木通
白川津 中々
◾️
「コーラ飲む?」
「いらない」
「そう」
「ビールまだある?」
「ある」
「じゃあ取ってくれ」
「ん」
「朝からお酒は体に悪いよ」
薄目で笑う彼女はいつも通り下着姿のままだった。夜を交えた日は、例え冬でも部屋着を着ない。それは慣習であり儀式でもあると彼女は言っていたが、単に物臭なだけだろう。
「今日、どうする?」
「……飲んじまったからなぁ」
「部屋で過ごす? 私はそれでもいいけれど」
「いや、せっかく久しぶりに休みが被ったんだ。植物園にでも行こう。ほら、観たがってたろ。南米の花」
「それはこの前、一人で観に行ったからいいかな」
「そうか。じゃあ……」
「私、山登りたいな」
「今から?」
「うん。高尾山だったらピクニックみたいなものだし。途中のレストランで、ビール飲みたい」
「ビール、冷蔵庫にもうないの?」
「山で飲むのがいいの」
「変りゃしないよ。酔うだけだ」
「じゃ、行かない?」
「……行こうか」
「やった」
本当は山になんか登りたくないのに、白々しい事を言う。しかし、こうした演技がないと二人の関係が続かないのは、俺も彼女も分かっている。なんとなくで一緒になって、なんとなくで共に過ごす。お互い一人でもいいのに、いや、一人の方がいいのに、何故か離れるのが怖いのだ。愛とも依存とも違う、なにか、社会と繋がっている細い糸を二人して必死で掴んでいるような、そんな風に思える。
「ねぇ」
「うん?」
「結婚とかさ、興味ある?」
「どうかな。してもいいかもしれない」
「そうなんだ」
「結婚、したいの?」
「指輪買ってくれる?」
「安物でよければ」
「もし、結婚するならね。マグカップとか、お皿とか、お揃いにしたいな」
「用意しとくよ」
「そういうのは一緒に選ぶものだよ」
「そうか。経験ないから知らなかった。君は、あるのかい。結婚した事」
「どう思う?」
「さぁね。それより、準備しよう」
「うん」
彼女の口から結婚の話が出るのは初めてではない。ここ最近、特に多い。しかしそれも、演技だろう。本当に結婚をしたいわけじゃない。長く交際していれば結婚するものだという慣習に乗っ取っているだけだ。籍を入れて、苗字を変えて、ペアリングを互いの薬指に嵌めて過ごす事で得られる普遍性を、彼女は欲しているのである。
反面、俺はどうでもよかった。
社会性を欲していながら既婚者という安定したレッテルを求めない矛盾にやりきれない人間味を感じるも、役所に書類を通す事に対して抵抗があるわけでもない。それこそ、部屋着を着ない木通と同じく、単なる物臭であるだけかもしれなかった。この辺りは自分自身でもよく分かっていない。
ただ。
「木通」
「ん?」
「高尾山はやめて、食器を見に行こうか」
「……うん」
彼女が求めるのであれば、別に結婚をしてもいいと思っている。
そこに、幸せがなかったとしても。
木通 白川津 中々 @taka1212384
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