第4話 対決エンマ大王。

 私と錠之助さんは、玄関から外に追い出されました。

その後ろには、雪女さんもいました。

中からエンマ大王と鬼たちが大勢出てきて、囲まれてしまいました。

しかも、お酒に酔っているせいもあって、誰もが私たちを睨みつけて、キバを剥いています。

「人間、今日まで楽しくいられて世話になった。よって、命だけは助けてやる。

そこの虎を連れて、さっさと出て行け。雪女、お前もだ。貴様のような小娘の出る幕ではないわ」

 エンマ大王が鼻息も荒く声を荒げました。その迫力に、普通の人間である私は、震えあがりました。

「雪女、さっきの拙者の言葉は、取り消すでござる。すまん」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

「わかっているでござる。沙織殿、拙者の命に代えて、ここを守るから、安心するでござる」

「錠之助さん・・・」

 錠之助さんは、刀に手をかけました。

「やる気か?」

「むろんでござる。金紗持の太刀と拙者の腕を持って、斬れぬものはない」

「タイガージョー、本気か?」

「武士に二言はないでござる。雪女、沙織殿を頼む」

「バカな・・・ こいつは、雷光魔王だぞ。いくらお前でも、勝てるわけがない」

「それは、やってみなくては、わからんでござる」

 錠之助さんは、私を雪女さんに預けると、鬼たちの前に立ち塞がりました。

「やる気か?」

「やる。ここは、貴様たちには渡さん。沙織殿のためにも、絶対に渡さん」

「そうか。それなら、仕方がない」

 そう言うと、ニセの大王の体が光ると、巨大化しました。

見上げるくらいのビルのように大きく変身したのです。しかも、顔や体も、ガラッと変わって恐ろしいほどの迫力がありました。そばにいる、鬼たちもこれまでとは、姿形が変わり、まさに地獄の亡者という姿になっていました。私は、震えが止まらず、その場に座り込んでしまいました。

