一人なんだけど、ペットは大丈夫ですか?」

「ハイ、大丈夫ですよ。ワンちゃんですか、ネコちゃんですか?」

「ネコなんだけど、ちょっと変わってるのよね」

 なんかイヤな予感がする。もしかして、大きな巨大猫とかシッポが二つに分かれている化け猫の妖怪とか・・・

「この子なの」

 そう言って、足元にいたのは、真っ白な白ネコでした。

そんな可愛いネコちゃんを見て、私は、ホッとしました。

「可愛いネコちゃんですね」

「そうでもないのよね。生意気だしさ。アルテミス、挨拶しなさい」

 そう言って、抱き上げた白ネコは、私を見て、人の言葉を話したのです。

「お世話になります。ぼくは、アルテミスと言います。こっちは、ぼくの飼い主の美奈です」

「ちょっと、飼い主のことを呼び捨てにするんじゃないわよ」

「ろくに世話をしないくせに、なにを言ってんだか」

「あー、もう、生意気」

 えっと、今、このネコは、人間の言葉を話さなかったかしら?

私は、目が点になって、空いた口が塞がりませんでした。

「沙織殿、何をしてるでござる」

 錠之助さんが助けに来てくれました。

「あら、あなた、ネコの介さん」

「誰が、ネコだ。拙者は、虎だ」

「そうそう、錠之助さんよね。しばらくね。元気してた?」

「お主も元気そうでござるな」

 この人とも知り合いらしい。こんな可愛い人と、錠之助さんは、どこで知り合うのだろうか? 焼き餅ではないけど、なんだかイラっとした。

「そこの白ネコも元気そうでござるな」

「まぁね」

 そう言って、白ネコさんの頭を撫でる錠之助さんです。

「あの、その白ネコさんて、人の言葉が話せるんですか?」

「そうだよ。美奈といっしょにいたら、自然と覚えたんだ」

「ウソつくな。アンタは、シルバーミレニアムの使いでしょ。こっちの世界にいるから、ネコになっただけじゃん」

「へへへ、そうなんだけど、彼女がビックリしてるから、ちょっと言ってみただけ」

「もう・・・驚かせてごめんね。そうそう、大家さん、お部屋に案内してくれる?」

 私の頭は、パンク寸前です。言葉が話せるネコとか、もう、意味がわからない。

さっきのシルバーナントカって、どこの世界のことを言ってるんだろう?

私は、頭を切り替えて、冷静を取り戻しながら言いました。

「ハイ、二階の六号室になります。四号室には、別のお客様がいますが、よろしいですか?」

「いいわよ」

「ありがとうございます」

 そう言ってもらって、ホッとして、私は、二階の六号室に案内しました。

四号室には、男性と怪獣さんがいるけど、一階の謎の人たちよりは、安心です。

 説明を終えて、一階に戻った私は、早速、気になることを錠之助さんに聞いてみました。

「あの女性とは、どういう関係なの?」

「昔、助けたことがある」

「それだけ?」

「それだけでござる。沙織殿は、何を心配しているでござる?」

 そう言われると、今度は、私の方が言葉に詰まる。なんだか、私が一人で空回りしているみたいです。

「あの子って、やっぱり、宇宙人かなんか? さっき、シルバーナントカって言ってたみたいだけど」

「彼女の名前は、愛野美奈子でござる。白ネコは、アルテミスでござるよ」

「それは、わかってるけど、ホントの名前ってあるんでしょ?」

 すると、錠之助さんは、意味深な顔を向けて言いました。

「アレのホントの名前は、セーラービーナス。セーラー戦士の一人でござる。宇宙人と言うわけではないが、月にある、シルバーミレニアムというところから地球にきているのでござるよ。ザックリ言えば、正義の戦士ってことでござる」

