第3話 エンマ大王は、ニセモノ??
お風呂から上がった、男の子は、お母さんの膝の上で、おとなしくキャットフードを一つずつ口に入れてカリカリと音を立てながら食べている。
いつまでも見ていられる光景で、すごく癒される。
そこに、髪を拭きながら錠之助さんが浴衣姿でやってきた。
「すみません、ありがとうございました」
ニャンギラスのお父さんが、丁寧に頭を下げてお礼を言うのを、錠之助さんは、顔の前で手を振りながら言った。
「イヤイヤ、拙者も楽しかったでござる」
「お父さん、虎のおじちゃんの体って、すごい傷がたくさんあるんだよ」
「自慢するほどの傷ではござらん」
そう言って、錠之助さんが笑った。笑った顔を見たのは、初めてかもしれない。
笑うと素敵だ。笑顔が似合う気がした。
「錠之助さん、一杯、いかがですかな?」
地獄大使さんがそう言って、徳利を差し出した。
「せっかくだが、拙者は、下戸でござる。お気持ちだけいただくでござる」
「そうか・・・ それは、残念だな。では、ニャンギラスさん、カッパさんは、どうですか?」
「猫には、またたびですよ」
「おいらは、キュウリ割りがいいでゲロ」
「では・・・ お前たち、すぐに準備だ」
そう言うと、黒子人さんたちが忙しく動き出した。
そして、あっという間に、テーブルに、またたび酒と焼酎のキュウリ割りが用意された。
「いかがですか」
「こりゃ、うまそうだ」
「ありがとうゲロ」
「さぁ、遠慮なく、飲んでください。ツマミもありますよ」
そう言って、テーブルに並んだお皿には、見たこともないものが並んでいた。
なんか、動いてるけど、生きてるのかしら? あの赤い食べ物は、何のお肉かしら?
どう見ても、人間の食べるものではないようなので、見なかったことにする。
私は、キッチンで、錠之助さんと夕飯を食べることにする。
錠之助さん用に作った、特大ハンバーグをおいしそうに食べている。
「あの人たちは、何を食べているの?」
「沙織殿が食べるものではござらん」
「そうなんだ・・・ 錠之助さんは、お酒は飲まないの?」
「拙者は、酒は飲まないでござる。沙織殿は、飲めるなら、彼らといっしょに飲んでくるといいでござる」
「イヤイヤ、気にしないで」
私は、お酒が弱い。嫌いではないけど、すぐに酔ってしまうので、人前ではあまり飲まないことにしている。
リビングでは、楽しそうな声と宴会が始まっているようだ。
居合わせたお客様同士が、こうして楽しくしているのを見るのが、シェアハウスの主としての特権なのだ。
すると、電話が鳴りました。私は、お茶でご飯を飲み込むと、急いで玄関わきにある黒電話を取りに向かった。
「ハイ、誰でもシェアハウスでございます」
私は、受話器に言うと、聞こえてきたのは、ビックリする人からだった。
「ハイ、ハイ・・・」
私は、ただ黙って返事をするだけだった。
「かしこまりました。では、明後日、お待ちしております。ありがとうございます」
私は、受話器を置いて、ホッと息をつきました。
なんだか、フラフラして、雲の上を歩いているような感覚で、キッチンに戻りました。
「沙織殿、いかがいたした?」
「錠之助さん、どうしよう・・・」
「客からの予約電話ではなかったのでござるか?」
「そうなんだけど・・・」
私は、声が出なかった。なぜか、偉いことを引き受けたのかもしれない。
「沙織殿、しっかりなされよ」
錠之助さんに声をかけられて、顔を上げました。
「お客様の予約なんだけど、それが・・・エンマ大王様からなの」
「なに?」
「地獄のエンマ様が来るんだって。どうしよう・・・」
「ふぅ~む・・・ それは、ちと、信用できないと思うでござるよ」
「えっ? どういうことなの。もしかして、錠之助さんは、エンマ様を知ってるの?」
「イヤイヤ、知らんでござるよ。しかし・・・」
錠之助さんは、顎に手を置いて、なにかを考えていました。
「沙織殿、こちらに来るでござる」
