第2話 タイガージョー推参!

 昼間だというのに、どうして空が暗いんだろう? 空が一面灰色に染まっている。

門の外には、体中が真っ赤な炎で包まれた宇宙人がいました。

結界が張られているので、門から中には入れません。

その前に、刀を抜いた錠之助さんがいました。

「錠之助さん!」

「沙織殿。危険だから、中に入っているでござる」

「でも・・・」

「心配無用にござる。拙者が命に代えても、ここは、守って見せるでござる」

 真っ赤な宇宙人の炎が錠之助さん目がけて飛んできた。

「危ないっ!」

 私は、思わず目を手で覆っていました。でも、結界が張られているので、炎は届きません。

「結城は、まだか・・・」

 錠之助さんが小さく呟いたのが聞こえました。

「もうすぐ来る。それまで、我慢しろ」

 アカマタさんが錠之助さんの背中を支えます。

「ダメだ・・・ 結界も限界だぞ」

 ダックスさんが言いました。

「チュチュン、何とかするチュン」

 モグラさんもがんばっているけど、門の外に貼られた結界にひびが入ってきました。

「これまでか・・・」

 錠之助さんが刀を前に付き出します。その時、結界がガラスのように割れました。

「ここを我らの侵略基地にする。さっさと出て行け」

「ここは、沙織殿の家でござる。出て行くのは、お主の方でござる」

「たかが、人間に何ができる?」

「拙者をたかが人間と言ったでござるな。後悔するでござるよ」

 そう言うと、刀を振り上げると、錠之助さんが何か呪文のようなことを言った。

「雨よ、嵐よ、忍法虎変化!」

 すると、錠之助さんの体が、黄金色に光り輝いた。

私は、目を閉じてその場にしゃがんでしまう。そして、そっと、目を開けると、そこにいたのは、変身した錠之助さんでした。

「タイガージョー、推参」

「貴様、何者?」

 信じられない光景でした。あの錠之助さんが、虎の姿に変わっていたのです。

しかも、上半身には甲冑を付けて、黒いマントを羽織っています。

左目は、変わらず黒い眼帯を付けているのが、何よりの証拠です。

「沙織殿、これが、拙者のホントの姿でござる」

「錠之助さん・・・」

「タイガージョーの戦いをしかとその目に焼き付けるでござる」

「虎ごときに何ができる」

「後悔するでござるよ。その首、もらい受ける」

 錠之助さんは、刀を前に付き出すと、空高く飛び上がった。

私は、目で追うように上を見上げる。空中で素早く体を回転させると、真っ赤な宇宙人目がけて刃を突き出した。

しかし、相手は宇宙人です。ギリギリのところでかわすと、真っ赤な炎を吐いた。

錠之助さんは、それを刀で真っ二つに切り裂く。それでも、何度も火の玉が錠之助さんを襲う。

「錠之助さん・・・」

 私は、目の前で繰り広げられる死闘に見ていられませんでした。

「しっかりしなさい。アンタのために、錠之助は戦っているのよ。その目で見てなさい」

「チュチュン、大家さん、しっかりするチュン」

 人魚さんとモグラさんに励まされて、静かに顔を向けます。

錠之助さんが押されているように見えました。でも、錠之助さんの、もう一つの目は、決して死んではいません。むしろ、輝いて見えました。

「参る!」

 そういうと、錠之助さんは、刀を振り上げながら、相手に突進する。

「ダメ、やられる・・・」

 私は、そう思って、咄嗟に手を差し出します。

しかし、その手をダックスさんに止められました。

「大家さん、あの男は、あなたのため、この家のために戦っているのですよ。しっかり見ていてください」

「ダックスさん・・・」

「おい、しっかりしろ。大家のアンタがそんなんじゃ、この先が思いやられるぞ」