「アンタ、しっかりしな」

 雪女さんに助け起こされても、声も出ません。

「沙織殿、心配いたすな。拙者が、必ずここは守って見せるでござる」

 錠之助さんは、そう言って笑いました。その顔は、どこか、寂しげでもありました。

「雨よ、嵐よ、忍法虎変化」

 声を上げると共に空中で一回転すると、錠之助さんも変身しました。

「タイガージョー、推参」

「虎風情に何ができる。雷光サンダー」

 巨人になった雷光魔王が夜空に向かって指を刺すと、そこに稲妻が落ちました。

そのまま、錠之助さんに向けて放ったのです。

地響きが頭の芯まで伝わり、目の前が金色に光りました。

そっと目を開けると、錠之助さんは、それを刀で受け止めていました。

「これしきのことで、やられる拙者ではござらん」

「それはどうかな。あの者たちを捕らえよ」

 雷光魔王はそう言うと、鬼たちが私たちを取り囲みました。

「娘、お前に恨みはないが、死んでもらう」

 そう言って、鬼の鋭い爪が私の頭に振り下ろされました。

「雪子妖術、雪礫」

 その時、私を庇っていた雪女さんの手から、氷の矢が飛び出しました。

「こっちよ」

 雪女さんは、私を庇いながら、口から雪を拭いたり、手から氷を出しながら、鬼たちと戦い始めました。

「こっちは、いいから、雷光魔王をやって」

「承知」

 錠之助さんは、刀を向けると、上空に飛び上がります。

「雷光サンダー」

 またしても稲妻が起きて、錠之助さんの刀に落ちました。

その勢いで、錠之助さんが吹き飛ばされました。

「錠之助さん!」

 私は、思わず助けに足を踏み出します。

「行っちゃダメ。やられるわよ」

 止める雪女さんの手を振りほどこうともがきます。

「錠之助さん」

 目の前で倒れる錠之助さんを見て、入てもたってもいられません。

「心配ござらん。沙織殿、拙者は、この程度で死ぬような男でござらん」

 稲妻をもろに浴びて、錠之助さんの虎の体から白い煙が立っています。

「あいつなら、心配ない。これくらいで、やられる玉じゃないから」

 雪女さんは、私を庇いながら、鬼たちに立ち向かいます。

でも、相手が多すぎて、一人では歯が立ちません。白い着物が破けたり、きれいな肌が引き裂かれます。

「雪女さん・・・」

「心配ないわよ。これでも、あたしは、雪女家の女王だからね。この程度でやられるわけにいかないのよ。

大王様の名を語るニセモノにやられたとあっちゃ地獄に帰れないもの」

 そう言って、雪女さんは、口角を上げて笑いました。

「タイガージョー、あいつの胸を突けるか?」

「問題ござらん」

 雪女さんの声に、錠之助さんは、そう答えました。

しかし、そんなこと、可能なのだろうか? 錠之助さんは、変身して戦闘能力が上がったとはいえ、巨大化した相手の胸を突くなんてことができるのか・・・

 その間にも、私たちは、鬼たちに囲まれ、雪女さんも息が上がってきます。

「雪女、死んで地獄に帰れ」

「ふざけるな。あたしは、不死身だ」

 そう言うと、大きくなった鬼のこん棒が私たちに振り下ろされました。

やられる。私は、ここで死ぬ。目の前が真っ暗になりました。

その時、頭上で大きな音がしました。何かが破裂したような、耳をつんざく音でした。

「大家さん、お怪我はありませんか?」

 私は、そっと顔を上げると、そこには、地獄大使さんがいました。

「もしやと思って、黒子人たちに見張らせていたのですよ」

「地獄さん・・・」

「ショッカーの大幹部が、人助けとは、世の中も変わったもんね」

「それは、お互い様だ。雪女が人間を守るとはな」

 二人が言葉を交わすと、地獄さんは持っている杖を振ると、鬼たちがあっという間に吹き飛ばされました。

「ゲロゲ~ロ、大家さん、こっち来るゲロ」

「カッパさん」

 腕を引っ張られてみると、そこにはカッパさんがいました。

「カッパ、久しぶりだな。この人間を頼むぞ」

「ゲロゲロ、雪姫様のご命令なら、聞くまでもないでゲロ」

 私は、カッパさんに守られるように玄関脇の柱に身を隠しました。

「カッパさん、どうして・・・」

「決まってるでゲロ。大王様がニセモノなのは、わかってたゲロ。あいつら、許せないゲロ」

 やっぱり、カッパさんの言う通りだった。ニセモノでも、お客様はお客様なんて、大きなことを言ったけどやっぱり、こんなことになってしまった。

私が間違っていた。その結果、錠之助さんにケガをさせて

他の皆さんを巻き込んでしまった。すべては、私が原因だ。

「ごめんなさい、カッパさん」

「大家さんが謝ることはないゲロ。悪いのは、あいつらゲロ」

 カッパさんは、そう言って、私に優しく言ってくれました。

「タイガージョー、まだ、立てるか?」

「言うまでもござらん」

「あたしが目を逸らすから、その隙にあいつの胸に飛び込め」

「しかし、胸まで届かんのでござるよ」