そう言うと、錠之助さんは、盛り上がっているリビングに私を連れて行きました。
「カッパさんは、イケる口ですな」
「ゲロゲロ、こんなにうまい酒は、久しぶりでゲロ」
「このまたたび酒も格別ですね」
大人たちは、酔っぱらっているようで、カッパの御主人は、少し頬が赤くなっています。女性陣は、おしゃべりに夢中で、それぞれが楽しそうだった。
「盛り上がっているところすまんでござる。少し、話を聞かせてほしいでござる」
「やっぱり、錠之助さんも飲みますか?」
「拙者は、下戸でござる」
「そうでしたな。これは、失礼」
スーツ姿の地獄大使さんが、軽く頭を下げる。
「カッパ殿、ちょっと聞くが、お主は、エンマ大王を知っているでござるか?」
「エンマ大王って、大王様のことゲロ?」
「そうでござる」
「知ってるも何も、おいらは、元は、地獄界の血の池地獄の番人をしてたんでゲロ」
そう言って、白く突き出た白いお腹をポンと叩きました。
「カッパさん、エンマ大王って、どんな人?」
私は、聞いてみました。カッパさんと、その奥様は、目を細めて昔を思い出すように言いました。
「大王様は、おいらたちみたいな、地獄の番人にも、優しくもあり、厳しくもあったゲロ」
「その大王様御一行が、明後日、ここに来るっていうのよ」
「ゲゲロォ!」
それを聞いたカッパさんは、飲みかけたキュウリの焼酎割りを吹き出してしまった。
「も、もう一度、言ってほしいゲロ」
「だから、大王様御一行が、明後日、ここに来るのよ。さっき、電話があったのよ」
それを聞くと、カッパの夫婦は、顔を見合わせると、今まで酔って緩みっ放しの頬が、急にキリッとしてきたのです。
「それは、ニセモノでゲロ」
「ニセモノ!」
今度は、私が驚く番でした。
「それは、どういうことでござる」
「どうもこうも、大王様が地獄界を出て行くなんてことは、ありっこないでゲロ」
キッパリと言うと、隣のカッパの奥様が、何度も頷いていました。
「地獄界は、大王様の結界と気力で秩序が守られているでゲロ。鬼も番人も死神も、大王様の力には勝てないゲロ。地獄は、大王様がいなくては、崩壊するゲロ。だから、間違っても、地獄を留守にするなんてことはないゲロ。もし、そんなことをしたら、留守中に地獄は、乗っ取られる危険があるゲロ」
「地獄を乗っとろうとする人なんているの?」
「いるでゲロ。悪魔界のデーモン。天上界のエンジェル。地獄にだって、謀反を企てるものがいても不思議ではないゲロ」
地獄とは、かなり物騒な場所なのは、私にも想像できる。
しかも、内部反乱の危険もあるということは、エンマ大王とはいえ、周りは敵だらけなのかもしれない。
その大王様が、地獄を留守にして、ここにやってくるというのは、やはり、それはニセモノなのかもしれない。
「それで、あなたは、どうするつもりですか?」
地獄大使さんに聞かれても、私は即答できませんでした。
「しっかりなされよ、沙織殿」
私は、錠之助さんに背中を叩かれて、やっと現実に戻りました。
「もちろん、お客様として、お迎えします」
「たとえ、ニセモノでも?」
「ハイ。本物だろうが、ニセモノだろうが、お客様には変わりありません。私としては、お迎えすることが第一です」
「ただし、災いをもたらすとか、沙織殿に危害を及ぼすものは、客にならず、拙者が、命をかけてお守りいたす」
錠之助さんが、ハッキリと言ってくれて、私は、心がほぐれる思いでした。
「よろしい。それでは、私も一肌脱ぎますか。もし、それが、ニセモノで、なにか悪巧みでもするつもりならば、私も全力で阻止しましょう。年をとっても、元は、ショッカーの大幹部の一人。まだまだ若い者には負けん」
「よぅし、それなら、俺もやろう。一宿一飯の恩義だ。それに、俺の可愛い息子と遊んでくれたし、ここがなくなっては困る。俺だって、マントル一族四天王の一人だったんだ。及ばずながら、協力する」
「ゲゲロ、それなら、おいらが、それが本物かどうか、見分けるでゲロ」