 アカマタさんの二枚に別れた舌が、私の頬を撫でます。

そうだ。しっかりしなくちゃ。私は、この家の大家なんだ。大丈夫。錠之助さんなら、絶対負けない。

 刀を肩に担いで突進する錠之助さんは、相手に向けて刀を振り下ろす。

それを軽く避ける真っ赤な宇宙人。しかし、それで終わりではありませんでした。

「タイガー霞返し!」

 振り下ろしたと思ったら、腰の脇差が下から宇宙人を斬り上げた。

「なんだと!」

 クラッとよろけた身体に、今度こそ、錠之助さんの刀が飛んだ。

「タイガー水平斬り!」

 やった。これで、錠之助さんが勝った。そう思った瞬間でした。

錠之助さんの刀が寸前のところで、地面に落ちたのです。そして、右手を抱えて地面に蹲る錠之助さん。

「そこまでだ」

 そこにやってきたのは、銃を構えた結城さんでした。

「悪かったな、錠之助。ケガはないか?」

「貴様、撃つなら撃つと、早く言え。手がしびれて、動かんでござる」

「すまなかった。おい、そこの大家、錠之助の手を見てやれ」

 言われるまでもない。錠之助さんが心配で、急いでその場に駆け寄った。

「錠之助さん、大丈夫ですか? すぐに手当てするので、こっちに来てください」

 私は、錠之助さんの腕を握ると、なぜか、その手を振られてしまいました。

「心配ござらん。手がしびれているだけでござる。それより、拙者を怖くないのか?」

「どうして怖いの? その格好も、案外素敵よ。カッコいいじゃない。どんな姿になっても、錠之助さんには変わりないでしょ」

「沙織殿・・・ タイガー変身」

 そう言って、空中に飛び上がり、一回転して着地すると、元の人間の姿になりました。

錠之助さんは、まだ、右手がしびれているらしく、地面に落ちた刀を左手で拾うと背中の鞘に収めました。

「マグネ星人、地球への不法侵入、地球人への暴行傷害、侵略未遂による、宇宙憲法第九条で逮捕する」

 結城さんは、そう言って、炎の宇宙人の両手に手錠をかけました。

「観念しろ。俺が止めなかったら、その首は、なかったんだぜ。俺に感謝しろよ。ダックス、宇宙警察に連絡してくれ」

「わかった。逃げないように、捕まえていてくれ」

 そう言って、ダックスさんが、部屋の中に走っていきました。

見ると、真っ赤な炎も小さくなって、今にも消えそうでした。

「錠之助、すまん」

「当り前だ。来るのが遅いでござる」

「ちょっと、手間取っちまってな。でも、お前がいたから、安心していたよ」

「当り前だ。拙者を誰だと思っているでござる」

 二人が言い合いをしていると、暗く灰色だった空が、オレンジ色になってきました。もう、夕方なんだ。私には、長い時間に感じたけど、あっという間の出来事でした。

 その後、宇宙警察から来た宇宙パトカーに乗せられて、炎の宇宙人は連行されていきました。

「これで、一件落着だ。お前ら、騒がせて悪かったな。それと、ありがとな」

「ホントに、人騒がせでござる」

「いいから、いいから。それと、そこの大家、これは、宿賃の代わりだ、受け取れ」

 そう言って、私に投げてよこしたのは、卵くらいの大きさの光る石でした。

「なに、これ?」

 私は、手の平で光る石を見て不思議に思って訪ねます。

「ほほぉ~、これは、いい物をもらいましたね。それは、お金よりも価値がありますよ」

「そうなの?」

 ダックスさんがそれを見て、ただでさえ細い目を更に細くしていました。

「それは、あらゆる物質に転嫁できる、宇宙宝石の一つです。電気、ガスはもちろん、あらゆる電波も受け取れます。さっき、壊れた結界も、これを使えば元通りになるはずです。さすが、宇宙警察は、太っ腹ですね」

 褒められた結城さんは、小さく笑うと、私たちに明るく言いました。

「それじゃ大家、またな。錠之助、お前との勝負は、また今度だ」

「いつでも来るでござる」

「あの、もう、行くんですか?」

「こう見えて、俺は忙しいんだ。宇宙警察は、地球だけを守ってるわけじゃないんだから、次は、別の星に行かなきゃいけないんだよ」

「ご苦労様です。でも、おかげで、助かりました。ありがとうございました」

「いいってことよ。それじゃな」

 そう言うと、結城さんは、口笛を吹くと、夕闇の空に向かって飛んで行きました。

オレンジ色の夕焼け空が、私の心に深く焼き付きました。


 それから数日たって、みんなシェアハウスを出て行きました。

私と錠之助さんは、次のお客様のために部屋の掃除と片づけをしています。

今日の予約のお客様は、二組です。一組目は、ニャンギラスという怪人の親子連れです。家族で日本を旅しているようで、少しの間、東京観光に行くそうです。

 二組目は、カッパのご夫婦で、しかも、新婚さんでした。新婚旅行に東京に来たそうです。

私は、そんなお客様たちのために、部屋を掃除して、お風呂も磨きました。

「沙織殿、風呂場の掃除は済んだでござる」

「ありがとう。カッパさんたちは、きっと、熱い温泉には入れないから、水風呂の用意をしてください。この前の人魚さんが使っていたのでいいですよ」

「心得たでござる」

 そう言って、錠之助さんは、お風呂場に戻っていきました。

あの騒ぎがあってから、私は、錠之助さんをこれまで以上に頼もしく感じるようになりました。

たまに思うのは、あの虎に変身した姿でした。人間の姿もイケメンでカッコいいけど、虎に変身した姿も、アレはアレで、カッコいい。また、見てみたいなと思うけど、口には出せません。

そんなことをぼんやり考えていると、玄関が開く音がしました。

「すみません」

 いけない。お客様がやってきた。私は、現実に戻って、早足で玄関に向かいました。

「ようこそ、入らっしゃいませ。ご予約のニャンギラス様ですね」

「そうニャ。少しの間、お世話になるニャ」

「どうぞ、ゆっくりしてください。お部屋案内しますね」

 一組目のお客様である、ニャンギラス様御一行の到着です。

父親らしいその姿は、黒猫をそのまま大きくした姿でした。もちろん、二足歩行です。ちゃんと人の言葉も話せて、少し恰幅がいい体つきは、威厳がありそうです。

 母親らしい猫は、白くてきれいな体をしていました。両目が青いのがとてもきれいで美人猫です。

その横にちょこんといるのが、子供の猫らしい。しかも、三毛猫の姿をしていました。

「可愛いお子さんですね」

 私が言うと、白猫さんが目を細めて言いました。

「そうなのよ。この子は、男の子で、三毛猫でしょ。三毛猫のオスは、貴重だから、大事に育てないとね」

 なるほど。そういうことか。見た目がきれいだから、女の子かと思ったけど男の子らしい。ニャンギラス様御一行は、一階の一号室に案内しました。

「沙織殿、水風呂の用意は、出来たでござるよ」

 そこに、錠之助さんが顔を出したので、ニャンギラスさんたちの全身の毛が逆立ちました。

「と、虎・・・」

「お父ちゃん、怖いよぉ・・・」

 錠之助さんを見て、虎と感じるところは、同じ猫科だからなのだろうか?

「大丈夫よ、怖くないから。この人は、ここの番頭さんなの。優しいお兄さんだから、安心してください」

「そ、そうなんですか・・・」

「ほぅ、猫の怪人親子とは珍しい。そこのお前は、もしかして、マントル族の一味でござるか?」

「なぜ、それを・・・」

「確か噂では、マントル族は、全滅したと聞いているが、いかがいたした?」

「そうだ。俺たちは、その生き残りだ。だが、俺たちは、もう、悪さはしない。

きれいに足を洗ったんだ。今は、妻ももらって、子供もできて、静かに暮らしているんだ」

「それなら、いいでござる。ここは、お主たちのようなモノのための旅籠でござる。

ゆっくりしていくがいいでござるよ」

 錠之助さんは、無理に笑顔を作っていいました。

「虎のおじちゃん」

「おじちゃんではない。お兄さんでござる」

 猫の男の子に言われて、剥きになって言い返す錠之助さんを見て、思わず吹き出してしまいました。

「なにがおかしいでござるか?」

「こんな小さい子から見たら、錠之助さんは、立派なおじちゃんよ」

「う~む・・・」

 錠之助さんは、ちょっと複雑そうな顔をしながらも、子供好きな彼は、足元にすり寄り男の子を両手で抱え上げた。

「お主、父上のことが好きか?」

「うん、好きだよ」

「そうか。お主の父上は、強いんだぞ」

「知ってるよ。だから、ぼくも、強くなるんだ」

「そうか。しっかり頑張れよ」

 そう言って、床に降ろすと、猫の男の子は、長い尻尾を振りながら、母親と父親と部屋に入って行った。

「錠之助さんも、子供には弱いのね」

「フン、子供相手に本気を出しても、仕方がないからでござる。それより、宿帳を書いてもらわなくてよいのか?」

「あっ、いけない。すみませ~ん」

 私は、リスト帖を持って、一号室に走っていきました。


 リスト帖を書いてもらって、この家のことの説明を終えて戻ってくると、タイミングよく、次のお客様がやってきました。

「ごめん下さいゲロ」

「ハイ、もしかして、ご予約のカッパ様ですね」

「そうでゲロ。よろしく頼むゲロ」

「どうぞ、おあがり下さい」

次にやってきたのは、カッパのカップルでした。しかも、新婚さんで、新婚旅行に東京観光に来たとのこと。

御主人のカッパも奥様のカッパも、全身が緑色で、黒い斑点が体中にあり、短い手足には、水かきもあります。

頭のお皿は白くてきれいで、その周りを髪の毛が生えています。ご主人のカッパさんは、髪は短いのに奥様のカッパさんは、いくらか長くて、胸もいくらか膨らんでいます。下半身は、どちらも腰みのを巻いていました。同じカッパでも、男女は体のスタイルでわかります。

御主人のカッパさんのクチバシは、濃い黄色に対して、奥様のクチバシは、オレンジ色です。

 それにしても、まさに、絵に描いたようなカッパそのものの姿でした。

これまで、シェアハウスをやって、いろいろな生き物を見てきましたが、カッパは初めてでした。

「お世話になりますケロ」

 奥様のカッパさんが、丁寧に挨拶するのに、私も慌てて腰を折りました。

「どうぞ、ゆっくりしてください。お部屋は、二階の三号室になっております。今、ご案内します」

 私は、二人を案内するために先に立って、階段を上がりました。

新婚さんだから、静かな方がいいと思って、二階の角部屋にしました。

部屋に上がって、宿帳を書いてもらって、シェアハウスの説明をします。

二人は、新婚ほやほやなので、何だかこっちのが見てて恥ずかしくなります。

熱々カップルという感じで、見ていて微笑ましい。

「新婚旅行なんですよね」

「そうでゲロ。あっしらは、田舎に住んでるので、東京は、初めてで・・・」

「そうですか。東京を楽しんでくださいね」

 そうは言ったけど、カッパがそのままの姿で外に出たら大騒ぎになる。

大丈夫なのかなと、少し心配になりました。

「それでは、どうぞ、ごゆっくり。お風呂は、冷たい水風呂が用意してあるので、ご自由に使ってください」

 そう言って、私は、部屋を後にしました。食事の方は、自分たちで用意してきたというので、私が用意する必要はありません。

「沙織殿、二階の客は、大丈夫でござるか?」

「大丈夫ですよ。カッパの新婚さんだから、そっとしておいてあげてくださいね」

「ふ~ン、カッパの新婚とは、初めて聞くでござるな」

 錠之助さんでも、その辺は謎らしい。


 とにかく、今日のお客様は、この二組だけなので、とりあえず無事にチェックインできてホッとしました。

「他にも部屋が空いているが、もう、客は来ないのでござるか?」

「そうよ。今日は、二組だけ」

「大丈夫でござるか? もっと、客を入れないとやっていけないと思うが・・・」

「平気よ。だって、このシェアハウスは、儲けるためにやってるわけじゃないのよ。

それに、もしかしたら、飛び込みでお客様が来るかもしれないでしょ」

「それなら、いいでござる」

 そう言うと、錠之助さんは、奥に行ってしまいました。

さて、お客様も部屋でゆっくりしているようだし、食事の用意もしなくていいので、

私は、自分と錠之助さんの食事の用意でもしようと思いました。

キッチンに行って、冷蔵庫を開けて、中の食材を確認します。

 すると、そこに、玄関の扉が開く音がしました。

「ごめん」

 大きな声が聞こえたので、私は、慌てて玄関に向かいました。

「ようこそ、いらっしゃいませ」

 私は、丁寧にお辞儀をして挨拶しました。

「部屋は、空いていますか?」

「ハイ、大丈夫です。何名様ですか?」

「私一人だ。イヤ、細かいのが数名いるが、それは、気にしなくてよろしい」

「ハ、ハァ・・・」

 私は、何か不思議な感じがしました。そのお客様は、年配の男性でした。

しかも、きちんとスーツを着て、ステッキを片手に持ち、シルクハットを被って、口ひげが目立つ顔をしていました。恰幅がよくて、上品そうな紳士のようでした。

「どうぞ、お上がり下さい」

 私は、瞬間的に、どこの部屋に案内しようか考えます。

二階は、新婚さんだし、一階は、家族連れだから、どちらがいいか・・・

やっぱり、一階は、隣同士だし、子供もいるから、騒がしいかもしれない。

私は、そのお客様を二階の六号室に案内することにしました。

「それでは、二階の六号室にご案内します」

「よしなに頼む。おい、お前たち、荷物を運び込め」

 そのお客様が、玄関の外に向かって言うと、何やら小さい生き物が大勢入ってきました。何事かと思うと、小さな黒子の衣装を着た小人たちでした。

身長は、20センチほどの小さな黒子さんたちです。それが、大勢で入ってきたのです。それぞれが、荷物を抱えて、運んでいました。黒子たちより数倍大きな風呂敷や家具などを運び込んでいるのです。