「正義の戦士って、彼女が?」

「人は、美少女戦士というらしいが、拙者は、関係ないでござるよ」

 う~ン、そんな人と錠之助さんが、どこでどうやって知り合ったのか、すごく気になる。

女性とは、縁がなさそうだけど、実は、知り合いが多いのかもしれない。

だけど、そんなこと、プライバシーに関するだけに、聞くに聞けない。

それに聞いても、話してくれそうもない。私は、男性経験なんてほとんどないし、

付き合ったこともないので彼氏なんていたことがない。それでも、錠之助さんは、従業員だし仲間だし男性として見たことはない。昨日まではだけど・・・

 そんなことを独りぼんやり考えていると、また、玄関が開きました。

「ちょっと、誰かいる?」

 最後に来たのは、五人目のお客様かと思ったら、そこにいたのは、美人の大人の女性でした。

「あの、ご予約のお客様ですか?」

「そうよ」

 でも、予約で聞いていたのは、ヘル様という男性のはずです。

なのに、目の前にいるのは、大人の色気を全身からオーラとして出している、美女なのです。

横にスリットが入った白いワンピースを着て、金色の長い髪をなびかせて、バッチリメイクで決めているモデルかと思うくらい、美しい女性です。

同じ女子としても、思わず見入ってしまうほどです。

「ご予約のお客様は、ヘル様という男性と聞いていますが?」

「そんなことわかってるわよ。あたしは、付き添いで来ただけ。ヘル様、こちらへどうぞ」

 そう言うと、長身の美女の後ろから現れたのは、黒いマントに身を包んだ、白い髪に白いひげのおじいさんでした。今日は、高齢者というか、おじいさんがたくさん来る日だなと思っていると、美女が言いました。