「皆さん、ありがとうございます。でも、ご心配なく。どんなお客様でも、私は、お迎えするつもりです。それに、皆さんは、お気になさらずに、東京観光を楽しんでください」
私は、そう言って、深く頭を下げました。皆さんの心遣いが、胸に深く刻まれました。
私にできることは、相手がどんな方であろうと、暖かくお迎えすること。
それが、誰でもシェアハウスなのです。そして、私が、ここの大家です。
「そうですか。皆さん、ここは、大家さんの気持ちを汲んで、我々は引き下がりましょう」
地獄さんが他の皆さんに言いました。
「そうですな。錠之助さんもついていることだし、心配ないでしょう」
ニャンギラスさんが言いました。
「ゲロゲロ、おいらは、納得できないけど、大家さんが言うなら、しょうがないゲロ」
「ありがとう、カッパさん」
まだ、納得してない顔のカッパさんだけど、わかってくれたようでホッとしました。
果たして、ホントにニセモノなのでしょうか? 今から、不安だけど、がんばって乗り切ろうと気合を入れ直しました。
翌日、カッパさん、地獄大使さん、ニャンギラスさんたちは、シェアハウスを出て行きました。私は、錠之助さんと、見送りながら、改めてお礼を言いました。
「またのお越しをお待ちしております。ご利用、ありがとうございました」
手を振るニャンギラスさんの男の子が、今も可愛く見えました。
「何かあれは、すぐに駆けつけるから」
ニャンギラスさんの一言が、とても頼もしく感じました。
「また、来るから、よろしく頼む」
そう言って、黒子人さんたちを大勢引き連れて、地獄大使さんも行ってしまいました。
「お世話になったケロ。楽しい、新婚旅行だったケロ」
カッパさんの奥様に言われると、私も自信が付きました。
みんなが出て行くと、私と錠之助さんは、手分けして部屋の掃除をして、布団を干して、洗濯をします。
エンマ大王様御一行は、今夜にやってくる予定です。しかも、総勢、15名なので、今夜からしばらく満室です。
貸し切り状態なのは、初めてなので私も緊張します。こんなに大勢のお客様なんて、初めてなので上手く接待できるか心配でした。
「沙織殿、風呂の掃除は、終わったでござる」
「ありがとう。それじゃ、悪いけど、庭の手入れをしてくれますか?」
「心得た」
屋上のベランダで布団を干して、洗濯物を干している私は、庭にいる錠之助さんを見下ろして言いました。
花壇に水をやったり、雑草をむしりながら、丁寧に手入れをしている錠之助さんを見るのが好きでした。
剣豪で怒ると怖い人だけど、花や生き物、子供が好きという、一面を見て、錠之助さんのことをもっと知りたくなりました。
そして、一段落すると、錠之助さんは、片肌を脱いで、刀を振り始めます。
錠之助さんの日課なのです。刀を振る鍛錬を欠かさないから、強いのかもしれません。そんな錠之助さんを見るのが、実は、私の楽しみの一つでした。
「えいっ!」
気合を込めて、声をあげながら刀を振り下ろします。
きっと、あの刀は、何でも斬れるんだろうなと思います。
何度も何度も、刀を振る姿を見ていると、やっぱり、侍なんだなと思いました。
私は、洗濯物を干して、一階に戻ると、汗を流した錠之助さんが、顔を洗っていました。
「お疲れ様」
私は、声をかけて、タオルを差し出します。
「かたじけない」
汗だくで額にも玉のような汗を浮かぶその顔を見ると、私は、なんだか胸の奥が熱くなってきました。錠之助さんは、タオルで汗を拭きながら言いました。
「沙織殿、客人は、何時に来るでござるか?」
「えっと・・・ 夕方の3時がチェックインの時間だから、それくらいだと思うわ」
すると、錠之助さんが、私の肩をポンと叩きながら言いました。
「そんなに堅くならずともよい。拙者がいるでござる。誰であろうと、沙織殿は、いつも通りにしていれば問題はないでござるよ」
そう言って、明るい笑顔を向けられると、顔が赤くなってくるのが自分でもわかりました。
