16 ああ〜

 さて休日だ。

 とはいえなんというか疲れ切ってしまっている感覚は抜けていない。

 休日返上、残業連続で頑張ったツケがきているのだ。俺ももうおっさんなんだなあと思う。異論は大いに認める。なんでライトノベルの高校生は幼女を前にするとおっさんを名乗るのか。謎を解き明かすために探検隊は密林の奥地へと向かわなかった。

 とりあえずメンタルの疲労感をごまかす、違った、メンタルの疲労感を軽減する方法はなにかないだろうか。


 こういうときはショート動画を延々と観る、みたいなことはしちゃいけない。逆に疲れる。それは経験上分かる。

 軽く体を動かそう、と思ってぽてとの散歩係に名乗りをあげたところ、もう日が昇る前に叔父さんが行ってきたらしい。夏のあっついアスファルトは犬の肉球が焼けてしまう。涼しいうちに散歩しなければならないのだ。


 ぽてととボール遊びでもしようかと思ったものの、ぽてとは散歩でいっぱい歩いたのかスヤスヤ寝ている。もし起こしたら「ウー、ガルルルル」などの楽しくないリアクションが返ってくるのは間違いない。


「日帰り温泉にでも行ってきたらどうだい」


 叔父さんがそう言って、スマホの画面を見せてきた。比較的近所に日帰り温泉があるらしい。知らなかった。


「叔父さんよく知ってますね」


「昔から文章が詰まって家に1人のときとかに行ってたんだ。平日は空いてるよ。おじいちゃんばっかりだ」


 そうなのか。そう思っていると叔父さんは朝ごはんを用意し始めた。妹と穂希さんが起きてきて、「おいしそー!」とか「お手伝いしますよ」などと言っている。


「清花、きょうはどうするんだ?」


「ダンジョンいくよ。穂希ちゃんはどうする?」


「うん、ダンジョンいく。これから経験を積まないと」


 熱心だなあ、最近の若い人は。


「おにーちゃん、目の下クマやばいよ。歌舞伎の悪役みたくなってるよ」


「そんなにか? というかお前、どうして歌舞伎の悪役が青く塗ってるって知ってるんだ。そういう教養とは無縁なのに」


「あーおにーちゃんひどーい。穂希ちゃんと近々歌舞伎の観劇に行って、穂希ちゃんの推しの役者さんのお芝居見よう、ってなってるから予習したの!」


 はえー。妹が文化的になっていく。穂希さんがハイソなお家の子とはいえまさか推しの役者さんがいるレベルで歌舞伎を楽しむほどのハイソな子だとは思わなかった。


「歌舞伎なんて娯楽演劇ですから。楽しいですよ。難解なところがあってもイヤホンガイドがあればたいてい分かります」


「そうなの? ……君たち楽しそうでいいね」


 妹たちは歌舞伎観劇の代金を貯めるべく頑張っているらしい。妹が文化的になるのはよいことだ。朝食を食べて妹と穂希さんはダンジョンに向かった。


 俺も風呂セットを、叔父さんから借りた銭湯バッグに詰めて、問題の日帰り温泉とやらに行ってみることにした。


 ◇◇◇◇


 温泉はいたってありがちな公共浴場のていをしていた。入浴券を買って中に入ると、たたみの敷かれたごろ寝スペースや、食券を買うスタイルの食堂が併設され、おじいちゃんおばあちゃんがちらほらいて、果たしてこれで採算は取れているのだろうかと心配になる。

 男湯は広々とした、清潔で少し硫黄の匂いのする風呂だ。掛け湯をし体を洗って風呂に入れば「ああ〜……」と声が出る。

 夏は冷房の効いたところにいると汗のかき方を忘れて健康を害するという。温泉に浸かると普通の風呂より汗をかく。健康によさそうだ。

 かけ流しだという温泉に浸かって天井を見上げると、これまでのストレスがダバダバと流れていく。

 直接メンタルに作用するわけではないのだろうが、詰まっていた毛穴が解放されて汗が出るのはとても気持ちいい。


 すっかりあったまって風呂から上がった。体を拭いて服を着て、ごろ寝スペースに寝転がろうとして、なにやら古い漫画が並べてあることに気づいた。

 棚には「読み終わったら元の場所に戻してください」とある。自由に読んでいいらしい。叔父さんの蔵書の古代ローマ風呂漫画の著者と別の漫画家の共著の古代ローマ漫画を見つけたので読み始めたら面白くて止まらなくなった。気がつけばゆっくり昼だ。


 カレーライスを食べ、少しストレスが緩和された気がして家に帰ると、ゲラを提出したらしい叔父さんが録画消化タイムをやっていたので、よくストーリーはわからないものの日曜日朝のヒーロー特撮や大河ドラマなどを観た。面白い番組を作ろうという意欲を感じる。


「すごいっすね、まだテレビってこんな頑張ってたんですか」


「そうだよ。動画サイトなんてヤマなしオチなし意味なしだ。素人が企画して作った大して面白くない動画より、昔からの脚本家がきちんと書いたもののほうが面白いに決まってる。大河ドラマなんて最高の脚本家に最高の俳優、最高のスタッフで作るんだから。清花ちゃんがあんまり好まないから1人で観てるけど……」


 大河ドラマの出来のよさにビックリしているうちに紀行が終わり、叔父さんはテレビのリモコンを操作してライヴダンジョンのアプリを開いた。妹がダンジョンで穂希さんとふたり、魔物を討伐している。


「楽しそうでよかった」


 俺は心の底からそう思った。というか最近の心労はほぼこれだった気がする。妹が楽しくやっているか、最近よく知らなかったのだ。


 少しして配信が終わり、妹と穂希さんが帰ってきた。歌舞伎観劇資金調達のために喫茶店には入らないことにしたらしい。


「おにーちゃん超ツヤツヤしてんじゃん」


「そんなに????」


「温泉とエンタメは効くからね」


 叔父さんが笑った。妹はまだ若いので温泉のよさがわからないらしかった。

 さあ休んだ。明日からまた踏ん張るぞ。(つづく)

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