 錠之助さんが悔しそうにつぶやいたのが聞こえました。

すでに腕や足からは、赤い血が流れています。私は、心配でたまらず、駆け寄ろうとします。

それをカッパさんが止めます。

「カッパさん、離してください」

「ダメゲロ。大家さんまで危険な目に合わせてはいけないゲロ」

「でも・・・」

「大家さん、あの人は、あなたのために頑張っているケロ」

「奥さん・・・」

 カッパさんの奥さんまでが私を止めます。

「沙織殿、心配無用でござる。拙者は、何があっても、沙織殿を守ると約束したでござる」

 そう言って、錠之助さんは、また、立ち上がりました。

「まだ、来るか?」

「無論のこと。拙者に勝てない相手はござらん」

「ならば、この場で死ぬがいい。雷光サンダー」

 またしても、錠之助さんに稲妻が光ります。

「錠之助さん!」

 その時、私が言うのと同じ速さで、黒いものが飛び込んできました。

「タイガージョー、助太刀するぞ」

「ニャンギラス・・・」

「お前は、この程度でやられる男ではないだろ」

「無論でござる」

 それは、ニャンギラスさんたちでした。

「虎のおじちゃん、がんばって」

「拙者の戦い方をしっかり見ているでござる」

「うん」

 あの男の子が、錠之助さんに声をかけます。

そうだ。泣いてちゃいけない。私も男の子のように、錠之助さんを信じて、応援しなきゃ。私は、涙をぬぐうと、男の子を抱きしめました。

「お姉ちゃん、虎のおじちゃんは、きっと勝つよね」

「勝つわよ。だって、虎のおじちゃんは、強いんだから」

「そうだよ」

 私は、男の子に励まされて、立ち上がりました。

「タイガージョー、俺たちを踏み台にしろ」

「かたじけない」

 そう言うと、ニャンギラスさんご夫婦が腕を組みました。

「タイガージョー、行くぞ」

 雪女さんが言いました。

「雪子妖術、雪嵐!」

 雪女さんの口と指先から、猛吹雪が雷光魔王に吹きあがりました。

「うおっ・・・」

「今だ!」

 ニャンギラスさんの合図で、錠之助さんが駆け出しました。

そして、組んだ腕に足をかけてジャンプすると、そのまま上空に飛び上がります。

「秘剣、魔空虎返し」

 刀を突き出して高く飛び上がります。これまでよりも高く、一直線に雷光魔王の胸に飛び込んでいきました。

そして、雷光魔王の胸に刀が突き刺さったのです。

「グオォォ・・・」

 苦し紛れに振り回す大きな腕で錠之助さんが吹き飛ばされます。

地面に激突する寸前に、地獄さんが受け止めました。

「おのれ、虎ごときが・・・」

 見ると、胸に深々と刀が突き立っていました。

次の瞬間、轟音とともに雷光魔王の体にひびが入ります。

「おのれぇ~、この俺が・・・」

 体中に入ったひびは、さらに亀裂になり、雷光魔王の体が崩れてきました。

「ウオォォ・・・」

 雷光魔王は、雄たけびと共に崩れ落ちて、辺りは瓦礫の山となりました。

それを見た鬼たちが、一斉に逃げ出します。

「逃がさないわよ。お前たちは、一匹残らず、地獄に送り返してやる」

 雪女さんは、そう言うと、雪吹雪で鬼たちを氷漬けにします。

ニャンギラスさんと地獄さんが、逃げ出す鬼たちを魔力で封じ込めました。

「錠之助さん!」

 私は、カッパさんたちの腕を振り払って、錠之助さんに駆け寄りました。

「沙織殿、ケガはござらんか?」

 私は、錠之助さんを抱きしめて何度も頷きました。

「沙織殿、ご無事で何よりでござる」

「虎のおじちゃん、ハイ、これ」

 崩れ去った雷光魔王の瓦礫の中に突き立っていた刀を持って、ニャンギラスの男の子が渡します。

「かたじけない」

「虎のおじちゃん、カッコよかったよ。ぼくもいつか強くなって、おじちゃんみたいになるよ」

「その時を楽しみにしているでござる。しっかり父上と修業するでござるよ」

「うん」

 刀を受け取った錠之助さんは、元の姿に戻りました。

「アンタ、なかなかやるじゃん」

「後の始末は、頼むでござる」

「当り前よ。あたしは、そのために地獄から来たんだからね」

 雪女さんはそう言うと、氷漬けになった鬼たちをそのまま連れて、地獄に帰って行きました。

「雷光魔王の後始末は、わしがやろう」

 地獄さんは、そう言うと、杖を振るいました。

すると、瓦礫の山は、何もなかったかのように消えてなくなったのです。

数分前のことがウソのように静かになりました。

「タイガージョー、またな」

「ニャンギラス、礼を申す」

「バカを言うな。俺は、お前を助けるために助っ人したわけじゃない。倅の相手をむざむざやられるのを見ているわけにはいかなかっただけだ」

 そう言って、ニャンギラスさん親子は、夜の闇に消えて行きました。

最後まで、男の子は、錠之助さんに手を振っています。

「おいらたちも、行くでゲロ」

「ハイ。新婚旅行は、まだ終わってないケロ」