「ありがとう。頼りにしてるわ」
「それでいいのでござる。沙織殿は、いつもその笑顔を忘れてはいかんでござるよ」
そう言って、錠之助さんは、キッチンに上がると、冷たいお茶を飲みに行きました。
「よし、がんばろう。私は、大家だもんね。しっかりしなきゃ」
私は、自分に気合を入れるつもりで、独り言のように呟くと、両の頬っぺたを叩きました。
「失礼します」
お客様は、3時ちょうどにやってきました。私は、急いで玄関に向かいます。
「ようこそ、入らっしゃいませ」
私は、いつものように深くお辞儀をして迎えました。でも、顔を上げたとき、私の目に入ってきたのはそれは恐ろしい皆さんたちが勢揃いして、私は、腰が抜けるかと思いました。
「責任者は、どなたかな?」
「わ、私が、ここの大家です」
自分でもわかるくらい、声が震えていました。
目の前にいるのは、見上げるくらい大きな赤鬼と青鬼だったのです。
さらに、その後ろには、見たこともない、怖い顔をした地獄の使者たちがいました。
「失礼だが、あなたは、人間ですか?」
「ハ、ハイ・・・ 私は、いたって、普通の人間です」
「人間の娘が、ここの大家とは・・・ 大王様、いかがしますか?」
赤鬼さんがそう言うと、大勢る人たちをかき分けて姿を現したのが、エンマ大王様でした。
頭に金色の冠を被り、赤い毛が見えました。顔は、目がギョロリと大きく、鼻も人とは比べ物にならなくらい大きく広がり、裂けた口からは牙が見えました。
胸には『大王』と書かれた鎧を着て、下半身は、黒い袴を履いて片手に巨大なこん棒を持っています。大きな目で睨まれながら見降ろされた私は、
一瞬にして、頭が真っ白になりました。
「かまわん。娘、しばらく世話になる。よろしく頼むぞ」
「ハ、ハイ・・・」
私は、目が点になりながら、何度も頭を下げます。そこに、錠之助さんが顔を出しました。
「沙織殿、どうしたでござる?」
錠之助さんは、固まっている私の横に立つと、大王様御一行を見上げて言いました。
「お主らが、地獄の御一行か?」
「そうだ。お前は、人間ではないな? ここの者か?」
「さよう。番頭をしている、虎錠之助と申す」
「変わった者がいるな。まぁよい。世話になる。部屋に案内してくれ」
固まったままの私の緊張をほぐすように、錠之助さんは、私の両肩を叩きます。
それに、緊張が解けたのか、私は、考えていたことを思い出しながら言いました。
「では、お部屋にご案内いたします。大王様は、一階の一号室へどうぞ。赤鬼さんと青鬼さんは、申し訳ありませんが、二人で一部屋で、隣の二号室です。それから、牛魔王様と五冠王様は、三号室です。他の皆様は、人数が多いので、二階に三部屋あるので、ご自由にお使いください」
なにしろ、全員で15人です。名前が覚えきれません。私は、大王様たちを一階の部屋にそれぞれ案内して錠之助さんは、他の皆さんを連れて二階に上がって行きました。
ちなみに、二階の皆さんたちは、死神さんたちが五人と小さな小鬼や天邪鬼の皆さんたちでした。
シェアハウスのルールを赤鬼さんたちに説明して、やっと、リビングに戻りました。ソファに座ると、ホッとして息をつきました。緊張するにもほどがあります。
地獄のエンマ大王様はもちろん、恐ろしい鬼や死神たちと話をするなんて、夢にも思いませんでした。
これまで、宇宙人や地底人、妖怪や怪人たちと接してきたけど、地獄の皆さんたちをお迎えするときが来るとは自分でも信じられません。
「沙織殿、大丈夫でござるか?」
二階の人たちを案内した、錠之助さんが戻ってきました。
「大丈夫よ。ちょっと、ビビっただけだから」
「それより、あの者たちが、ニセモノかもしれないことを、忘れてはいかんでごさるよ」
そうだった。もしかしたら、ニセモノかもしれないのです。迫力に押されて、すっかり忘れていた。
本物でもニセモノでも、私のすることは、変わらない。きちんとお迎えして、ゆっくりしてもらうことだ。