「驚かせてすまんな。こ奴らは、わしの手下で、黒子人という。気にせんでください」

 そう言うと、お客様は、二階に上がって行きました。

「沙織殿、今夜のオカズは、何でござるか?」

 そこに、錠之助さんが顔を出しました。

「おや? どこかでお見掛けしましたな」

「お主、ショッカーの地獄大使殿でござるな。なんだ、その姿は?」

「そうか、アンタは、タイガージョーか。こんなところで会うとは、奇遇だな」

「その名を申すな。拙者は、虎錠之助でござる」

「そうか。では、錠之助、こんなところで何をしているんだ?」

 どうやら、このお客様は、錠之助さんのことを知っているらしい。

錠之助さんの人脈というのは、もしかしたら私の知らない人たちが多いのかもしれない。

「お客様。錠之助さんは、今は、ここで、働いてもらっているんですよ」

 私は、ここの主として、錠之助さんをフォローするつもりで口を挟んだ。

「ほぅ、お主がここの従業員になっているとは、世の中、変わったもんだな」

「そういう、お主こそ、ショッカーの大幹部が、何をしているんだ? 確かショッカーは、全滅したと聞いたが?」

 すると、お客様は、口ひげを揺らせて小さく笑いました。

「その通りだ。ショッカーは、全滅した。わしは、生き延びて、今は、全国を旅をしている、のん気なじじいじゃ」

「隠居したというのでござるか?」

「そういうことだ。もう、世界征服など、意味はないわ」

 そう言って、お客様は、笑いながら階段を昇って行った。

「錠之助さん、あの人、知ってるの?」

「イヤ、知り合いというほどではござらん。お互い、世界征服を狙う、悪の組織として、二、三度見たことがあるだけでござる。知り合いというほどのことではないでござるよ」

 そう言って、錠之助さんは、キッチンに入って行った。

「沙織殿、腹が減ったでござる」

「ハ~イ、ごめんなさい。今、作るから、もうちょっと待ってて」

 私は、もう一度、冷蔵庫を開けて食材を確認した。


 結局、今夜の夕飯のオカズは、作り置きしてあった、ハンバーグにした。

目玉焼きとチーズを添えれば、立派なオカズになる。

ご飯を炊いて、お肉をこねている間は、錠之助さんは、手持無沙汰な感じで、リビングでくつろいでいた。

そこに、ニャンギラスさん親子がやってきました。

「虎のおじちゃん、遊ぼうよ」

「おじちゃんではござらん」

「だって、お父さんと同じくらいの大人じゃないか」

 そんなことを言われると、錠之助さんも渋い顔をしながらも、怒っている風ではないので安心する。

「では、何をして遊ぶでござるか?」

「チャンバラがいい」

「ほぅ、お主は、チャンバラが好きでござるか?」

「だって、ぼくもお父さんみたいに強くなりたいんだもん」

「そうか。ならば、表に出るでござるよ」

「やったー」

 そう言うと、男の子は、おもちゃの刀を腰に刺して、庭に飛び出した。

「こらこら、ご迷惑ですよ。遊ぶなら、一人で遊びなさい」

「構わんでござる。拙者も、子供と遊ぶのは、久しぶりだから、楽しいでござるよ」

 ニャンギラスさんのお母さんが止めるのも軽く受け流し、錠之助さんも草履を履いて庭に出た。

とはいうものの、子供相手に、剣豪の錠之助さんでは、相手になるわけがない。

間違っても、本物の刀など使ったら、大変なことになる。

「錠之助さん、気を付けてくださいね」

「心配無用でござる」

 私の心配をよそに、錠之助さんは、口元に笑みを浮かべながら、腰に差している刀を鞘ごと抜いて構えた。

「さぁ、どこからでも、討ってくるがよい」

「いくぞ。ヤァ~」

 声を上げると、錠之助さんの刀に向かって、大きく振りかぶる男の子。

「どうした。もっと、来るでござる」

「おりぁ~」

 庭から聞こえる男の子と錠之助さんの声が何だかほんわかしてくる感じでした。

リビングに戻ると、カッパさんご夫婦もやってきて、ニャンギラスさんたちと話をしていた。

「新婚さんなんですか?」

「そうですケロ」

「いいですねぇ」

