幕間①「私たち、友達……ですの?」
──Aクラスとの模擬戦演習から、数日が経っていた。
激戦の興奮も落ち着き、学園には再び日常が戻ってきていたが──心の中の“熱”は、そう簡単には冷めなかった。
この日、演習場には授業の予定もなく、生徒たちの姿はなかった。
レイラは、理由もなく、ふらりとそこを訪れていた。
誰にも会わずに、ただ剣の感覚を確かめたかっただけ。……本当は、何か言葉にできない“モヤモヤ”を、ひとりで抱えていたのかもしれない。
「ったく……なんで、こんなとこに来ちまったんだか」
ぶつぶつ呟きながら、大剣の柄をそっと撫でる。
そんなとき──背後から、気配があった。
「……あら」
振り向けば、そこには銀青の髪を風に揺らす少女がいた。
「……あんた……!」
「レイラ……?」
セレナもまた、偶然にこの場を訪れていたようだった。
しばし、沈黙──。
気まずさと戸惑いの狭間で──ふたりは、視線を交わした。
そして。
「……なにやってんの、こんなとこで」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」
レイラはしっぽをピクリと動かして、セレナの方に振り返った。
お互い、制服のまま。校内をぶらつくには似つかわしくない、少し緊張した空気が流れる。
「ちょっと……その、確認したいことがあっただけ」
「奇遇ですわね。私もですのよ」
そう言ってセレナは、剣を構えるようにではなく、軽く前へ一歩進んだ。
「あのとき──模擬戦の最中、あなたは確かに“叫んで”いました」
「……うるさいな。あれはただ、剣に気持ち乗せてただけ」
「ふふ……そうでしたの」
セレナは小さく笑った。
「とても、“まっすぐ”でした。だから、私の剣では──届かなかった」
「……何言ってんだ。引き分けじゃん」
「勝ち負けの話ではありませんの。あなたの“剣”は、確かに私の心を揺らしました」
まっすぐな視線。レイラは目をそらし、鼻を鳴らす。
「……へっ。そんなこと言って、また見下してんだろ。どうせ“獣人の癖に”とかさ」
「違いますわ」
ぴしゃりと言い切るように、セレナは首を振った。
「私は──あなたのような、まっすぐな剣に、ずっと憧れていたのかもしれません」
その言葉に、レイラの瞳がわずかに揺れる。
「あたしの剣は……めちゃくちゃで、礼儀なんかもなくて。いつも“本能任せ”って言われてさ」
レイラはゆっくりと歩き、演習場の中央まで出る。そこで、ぽつりとつぶやいた。
「でも……はじめて全力で剣を振って、勝った試合でも、誰も褒めてくれなかった」
「……それは、王都でのことですのね?」
「……ああ。あんたと、戦った日」
セレナは目を見開いた。
レイラは肩越しに振り返り、少しだけ意地悪そうに笑った。
「覚えてないかもしれないけど、あんたの剣、あの日すっごく綺麗だった。でも──」
「勝ったのは、あなたでした」
「そう。でも、勝っても……何も、なかった」
沈黙が降りた。
風が吹き、空を仰ぐレイラの耳がそっと揺れる。
「“あたしの剣は汚い”って、そう言われた気がしてさ。だから、ずっと……見返したかったんだ」
「……でも、今のあなたは違う」
セレナはゆっくりと、レイラの隣に並んだ。
「私もまた、あなたとの戦いの後、ずっと考えていました。完璧な構えも、美しい型も、心がなければ意味がないのではないか……と」
レイラは目を見開く。
少しためらいながらも、セレナは続けた。
「私たち、似た者同士かもしれませんわね」
「は、はあ!? あたしがあんたと!?」
「……ええ。お互い、不器用なほどに真っ直ぐで、剣しか知らない。それでも、大切なものを見つけようとしている」
「…………っ」
セレナは、ほんの少しだけ恥ずかしそうに頬を染めて──そして言った。
「その……だから、私……あなたと、友達に、なれるかも……しれませんわね///」
レイラは真っ赤になって口を押さえ、思わず後ずさった。しっぽがぶんぶんと揺れているのを、本人だけが気づいていない。しっぽが揺れている。
「は、はあ!? ……え、な、なに言ってんの!? あたしと、あんたが!?///」
「おかしいですの?」
「だって、あたし、“剣しかない”って、あんたに……言われたし……!」
「剣しかない。だからこそ、共に交えられるのですわ」
「……!」
「私は、“あなたの剣”を知っている。あなたも、“私の剣”を見た。ならばそれは、他の誰よりも、互いを知るということでは?」
レイラは言葉を失った。しっぽがピクリと跳ねたまま、赤くなった顔を覆い隠すように背を向け──
「……ばっかじゃねーの……っ!」
ぽつり、呟く。
「……でも、その……あたしも、ちょっとくらいなら、別に、嫌じゃないっていうか……その……///」
──その瞬間。
「百合だーーーーーっ!!!」
と、空気をぶち壊すような声が響いた。
ふたりが慌てて振り返ると──そこには、草むらから飛び出したミミが、頬を染めて突っ立っていた。
「えへへ〜、やっぱり来てたんだね、ふたりとも〜♪ も〜、完全に告白イベントだったよぉ〜!尊い〜!」
「て、てめぇっ!/// 盗み聞きしてたのか!? このメスガキっ!」
「だってだって〜、ふたりのやり取り、めっちゃ尊くて、見てらんないわけ〜♡ レイラちゃんとセレナちゃん、もう結婚しちゃいなよっ!」
「するわけねーだろ!!」
「だ、だれがですの!? わ、私は……!」
──その後、3人で演習場を後にすることになったが、
レイラとセレナの距離は、ほんの少しだけ近づいていた。
そして──その様子を、遠くから見つめていた者がいた。
ミナト=カザミ。
ひとり、校舎の影から、少女たちの背中を静かに見守っていた。
「ふふ……教師ってのは、こういう瞬間のために、いるのかもな」
優しく笑いながら、彼は踵を返した。
未来へと続く、生徒たちの歩みを──背中で支えるために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます