17 こんな素敵なことが
休日をたいへん気分よく過ごした。朝起きて、よしやるぞと太陽の差し込む自分の部屋で両腕を上げる。
……びきっと背中が痛かった。デスクワーク、それもボヤ廃を主な仕事にしているからだろう。とにかく今日は仕事をせねばならぬ。
叔父さんはもうぽてとの散歩を済まして、味噌汁を作っているところだった。おかずに目玉焼きを作り、白いご飯とセットでシンプルな朝ごはんの完成である。
「ずいぶん調子がよさそうだ。おとといはあんなにしんどそうだったのに」
「やっぱり温泉ですかね」
「そうかい、それなら勧めた甲斐があったというものだ」
きょうはきのう休んだぶんの仕事をしよう、といつもより一本早い列車に乗った。ラッシュアワーより少し早いからかそんなに混雑していなかった。ラッキー。
それにしても東京の電車というのはやべえなと思う。どうしてみんな、ぎゅうぎゅう詰めにされてまで会社に行くのだろう。それも行きたくない会社に。
考えがだんだんおかしな方向に行くのでいかんいかん……と気を引き締め、朝活として読み始めた叔父さんの蔵書のライトノベルを開く。カバーがかけてあったので「厚い文庫だなあ」くらいにしか思っていなかったが、するする読めて面白い。
◇◇◇◇
そうやっているうちに電車から降りる駅まで来た。だんだんと混み始めた車内を出て、ライヴダンジョン社の巨大なビルに向かう。
自分の席につく。みー先輩もえがそー先輩もまだ来ていないか、あるいは仕事で移動したかだろう。
よっしゃ、とデスクに向かう。パソコンは前任者がいたとは思えないほど真新しいので、すぐ起動した。
ボヤイターを確認してみると、どうやらみー先輩が代理で「#きょうのダンジョンオフショット」をポストしてくれていたらしい。おまじないとしてなにやらぽてとが描かれたポストイットの写真が繋がっている。みー先輩めちゃめちゃ絵が上手いな……。
その「#きょうのダンジョンオフショット」の1つ前のポストは、「本日ボヤイター担当者ながっちが休暇をもらっておりますので、ようつべでお馴染みみーちゃんが代理で投稿いたします」とポストされていた。
そうか、俺が無理しなくてもこの職場は回るのか。
市役所で社会の歯車をしていたころは、「俺が抜けたら仕事が止まる」という悲壮な覚悟を持って働いていた。仲間を信頼できなかったのだ。
信頼できる先輩がいる。こんな素敵なことがあるだろうか????
「おや。きょうは出社してきたのかい。体調悪いんじゃなかった?」
むむっ、この声は「ライヴダンジョン社の母」こと山﨑弥生さんではないか。きのう一日温泉で休んだら元気100倍ですよ、と答える。
「このビル、冷房が効きすぎてることがあるから、それもあって疲れたんだろうね。温泉はいいね」
山﨑さんに、さっき思ったことを話す。ここはいい職場だ、と。
嬉しそうに頷きながら、山﨑さんは俺の話を聞いてくれた。それだけでもうほとんどのストレスが洗い流された感じである。
「あんた、前の職場で無理してたんだろ」
「ええ、まあ」
「ライヴダンジョン社はダンジョンが希望であるのと同じく、希望であらねばならないからね。私みたいな掃除のおばさんだってここで働くのは希望だよ」
「そうなんですか」
「そう。さあ、働いて推しのリサイタルを聴きに行くお金を貯めないとね!」
「ちなみに山﨑さんの推しって誰なんです?」
「そりゃあピアニストのハチノスちゃんだよ。ようつべでも人気だったけど最近はすっかりビッグになっちゃって、リサイタルのチケットがすぐ売り切れるのさ」
予想外の方向からの打球にビックリしたのだった。
「おっはー。ながっち、顔色復活してんじゃーん」
みー先輩が出社してきた。山﨑さんに頭を下げ、みー先輩は着席した。少ししてえがそー先輩も現れて、カメラの準備をしている。
「おはようございます。1日休んだら元気になりました。迷惑かけてすみません」
「だいじょーぶ。休むときはしっかり休むのがしごできだからね! さ、300万のフォロワーに朝の挨拶!」
そんなに増えてたのか、ライヴダンジョン社公式ボヤイターのフォロワー。
「おはようございます、ながっちです! きのうはお休みしましたが元気100倍で戻って参りました! きょうも頑張っていきましょう!」
ぶあああああ!!!!
すごい勢いでいいねとリポストが繰り広げられる!!!!
試しにリポストされた先をちょっと見に行ったら『公式さん復活してる!』とか『大事なくてよかった、令和ヒトケタのコロナ禍思い出してドキドキした』などの温かいポストが並んでいた。
ボヤイターをほどほどにいじり、超ダンジョンフェスのポスターイラストの制作を以来したイラストレーターさんから上がってきたラフ画を確認する。これがまたカッチョイイのだ、ミュシャの絵みたいだ。俺はわりとアートが好きである。
みー先輩とえがそー先輩のオッケーをとり、それで進めてください、と返信した。
「いいね、今年の超ダンジョンフェスはアートな感じだね」
みー先輩は嬉しそうだ。えがそー先輩も「……ナイス……」とサムズアップを向けてきた。俺も嬉しい。
広告代理店に任せたほうの仕事も確認し、万事滞りなく仕事が進んでいく。そんなことをやっていると、スマホに電話がかかってきた。(つづく)
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