 カッパさん夫婦も仲良く手を繋いで暗闇に消えて行きます。

「大家さん、錠之助、縁があったら、また会おう」

 地獄さんもそう言って杖を振りながら出て行きました。

私は、そんな人たちに感謝して、見えなくなるまで見送りました。

「皆さん、ありがとうございました。また、お待ちしています。いつでも来てください」

 私は、聞こえるように大きな声で言いました。

「沙織殿、拙者は、少し疲れたでござる」

 私は、錠之助さんに肩を貸しながら部屋に戻りました。

私は、ふとんに寝かせると、錠之助さんは、すぐに眠ってしまいました。

「ありがとう、錠之助さん」

 私は、寝ている錠之助さんに言うと、そっと唇にキスをしました。

なぜ、そんなことをしたのか、この時の私には、わかりません。

「おやすみ」

 私は、そう言って、静かにふすまを閉めて、部屋から出て行きました。


 翌朝、私は、いつもの時間に起きると、錠之助さんはすでに起きていました。

「沙織殿、おはようでござる」

「おはよう」

 錠之助さんは、庭で刀の素振りをしていました。

「もう、大丈夫なんですか? まだ、ケガが・・・」

「心配ござらん。これしきの傷など、ケガのウチには入らんでござる」

 そう言って、昨日の生々しい傷跡を見せながら言いました。

「ちゃんと手当てしないと・・・」

 私は、救急箱を持って庭に出ると、錠之助さんはそれをあっさり拒否しました。

「拙者の体にある傷は、すべて戦った勲章でござる。治す必要はないでござるよ。それより、腹が減ったでござる」

「すぐに作るから、ちょっと待ってて」

 私は、救急箱を抱えてキッチンに戻りました。

急いでご飯を炊いて、お味噌汁を作り、冷蔵庫からあり合わせの食材で朝食を作りました。

 私は、お皿を用意しているとき、ふと壁にかかっている鏡で自分の顔を見て、昨夜のことを思い出しました。

勢いとはいえ、どうしてあんなことをしたのか、自分でもわかりません。

衝動的に錠之助さんとキスをしてしまった。私は、すごく意識してしまうのに、錠之助さんはいつもと同じでした。

昨日のことは、きっと覚えていないのかもしれません。

 朝食の時も、向かい合って食べるので、錠之助さんの口元につい目が行ってしまいます。

「沙織殿、いかがいたした? 箸が進んでおらんようでござる」

「えっ? イヤ、別に何でもないの」

 私は、慌てて玉子焼きを一口食べました。

「沙織殿、それは、拙者の分でござる」

「あっ、ごめんなさい」

「イヤイヤ、構わんでござる」

 錠之助さんは、そう言って、笑いながらご飯を朝からモリモリ食べています。

「あのさ、錠之助さんは、昨日のこと・・・」

「もう、大丈夫でござる。この通り」

 そう言って、錠之助さんは、腕を捲って力こぶを見せます。

ホントは、そういうことじゃないんだけど・・・ でも、あのことは、口には出せません。

「沙織殿、顔が赤いようだが、熱でもあるのでござるか?」

「大丈夫よ」

 私は、無理に笑顔を作って、お茶を飲みます。

知らないうちに顔が赤くなっていたようです。でも、異性には鈍感な錠之助さんには、今の私の気持ちなど、まるでわかりません。私だけが、意識してしまって、なんだか恥ずかしくなる。

 食事がすんで、いつものように部屋の片づけや掃除をしていると、錠之助さんが二階から降りてきました。

「沙織殿、今日の客人は、何人でござるか?」

 すぐ目の前まで来て、急に話しかけられた私は、一瞬にして頭が真っ白になりました。さっきまで、今日のことは、頭に入っていたのに、言葉が出てきません。

「あの、えっと・・・」

「沙織殿、しっかりするでござる。今日の沙織殿は、少し変でござるよ」

 そう言って、錠之助さんは、私の両肩を大きな手でポンと叩くと、笑いながら庭に降りて行きました。

一人でおろおろする私は、何度も深呼吸して現実に戻ります。

頭の中を整理してから、錠之助さんに言いました。

「今日は、予約のお客様が、五人来るので、よろしくお願いします」

「承知いたした。それで、誰が来るのでござるか?」

 予約しているので、お客様の名前はわかります。私は、帳面を見ながら言いました。

「まず、ギルさんという方です。それから、ガイゼルさんという人。それと、諸星さんですね。愛野さんという若い女性と、ヘルさんという方の五人です」

 すると、庭で水を撒こうとしていた錠之助さんの手が止まりました。

「沙織殿、もう一度、客人の名前を教えてほしいでござる」

 私は、もう一度、お客様の名前を言いました。すると、錠之助さんの顔に緊張が走りました。

「今日の客人も、気を付けたほうがいいでござるよ」

「えっ、そうなの?」

「でも、諸星と愛野とかいうのがいるなら、心配ござらん。それでも、気を許してはいかんでござるよ」

 錠之助さんがいうなら間違いないのだろう。

いったい、どんな人たちが来るのだろうか?