「こちらが予約したドクター・ヘル様。それじゃ、後はよろしくね」

 そう言うと、彼女は、踵を返して出て行こうとします。

「ま、待て・・・シレーヌ、待ってくれ」

「なんか用ですか?」

「お前もいっしょに来てくれ」

「あたしは、ここまで案内しただけですけど」

「一人は寂しいんじゃ。いっしょにいてくれ」

 そう言うと、その女の人は、少し困った顔をして、戻ってきました。

「まったく、しょうがないわね。ヘル様は、寂しがり屋だから、あたしがいないとダメなのね」

 すると、そのおじいさんは、美女を抱きしめたのです。身長差があるので、胸くらいまでしかない。

「困ったヘル様ね。アンタ、そんなわけだから、あたしもいっしょに泊めてくれる?」

「ハ、ハイ・・・」

 もはや、脳内では、今の現状が理解できない。なにがなんだかわからないというのが、正直な気持ちでした。

「沙織殿、何かあったでござるか」

「錠之助さん・・・」

 まさに、天の助けとはこのことです。錠之助さんが、後光に輝いて見えたほどでした。

「お主・・・」

「アンタ・・・」

 美女と見合わせた錠之助さんの表情が厳しくなりました。

見ると、その美女も目が吊り上がって、口が耳まで裂け、白い髪が逆立ってます。

 なに・・・ なにが起きたの? なにが起きるの? 私は、二人を左右に見ながらひとりおろおろするばかりです。

「やめんか、シレーヌ。久しぶりだな錠之助。こんなところで会うとは思わなかったぞ」

 さっきまで、美女に縋りついて、弱々しかったおじいさんが、別人のように見えました。マントを翻すと、杖を美女の前に付き出し、こう言ったのです。

「すまんな、お嬢さん。こ奴は、わしの愛人で、シレーヌという。無礼を許してくれ」

 そう言うと、白髪頭を下げたのです。

「ドクターヘルが、デーモンを愛人とは、面妖な・・・ しかも、よりによって、シレーヌとは恐れ入ったでござる」

「ハッハッハ、そういうな。シレーヌ、お前も謝らんか」

「フン、虎ごときに下げる頭など持ってないわ」

 そう言って、プイと横を向いてしまいました。

「ところで、部屋はどちらかね?」

 ヘル様に言われて、現実に戻りました。

「一階の二号室になります。両隣にも宿泊している方がいますが、よろしいですか?」

「問題ない。シレーヌ、いつまでもそんな顔をしてないで、わしの手を引いてくれ」

「まったく、ヘル様にも世話が焼けますね」

 そう言いながらも、さっきの恐ろしい顔とは打って変わって、優しい表情を浮かべて、ヘルさんの介助をしている彼女でした。

私は、先に立って、二号室に案内しました。

 シェアハウスの説明をしているときも、ヘルさんは、どこかボーっとしている感じで、私の話は、シレーヌさんという美女が聞いてくれていました。

「それでは、これで、失礼します」

「ねぇ、アンタ、錠之助の彼女?」

「えっ! いえ、全然違います。ただの従業員です」

「そう・・・ なんだ、残念」

 そう言うと、彼女は、私にウィンクして見せたのです。それって、どんな意味なのか、まったくわかりません。

「それでは、ごゆっくり」

 そう言って、お辞儀をしてから部屋を出ました。

私は、ホッと胸を撫で下ろしました。なのに、なぜか心臓がドキドキして、顔が火照ってきました。

 リビングに戻ると、錠之助さんがお茶を持ってきてくれました。

「沙織殿、大丈夫でござるか?」

「ありがとう。私は、大丈夫よ」

 そう言って、冷たいお茶をグッと一飲みしました。

「今夜のお客様たちって、どんな人たちなの? 錠之助さんと知り合いみたいだけど」

「話すと長くなるでござる。簡単に言えば、あの老人たちは、三人とも、元は秘密結社の悪の組織の首領でござった。拙者は、時には助っ人として手を貸したこともあった。逆に、戦ったこともあったでござるよ。もっとも、今は、そんな組織も壊滅して、彼らも高齢になって、見ての通り、ただの老人でござるよ」

「二階の人たちとは、どこで知り合ったの?」

「別に知り合いというわけではござらん。あのセーラー戦士とは、以前、敵に襲われているのを助けに入って知り合いになっただけでござる。セブン・・・ イヤ、諸星とは、敵同士だったこともある」

「それで、どうなったの?」

「引き分けでござるよ。何しろ、あいつは、ウルトラ兄弟の一人だから、最強の戦士でござる。その名は、ウルトラセブン。沙織殿も、名前くらいは、聞いたことがあるでござるよ」

 確かに言われてみると、聞いたことはある。見たことはないけど・・・

それにしても、錠之助さんは、昔は、いろんな人と戦っていたんだなと思うと、この前の地獄の鬼たちとの事を思い出す。

「シレーヌさんとは、どうなの?」

「あいつは、デーモン族の生き残りでござるよ。地球侵略を目的にやってきた、妖獣たちのことでシレーヌは、その中でも最強の女でござる。その名も、マダム・シレーヌという妖鳥でござる。戦った時に、あいつの羽と翼を切ったのは拙者でござる。その時のことを、まだ、根に持って、恨んでいるんでござろう。それが、ドクターヘルの愛人になっているとは、世の中、面妖なことが起きるもんでござる」

 錠之助さんは、昔を思い出すような顔で、話してました。

でも、私には、まったく別の世界の話に聞こえて、わかりませんでした。


 一度、落ち着いて考えてみます。今日のお客様たちは、全部で五組です。

一人目は、ギルさんとハカイダーという人造人間。

二人目は、ガイゼルさんという、元は秘密結社の幹部だった人。

三人目は、諸星さんと怪獣。しかも、ウルトラ兄弟の一人ということです。

四人目は、愛野さんという女性と人の言葉を話す白いネコ。しかも、その人は、セーラー戦士です。

五人目は、ドクターヘルさんと愛人のシレーヌさんという、複雑な関係の二人。


 満室に近い状態なのは、うれしいことなのに、なぜか不安しかありません。

争い事でも起きないように、心配が絶えない組み合わせです。

心配そうな顔をして、キッチンの椅子に座って、ため息をついている私に、錠之助さんが、励ましてくれました。

「沙織殿、何も心配することはござらん。なにがあっても、拙者がいるでござる。

それに、セブンとビーナスがいるから、守ってくれるはずでござる」

「そうよね。大丈夫よね」

「安心されるがよいでござる」

 錠之助さんの顔を見ると、不安も吹っ飛びました。

それにしても、錠之助さんの顔の広さには、いつものことながら驚きの連続です。

世界中を旅して、修行をしていた時に、知り合った人たちなのはわかる。

それにしても、知り合いがすごい人たちばかりで、感心することばかりです。

いつか、じっくりと修業時代のことを聞いてみたくなりました。

 そこに、お客様たちがリビングにやってきました。顔を合わせると、それぞれが話に花を咲かさせているのが聞こえてきました。昔は、悪の限りを尽くしてきた人たちと正義の味方の人たちです。