とはいえ、もしもの時のことも頭の隅に置いておかないといけない。
逗留は、三日の予定です。ここに来た目的は、下界の様子を視察に来たということでした。
これから三日間は、失礼のないようにしないと、万が一にも機嫌を損ねるようなことがあれば、私のようなちっぽけな人間なんて、虫けらのように殺されるだろう。
鬼やエンマ様から見れば、私など、赤子の手をひねるよりも簡単に殺せてしまう。
私は、改めて緊張しました。
大王様御一行は、食事は、連れてきた料理人らしい、小さな鬼たちにやらせるので、正直言って、私のすることは、ほとんどありませんでした。
みんなで温泉に入ったり、食事をしながらお酒を飲んだり、たわいのない話をしているだけでした。
とは言っても、その食事の風景は、まさに地獄をリアルタイムで見たような気分で、目のやり場に困りました。
よくわからない肉のようなものを食べながら、豪快に真っ赤な飲み物を飲んで、みんながみんな、楽しそうに騒いで賑やかで大宴会でした。
「錠之助さん、アレって、生肉かしら? 飲んでるのって、お酒よね。まさか、生き血とかじゃないわよね?」
「沙織殿は、見てはいかんでござる」
そう言って、錠之助さんは、私をキッチンの奥に連れて行きました。
見てはいけないということは、やっぱり、アレは、生肉で生き血なんだろう。
でも、何の肉かしら? まさか、地獄に落ちた人間の肉や血ではあるまいか?
私は、イケナイ想像をして、体がブルッと震えました。
「お~い、人間。さっきの娘は、おるか?」
リビングから私を呼ぶ声がして、慌てて足を踏み出しました。
「ハイ、お呼びですか?」
行ってみれば、かなり酔っ払っているのか、みんな楽しそうな顔をしていました。
「酒が足らん。何か、持ってきてくれるか?」
「ハ、ハイ・・・ ですが、ここにあるのは、人間用のお酒しかありませんけど・・・」
「う~ン、他にないのか?」
「申し訳ありません」
私は、頭を下げることしかできません。
「おい、お前たち、酒を用意して来い。ツマミもな」
「ははぁ~」
青鬼さんに言われた小鬼たちが、ぞろぞろと表に出て行きました。
「あの、どちらに行かれるんですか?」
まさか、コンビニやスーパーで、お酒や食べ物を買ってくるわけがない。
「娘、お前は、知らんでいい」
そう言って、大きな目で睨まれると、私は、身震いして、それ以上のことは聞けませんでした。
いったい、どこから調達してくるのだろうか? 怖くて聞けない。
私は、キッチンに戻って、錠之助さんに縋りつきました。
「錠之助さん、なんかお酒が足りないとか言って、鬼の皆さんがどこに行ったんだけど、どこに行ったのかしら?」
「さぁ、それは、拙者にもわからんでござる」
「まさか、人を襲ったりしないわよね」
「それは・・・ う~む、ないとは思うが、なきにしもあらずでござる」
冗談とも思えない真面目な顔をして言われた私は、青くなりました。
「沙織殿、彼らは、我らとは違うのでござる。何を食おうが、それは、我らの知ったことではないでござる」
「でも、人を襲ったりしたら・・・」
「心配ござらん。それより、腹が減ったでござる。飯にするでござる」
そう言えば、私もお腹が空いていた。もう、夕ご飯の時間です。
私は、キッチンに戻ると、冷蔵庫を開けて、夕飯の準備をすることにしました。
料理を作りながら、あちらはあちら、こっちはこっちと思うようにして、夕食の準備に集中しました。
それでも、気になって、仕方がありません。
「沙織殿、みそ汁が煮立っているでござるよ」
「あっ、ごめんなさい」
私は、慌てて火を止めます。
「沙織殿、気になるなら、聞いてくるでござるよ」
「イヤ、でも・・・」
お客様のプライベートには、口を出してはいけない。それが、シェアハウスの大家のルールです。
それでも、やっぱり、事が事だけに気になるのは、仕方がない。
錠之助さんは、キッチンを出ると、リビングに向かって行きました。
そして、すぐに戻ってきました。