この前みたいな、恐ろしいことがあったばかりです。私も緊張してきました。


 誰でもシェアハウスは、基本的にチェックインの時間は15時です。

それでも、遅れる人もいます。それにしても、もう、17時になるのに誰も来ません。

二時間も遅れるなら、あらかじめに連絡があるのに、今日の限っては、誰からも来ないのです。

一人でそわそわしながら落ち着かなくて、廊下をうろうろ歩いていました。

「沙織殿、そんなに緊張しなくても大丈夫でござる」

「でも、二時間も誰も来ないなんて、なにかあったのかしら?」

「今日の客人たちは、みんな普通の人間ではないから、時間を守らないのでござるよ」

「それならいいけど・・・ もしかして、途中で迷子になってるとか?」

「そんなことは、ござらん。それより、こっちで座ってテレビでも見てたらどうでござるか」

 リビングでのんびりテレビを見ている錠之助さんとは対照的に、私は、落ち着いていられません。

どんな人たちが来るのか、私は、気が気ではありません。

「沙織殿、うろうろされると、拙者も落ち着かんでござる」

 錠之助さんは、そう言って、私の腕を掴んでリビングに連れて行きました。

そして、ソファに隣り合って座りました。こんな近くだと、また、意識してしまいそうで、錠之助さんの顔を見られません。一人で、ドキドキしていると、玄関から人の声がしました。

「こんばんわ。どなたかおられますか?」

「ハ~イ」

 私は、急いで立ち上がると、小走りで玄関に向かいました。

「いらっしゃいませ、ようこそ、誰でもシェアハウスへ」

 私は、いつものように丁寧にお辞儀をして挨拶しました。

ゆっくり顔を上げると、そこにいたのは、黒い衣装を着た、おじいさんでした。

やつれた感じで、頬も痩せています。顔色も決していいとは見えません。

髪もボサボサで長く、髭も口ひげも伸び放題です。かなり高齢のおじいさんにしか見えません。

手には、長い杖のようなものを持って、足元まで伸びる黒い衣装でした。

「あの、お客様のお名前は?」

「ギルと申す。それと、連れが一人おるが大丈夫かな?」

「ハ、ハイ、それは大丈夫です」

「そうか。それは、よかった。おい、ハカイダー」

 おじいさんは、そう言うと、後ろからどう見ても怪しい黒い物体が現れました。

「挨拶しろ」

「俺の名は、ハカイダー」

 私の頭は、?マークが数えきれないほど浮かびました。

「こいつは、ハカイダー。わしが作った人造人間だ。用心棒をしてもらっておる。お前さんには、危害は加えないから安心してくだされ」

「ハ、ハイ・・・」

 目の前に立っている、黒い人造人間は、私に向かって、真っ赤な両目が光っていました。しかも、頭は、脳みそが丸見えで、透明のカバーに守られていました。

それが、ピカピカ光っているのです。黒い顔には、黄色の傷跡のようなものもあり、真一文字の薄い口。プロテクターのような黒いものが胸に付いていて、全身真っ黒です。

「沙織殿、客人が来たでござるか?」

 リビングから顔を出した錠之助さんは、玄関に立つ二人を見て、顔を引き締めました。

「やはり、そなたか」

「ほぅ、錠之助とここで会うとは思わなんだ」

 すると、間髪入れずに、黒い人造人間が、腰についている白い拳銃を抜いたのです。もしかして、私は、ここで射殺されるの? まさか、いきなり拳銃を突き付けられるとは思わなかった。

錠之助さんもその動きに合わせて、背中の刀に手をかけました。

「よさんか、ハカイダー」

「タイガージョー、今こそ、勝負だ」

 ちょ、ちょっと待って・・・ また、ここでケンカが起きるの? 