もしかして、ここでケンカでも始めたりはしないか心配で、つい聞き耳を立ててしまいます。

しかし、誰もが和やかに昔を思い出すかのように、思い出話をしているだけでした。

それでも、話の内容が、ぶっ飛びすぎて、普通の人間の私には、驚くばかりでした。

「まさか、セブンとここで会うとは思わんかったぞ」

「それは、こっちのセリフだぞ、ドクターヘル」

「ガイゼルも元気そうだな」

「生きて、また会えるとはな。ギル博士、長生きしてくれよ」

「ちょっと、何で、ハカイダーまでいるの?」

「余計なお世話だ。デーモンに言われる筋合いはない」

「ガオォ~」

「アギラ、静かにしろ」

 とてもじゃないけど、話を挟む余地はない。私は、キッチンでおとなしくしていました。

「沙織殿、そろそろ夕飯の時間でござる」

「そうだったわね。今、作るわ」

 私は、時計を見て、すぐに食事に取り掛かりました。

でも、今日のお客様たちは、何を食べるのだろうか? 一応、聞いた方がいいのかしら。そう思ったのが顔に出たのか、錠之助さんが言いました。

「客人のことは、放っておいていいでござる。人間の飯など、食べるような奴らではござらん」

 そうなのか・・・ ガイゼルさんやヘルさんたちはともかく、諸星さんや愛野さんは、普通の人間の姿をしているので、私たちと同じ食事をするのかと思ってました。

 今夜の夕飯は、カツカレーです。錠之助さんもカレーは好きなので、それにしました。すると、カレーのニオイに釣られて、愛野さんが顔を出しました。

「いいニオイがすると思ったら、カレーね」

「あの、よろしかったら、いっしょに召し上がりますか?」

「いいの!」

 愛野さんの目が輝きました。

「大勢で食べる方がおいしいので、ぜひ」

「そう。ありがとう。実は、あたしもカレーが大好きなの。シルバーミレニアムにはないし、久しぶりだわ」

「おい、美奈。太るぞ」

「うるさいわね。今日だけよ」

 胸に抱いている、白ネコさんがダイエットを気にして言いました。

ネコにダイエットを注意されるセーラー戦士って、ホントなのかしら?