「どうだった?」
「沙織殿、腹が減ったでござる」
私の質問に錠之助さんは、違う返事をしました。
それで、私には、察しがつきました。これは、私が知ってはいけないことだとわかりました。
私は、それ以上聞かないことにして、食事の支度をしました。
その後、夕飯を食べ終わったころに、小鬼たちが戻ってきました。
キッチンから覗くと、それぞれがお酒の瓶のようなものを抱えていました。
「沙織殿、覗き見は、良くないでござるよ」
「そ、そうね」
私は、すぐに目を逸らしました。その後も宴会は、夜中になっても続いていました。私たちは、それぞれ部屋に戻って寝ることにします。
それでも、リビングの方からは、賑やかな声が聞こえました。
それから数日間は、大王様たち一行は、昼になるとどこかに出かけて、夜になると戻ってきて、宴会が始まります。そんな日がしばらく続きました。
そんなある日のことです。その日も暗くなると、恒例の宴会が始まりました。
「誰かいますか?」
玄関から声が聞こえて、私は、慌ててキッチンを出ました。
「いらっしゃいませ。お泊りですか? すみませんが、今夜は満室で、貸し切りなので、申し訳ありません」
私は、そう言って、お詫びしました。
「違うわよ。あたしは、客じゃないから」
そういうお客様は、若い女性でした。しかも、白い着物を着て、白くて長い髪をなびかせている、とても美人な女性です。でも、どこか冷たい印象で、鋭い目つきが迫力ありました。
「あの、お客様じゃないって・・・」
「ここに、エンマ大王が泊まってるでしょ」
「えっ?」
「アンタ人間でしょ。隠したりしたら、ケガするわよ。いいから、エンマ大王を出して」
その女性は、私に向かって、強い口調で命令しました。
私は、どうしたらいいか、一瞬のことだけに返事ができないでいると、奥から錠之助さんが助けに来てくれました。
「沙織殿、いかがいたした?」
「おや? 誰かと思ったら、タイガージョーじゃないか。こんなとこで、何をしてる?」
「それは、こっちのセリフでござる。雪女が、どうしてここに?」
私は、目を白黒させて、二人を見ます。どうやら、二人は知り合いらしい。
「アンタがいるなら話は早いわね。エンマ大王を出せ」
「なにゆえでござる?」
「決まってるでしょ。あいつらは、真っ赤なニセモノ。大王様の名を語る不届き者よ。そんな奴らを匿ったら、アンタたちもただじゃおかないわよ。ケガしたくなかったら、さっさと出しなさい」
「なるほど、お主の言うことなら、それは本当かもしれん。だが、ニセモノだろうが、客は客でござる。我らに危害を加えるなど、迷惑はかけてござらん。よって、ニセモノであろうが、お主に差し出すつもりはござらん」
「あいつらを匿うというわけね。だったら、力づくでもあいつらを渡してもらうけど、いいのかしら?」
「その時は、拙者がお相手いたす」
錠之助さんと雪女さんの間で、緊張感が走る。私は、どうしたらいいのか、おろおろするばかりでした。そこに、青鬼さんが顔を出しました。
「なんだ、何を騒いでいる?」
「青鬼殿、客人の関わることではござらん」
錠之助さんが言うと、青鬼さんが牙をむき出しにして言い返したのです。
「そうはいかん。雪女、来るのが遅かったな。俺たちは、この地上を地獄にする手筈は、すでに整った。もはや手遅れだな。地獄に帰って、エンマにそう伝えろ」
「青鬼殿、今、何と申した?」
「ご苦労だったな。明日からここは、俺たちが占拠する。お前は、さっさと出て行け」
私は、耳を疑いました。何を突然、そんなことを言うのか、訳がわかりません。
「ここは、人間どもに知られず、化け物どもが自由に出入りできる。ここは、俺たちにとって、絶好の隠れ家になる。死にたくなければ、さっさと出て行け」
なんということだ。私が一番恐れていたことが、現実になりました。
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