争い事は、もうやめてほしい。

「ハカイダー、やめろ」

 おじいさんがきつい口調で言うと、黒い人造人間は、白い拳銃を収めました。

私は、ホッとすると、一気に緊張感が抜けました。

「驚かせてすまん。こいつとそこの錠之助とは、昔、ちょっとした因縁があってな。こいつは、まだ、根に持っているんじゃよ」

 いったい、二人に何があったんだろう? 錠之助さんの過去が気になる。

「あの、えっと・・・ それでは、一号室にご案内します」

「三日ほど、世話になるが、よしなに頼む」

 そう言って、おじいさんと黒い人造人間は、私の案内で一階の一号室に向かいました。

部屋に入っても、服は着たままで、黒い人造人間は、部屋の隅に立ったままでした。

私は、その視線を気にしながら、シェアハウスの説明をします。

いつ、あの拳銃が向けられるかと思うと、ヒヤヒヤでした。

 説明を終えて、やっと部屋から出て、ホッと一息です。

「錠之助さん、あの人たちと、なんかあったの?」

「前に戦ったことがあるでござる。むろん、拙者が勝ったでござるよ」

 それしか言わないので、私には、よくわかりません。

錠之助さんには、私の知らない過去があり過ぎます。

 そこに、二人目のお客様がやってきました。

「失礼します」

「ハ、ハイ、入らっしゃいませ」

「予約した、ガイゼルです」

「ハイ、承っております」

 そう言いながら、顔を上げると、またしても謎が服を着ているような人が立っていました。もしかして、今日は、厄日なのかもしれない。

 二人目のお客様である、ガイゼル様は、黒い軍服を着て、制帽を被っていました。

顔は、真っ白で、しかも片目にキズがあって、塞がれていました。

白い肌なのに、片目の眼光は鋭く、その目で睨まれると、私など身動きできません。

 そこに、錠之助さんがやってきました。

「久しぶりでござる」

「タイガージョー・・・ なぜ、貴様がここにいる?」

「拙者は、ここの従業員でござる」

「なんと・・・ 驚いたな。まさか、お前とここで会うとはな」

 この人も知り合いらしい。錠之助さんの謎の人脈が広すぎる。

「あの、ガイゼル様は、お一人ですか?」

「そうだが」

「それでは、三号室にご案内します」

 私は、そう言って、さっきのおじいさんと人造人間がいる部屋から、一部屋空けた三号室に案内しました。部屋に入ると、黒い上着を脱いで、帽子を取ります。

そこで驚いたのが、髪が真っ白だったのです。顔も白ければ、髪も白い。

目が泳いでいるのが、自分でもわかりました。

 そんな異様な人を前にして、説明するのも声が裏返りました。

なんとか説明を終えて、冷や汗をかきながら、部屋を後にしました。

「あの人も知り合いなの?」

「昔、助っ人をしたことがあるだけでござる。ただ、それだけでござるよ」

 錠之助さんは、あっさり言うだけでした。それにしても、錠之助さんの交友関係が謎過ぎる。

私は、喉がカラカラに乾いていることに気が付いて、キッチンの冷蔵庫から、お茶を飲みました。ホッと一息を付いたところで、続いて三人目のお客様が来ました。

「こんばんわ。遅くなって、すみません」

「ハ~イ」

 私は、飲みかけのお茶を飲み干して、玄関に向かいました。

「いらっしゃいませ、ようこそ、誰でもシェアハウスへ」

 私は、お辞儀をして挨拶しました。顔を上げると、そこにいたのは、普通の男性でした。

見た目は、どこからどう見ても、人間の男の人です。青いスーツを着て、髪も短くセットして、優しそうな目に笑みを浮かべていました。見た目だけでも、普通の人で、私は、心から安心しました。

ところが、そうは問屋がいかないのが、誰でもシェアハウスのお客様なのです。

「予約した、諸星です」

「お待ちしてました。失礼ですが、お一人様ですか?」

「それが、どうしても連れて行けって言うんで一人いるんですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ」

「それは、よかった。アギラ、挨拶しなさい」

「ガオゥ~」

 その人の後ろから顔を出したのは、まんま怪獣だったのです。

やっぱり、安心してはいけなかった。だけど、まさかの怪獣連れとは、夢にも思わなかった。等身大の小さな怪獣でした。二足歩行のその怪獣は、全身が薄い茶色でした。なのに、頭には小さな角が一本あり、後頭部にはヒレのようなものがついて、絶えずパタパタ動いていてまるで、エリマキトカゲのようでした。目が半開きなので、ちょっと可愛く見えます。

でも、口は、大きく尖って、口を開けると牙が見えます。

怪獣というより、恐竜のようで、シッポもちゃんとありました。

しかし、怪獣を連れてくる人って、いったいどんな人なのか?

「沙織殿、いかがいたした」

 怪獣の声を聞いて、慌てて錠之助さんがやってきました。

「やっぱり、セブンでござったか」

「そういうお前は、錠之助。ここで何をしてるんだ?」

「拙者は、ここの従業員で、ここにいる沙織殿は、大家でござる」

「お前がここで働いているのか。変われば変わるもんだな。それで、ぼくたちの部屋は?」

 そう言われて、私は、恐竜のような怪獣を見て、パニックになった頭を振って言いました。

「二階の四号室になります」

「そう、ありがとう。アギラ、行くぞ」

「ガウゥ~」

 お客様は、怪獣を従えて階段を上がって行きました。私も慌てて後を追います。

階段を昇りながら、シッポが左右に振られる怪獣の後姿から目が離せません。

 部屋に案内して、説明をしているときも、その怪獣は、半開きの目をパチパチさせながら器用に頬杖をついて顔を傾けて聞いていました。その姿が、可愛く見えました。

 話を終えて階段を下りて行くと、四人目のお客様が入ってくるところでした。



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