「ガオゥぅ~」

 そこに、今度は、怪獣さんが顔を出しました。

「あの、どうしました?」

「ガウガウ」

「え~と、なにを言ってるのか、わからないんですけど・・・」

 怪獣語なんてわからない私は、どうしていいかわかりません。

「それが食べたいって言ってるんだよ」

 白ネコさんが通訳してくれました。

「えっ? 怪獣さんもカレーを食べるんですか」

「ガウゥ~」

 怪獣さんは、大きな顔を縦に振ります。しかも、口の端から、早くもよだれが落ちているのが見えました。

その顔がとてもおかしくて、私は、笑いそうになりました。怪獣なのに、何だか可愛い。

「ちょっと、アギラ。アンタ、怪獣でしょ。なんで、カレーを食べるのよ」

「ガウガウ」

「おいしそうだから、食べたいって? 怪獣が生意気だわ」

「ガウゥ~」

 愛野さんに叱られて、下を向いて寂しそうな顔をするので、私は、言いました。

「いいのよ。怪獣だって、食べたいものは、食べたいものね。いいですよ。いっしょに食べましょう」

「ガウゥ~」

 怪獣さんは、喜んで頭のヒレをバタバタして、シッポを激しく振りました。

「ちょっと、セブン。アギラのこと、何とかしてよ。アンタの怪獣でしょ」

 愛野さんがリビングにいる諸星さんに言います。

「どうした、アギラ。なに、カレーを食べたいって? そういや、ぼくもカレーなんて何十年ぶりに食べてないな」

「よろしかったら、作りますけど、食べますか?」

「いいんですか? それじゃ、お言葉に甘えて、ご馳走になろうかな」

 諸星さんがうれしそうに言いました。

「まったく、飼い主も飼い主なら、アギラもアギラね」

 呆れる愛野さんも人のことは言えないと思う。そこで私は、思い切ってリビングの皆さんにも言いました。

「あの、夕食にカレーを作ったんですけど、よろしかったら、皆さんもいっしょに食べますか?」

 私は、お客様たちの顔を見ながら言いました。でも、お客様たちは、私の方をじっと見るだけで何も言いません。

「やっぱり、いいですよね。失礼しました」

 私は、みんなの視線を感じて、余計なことを言ったと思い直して、お詫びを口にして、キッチンに駆け込みました。

「待て」

 ヘルさんに呼び止められて、足が止まります。

「今、カレーと言ったな」

「ハ、ハイ・・・」

「食してみよう。シレーヌの分も頼む」

「ハイ」

 私は、うれしくなって、笑顔で返しました。

「カレーか・・・ わしも食ってみるか」

「ならば、私も」

 ガイゼルさんとギルさんも、食べると言ってくれたのです。

「ありがとうございます。すぐにお持ちします。少々、お待ちください」

 私は、うれしくなって、深く頭を下げてキッチンに戻りました。

でも、ハカイダーさんは、人造人間だから、食べられない。ちょっと、可哀想になりました。

「錠之助さん、手伝ってください。忙しくなりますよ。みんなの分も作らなきゃ」

 私の言葉に、錠之助さんは、なにも言わずに手伝ってくれました。

それから、カレーを煮込んで、トンカツを揚げて、ご飯を炊いて、お皿を用意して、キッチンはさながら戦争のようでした。そして、見事に人数分のカツカレーが完成しました。

「お待たせしました」

 私は、リビングに出来上がったカツカレーを運びました。

テーブルの上には、出来たばかりのカツカレーが湯気を立てて、おいしそうなニオイがします。

だけど、みなさんの口に合うのだろうか? 相手は、私のような普通の人間ではないのです。なんだか、ドキドキしてきました。

 リビングにいる人たちは、しばし、じっとテーブルのお皿を見詰めているだけでした。やっぱり、口に合わないのかな? 私の作ったのは、おいしくないのかな? 