「なんか、恥ずかしいケロ」

 カッパさんの奥様とニャンギラスさんの奥様同士で、おしゃべりが始まっていた。

やはり、女同士は、気が合うのかもしれない。

「可愛いお子さんですケロ」

「子供はいいですよ」

「あたしも、早く子供が欲しいケロ」

「大丈夫ですよ。すぐにできますよ」

「あらぁ・・・」

 カッパと猫の会話というのは、不思議過ぎる。その横では、カッパの御主人とニャンギラスの御主人が男同士で話が盛り上がっていた。

「家族がいるって、いいですよ」

「おいらもそう思うゲロ」

 ここは、誰でもシェアハウスだから、たまたま居合わせたお客様同士で、コミュニケーションができるというのもシェアハウスならではの楽しみの一つでもある。

こんなときが、私にとって、うれしくなる瞬間だった。

妖怪と怪人同士の話は、普通の人間である私には、会話に入れないので、黙って聞いてない振りをしてキッチンに戻りました。でも、興味津々なのも正直な感想です。

いったい、どんな話をしているんだろう? 耳を澄まして聞いてみる。

「妖怪も、今は、住みにくいのではありませんか?」

「沼がどんどん埋められて、自然が少なくなってきて、おいらたちも住むところが少なくなったでゲロ」

「ホントに、寂しい話ですなぁ」

「そちらは、今、どちらに住んでいるでゲロ?」

「私たちは、日本中を旅しているんですよ」

「それは、いいゲロ」

 なんか、普通に人間の会話と余り変わらない。もっと、ビックリするような話をしているのかと思ったけどそういう話は、全く聞こえてこなかった。

そこに、今度は、地獄大使さんがやってきた。

「お邪魔しますよ。私も仲間に入れてください」

「どうぞ、どうぞ」

「同じ屋根の下に泊まる同士、遠慮はいらないゲロ」

「それはそうと、あなたは、カッパさんですな」

「ゲゲロ、おいらは、新婚旅行に来ているゲロ。おいらのお嫁さんでゲロ」

「初めましてケロ」

「それは、いいですな。で、そちらは、ニャンギラスさんですな」

「そういう、あなたは、地獄大使さんですよね」

「お互い、秘密結社の幹部同士ですね」

「それも、昔の話ですよ。もう、組織もない」

 なんだか、悪の幹部同士が昔話を始めた。なんだか、怖い話なのに、楽しそうだ。

「虎のおじちゃん、強いよぉ」

「お主は、修行がまだまだ足りないでござる」

「お父さん、虎のおじちゃん、すっごく強いんだよ」

「当り前だ。その方は、日本一、強いんだぞ」

「え~、そうなの!」

 男の子がビックリしながら、全身の毛を逆立てて錠之助さんを見上げている。

「汗をかいてるんだから、お風呂に入ってきなさい」

「お母さんと入る」

「一人で入れるでしょ」

「う~ン・・・」

 男の子が、困ったような顔をする。それが、ものすごく可愛い。私がお風呂に入れてあげたい。

「ならば、拙者と入るでござる」

「ホントに!」

「ホントでござる。だから、風呂に行くでござるよ」

「やったー」

「いいんですか? ご迷惑をおかけして・・・」

「構わんでござる。拙者も久しぶりに子供と遊べて、楽しいでござる」

 そう言って、錠之助さんは、男の子に手を引かれて、温泉に入って行った。

「あの、皆さん、お食事は・・・」

 ごはんが炊けたので、それを合図に聞いてみた。

「気にせんでください」

「ちゃんと用意してきたから、大丈夫ゲロ」

「誰か、食事の用意だ」

 それぞれ違うことを言った。

見ると、ニャンギラスさんご夫婦は、キャットフードを仲良く食べ始めた。

カッパさんご夫婦は、おいしそうにキュウリを齧っている。

地獄大使さんは、黒子人さんたちが用意した、食事を食べ始めた。

 みんな食べるものが違うんだ・・・ だったら、私も自分の食事をしようと思う。

お風呂の方からは、男の子の楽しそうな声が聞こえてくる。

錠之助さんが、子供が好きなんて、もう一つの顔を見たような気がしました。

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