そんな気持ちで、心配していると、一斉にスプーンを手にして、口にしました。

「うん・・・」

「ほほぅ~」

「こりゃ、また」

「アラ、いいんじゃない」

 それぞれが、それぞれの感想を口にすると、あっという間に、一皿食べてしまったのです。

「大家さん、これは、うまいな。初めて食べたぞ」

「ちょっと、お代わりとかある。この程度じゃ、足らないわ」

「あたしもお代わりする」

「ガオゥ~」

「アギラは、大食いだから、遠慮しろ」

「美奈は、太るからやめとけ」

「すまんが、もう一杯」

「ハイ、今、お持ちします」

 私は、うれしくなって、お代わりを持って行きました。

「沙織殿、拙者たちの分がなくなるぞ」

「大丈夫よ。錠之助さんの分は、取ってあるから」

 私は、そう言って、軽くウィンクして見せました。

「それにしても、あの客人たちが、カレーを食べるとは、変われば変わるもんでござる」

 感心している錠之助さんでした。

そして、お客様たちは、二杯ずつ、お代わりして、すべてきれいに食べてくれました。

その後は、お風呂に入ったりして、交友を深め合っていました。

その間に、私と錠之助さんも夕食を済ませます。

「今夜は、なんだか、楽しい夜になりそうですね」

「なにゆえでござるか?」

「だって、お客様が、みんなおいしいって、私の料理を食べてくれたのって、初めてじゃないですか」

 ここに来るお客様は、普通の人たちではありません。だから、食べるものは、みんな違います。

人間の食事を食べる人は、滅多にいません。いつも、錠之助さんと二人で向かい合って食べるだけで大勢で賑やかに食べる楽しさを忘れていたような気がしました。


 私は、片づけを終えて、お茶を飲みながらそんなことを考えていると、突然、ハカイダーさんがやってきました。

「タイガージョー、表に出ろ。お前と決着をつけたい」

「望むところでござる」

 やっぱり、そうなるか・・・ 静かな夜になると思った私がバカでした。

このまま静かな夜になるわけがない。何しろ、今夜のお客様たちは、元は悪の大幹部と正義の味方なのです。

元をただせは、敵同士ということです。ゆっくり温泉に浸かって、夜を過ごすわけがありません。

「錠之助さん・・・」

「沙織殿、心配無用でござる」

 そう言うと、錠之助さんは、立ち上がりました。

私は、急いでリビング行くと、お風呂上がりで浴衣を着て、ゆっくりしているギルさんに言いました。

「あの、すみません。ハカイダーさんが、錠之助さんと決着をつけるとか何とか言って、表に出てるんですけど止めていただけますか」

 私は、必死で止めてくれるように言いました。なのに、ギルさんは、気にするでもなく、小さく笑うだけでした。

「お嬢さん、気にしなくてもいい。いつかは、こうなる運命だったんじゃ。好きなようにさせるがいい」

「でも・・・」

「大丈夫ですよ。どっちが勝っても負けても、恨みっこなし。それでいいじゃないか」

 ギルさんは、そう言って、動こうとしません。

「よし、それじゃ、ぼくが見届けてこよう」

 そう言って、席を立ったのは、諸星さんでした。

「おもしろい。あたしも見物させてもらうわ」

 シレーヌさんも立ち上がりました。

「それじゃ、あたしも見てこよう」

 愛野さんもそう言って、表に出て行きました。

みんな揃って、なにを言ってるんだろう。落ち着いている場合じゃないのに・・・

 私も庭に出ると、ハカイダーさんと錠之助さんが向かい合っていました。

「抜け、タイガージョー」

「貴様ごとき、これで十分でござる」

「やかましい。さっさとタイガージョーに変身しろ」

「仕方ない。雨よ嵐よ、忍法虎変化」

 錠之助さんは、背中を刀を抜くと、空に飛び上がり、クルッと回転すると、虎の姿に変身しました。

「タイガージョー、推参」

 久しぶりに見る錠之助さんの本当の姿は、とてもカッコいい。

でも、見惚れている場合ではありません。止めなくては・・・

しかし、私が止めようとすると、シレーヌさんが私の腕を掴みました。

「黙って見てな。アンタが出て行っても、ケガするだけよ」

「でも・・・」

「アンタ、錠之助が負けると思ってるのかい?」

「それは・・・」

「だったら、信じてみてな。あいつが、ハカイダーなんかに負けるわけないわ」

 そうは言っても、心配でなりません。相手は、刀ではなく、銃を持っているのです。ハカイダーさんは、早くも銃を構えました。

「どこからでも来るがいいでござる」

「ならば、この場で死ね」

 ハカイダーさんが、銃を発射しました。すごい音がして、耳が千切れそうです。

それでも、錠之助さんは、それを刀で跳ね返したのです。

すると、ハカイダーさんは、銃を連射します。そんなの卑怯です。銃に刀が勝てるはずがありません。

「魔剣、風車返し」 

 銃から発射された何発もの弾丸を錠之助さんは、刀を風車のように回して、そのすべてを跳ね返したのです。

すごい・・・ 錠之助さんは、やっぱり強い。

私は、その一部始終を目に焼き付けます。

跳ね返された弾丸は、地面に転がり落ちて、それも、半分に切られていたのです。

「おのれ、タイガージョー」

 ハカイダーさんは、さらに銃を発射します。しかし、弾を打ち尽くしたのか、音しかしません。

「くそっ」

 ハカイダーさんが、銃を捨てると、錠之助さんに襲い掛かります。

しかし、勝負は、一瞬で着きました。

 錠之助さんは、ジャンプして一回転すると、ハカイダーさんの頭上を飛び越えて、

刀をハカイダーさんの首元に突き付けたのです。

「ハカイダー、勝負あったな」

「・・・」

「まだ、やるでござるか?」

「タイガージョー、俺の負けだ」

「それまで、勝負あり」

 突然、見物していた諸星さんが声を上げると、二人の間に割って入りました。

「錠之助、刀を引け」

 言われた錠之助さんは、刀を背中の鞘に納めました。

「ハカイダー、負けた原因は、わかるな」

「俺の腕が、未熟だっただけだ」

「それだけじゃないだろ。お前には、ギルがいるだろ。もっと、勉強することだな」

 そう言われたハカイダーさんは、ガクッと項垂れました。

「錠之助さん!」

 私は、虎の姿の錠之助さんに駆け寄りました。

「沙織殿、ケガはござらんか?」

「私は、大丈夫よ。それより、錠之助さん、すごいわ。拳銃の弾を刀で避けるなんて、信じられない」

「これしきのこと、修行をすれば、簡単でござる」

 私は、虎の姿の錠之助さんの腕を握りました。虎の毛皮を触っている感じで、とても温かい。

「ほらほら、いつまでくっついてんだい。見せつけるんじゃないよ」

「そうよ。あぁ~あ、あたしも早く彼氏が欲しいなぁ」

 シレーヌさんと愛野さんに言われて、私は、慌ててその手を離しました。

「ハカイダー、お主は強い。銃を持たせれば、お主に勝てる者はいないでござる。

しかし、お主に足りないものは、敵を知るということでござる。それが、拙者との差でござるよ」

 錠之助さんはそう言うと、元の姿に戻りました。ハカイダーさんは、黙って部屋に戻っていきます。

「沙織殿も中に入るでござる」

 私は、すごいものを見たという感動で、改めて錠之助さんのすごさを知った夜でした。


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