第11話 「わたしは、半分しかない」
遺跡調査開始——。
調査隊の面々は、聖刻神殿の管理下にある封印遺跡のひとつ、「因果安定の祭壇」と呼ばれる区域に足を踏み入れた。
立ち入りが禁じられていたその場所は、古代ユグドラ文明の魔導機構によって封印されていたと伝えられているが、神殿による詳細な記録は乏しい。
石造りの階段を降り、幾重にも施された結界を突破すると、広間の奥に神殿の紋章が刻まれた大扉が待ち受けていた。
「空気……重いな」
レイラが鼻を鳴らす。
「霧のような微細な魔力粒子が充満していますわ。これは……相当古い結界ですの」
フィリスが真剣な表情で答える。
ミミは、みんなの背後で微笑みながら歩いていた。
だが、奥へ進むにつれ、その笑みがわずかに消える。
その時だった。
前方から、別チームと合流していたAクラスの生徒数名が姿を現した。
その中心にいたのは、金髪をなびかせた貴族服の少年——《ラグナ=フォン・エルドレッド》。
「ふん、問題児クラスの面々か。こんな重要な調査に連れて来るとは、ゼリオ学園長もどうかしているな」
「なんだとコラ!?」
レイラが即座に反応し、肩を怒らせる。
しかし、その瞬間——。
「……混血児が一緒とは、ユグドラ学園も緩くなったものだ」
ラグナが、ミミを見下ろして吐き捨てるように言った。
教室では笑っていたミミが、その時だけ、小さく肩を震わせた。
「——はぁ?」
重低音のような唸り声が響く。
レイラが一歩前に出た。だが、その目は、ただ怒っているのではない。
燃えるような憤りが、彼女の両眼を満たしていた。
「なぁ、貴族サマ。誰かを傷つけて、自分が偉くなった気になるなんて、そりゃあ最低ってやつじゃねーの?」
「はっ、無知な獣人風情が吠えるな」
ラグナが鼻で笑った次の瞬間——
「……失礼、それは“貴族としての品格”ではなく“下卑た自己顕示”というものですわ」
フィリスが、優雅に一歩前へ出る。
姿勢は完璧、声色は冷静、だがその瞳には確かな炎があった。
「あなたのような下劣な言葉を公衆の面前で口にするなど、さすがは“育ちの浅い”貴族様。ああ、失礼。名門であらせられるのでしたわね?」
「貴様ッ……! 傍流のくせに!!」
ついにラグナの顔が赤く染まり、声を荒げた。
「ええ、傍流ですわ。ですが、わたくしは“自らの誇り”を手放した覚えはございませんの」
フィリスはふっと微笑んだ。
「その点、あなたとは一線を画しますわね。誇り高き名家に生まれても、その程度の矜持しか持てぬとは」
唇を噛み、ラグナは拳を震わせた。
その拳は、静かに──だが確実に、振り上げられていく。
「おやめなさい!!」
セレナの凛とした声が響き、一歩、前に出る。
その所作は凛とした優雅さを帯び、場の空気を一変させた。
「ラグナ=フォン・エルドレッド。あなたの振る舞いは、家名を汚すものと心得なさい」
冷たく、しかし毅然とした声音。
周囲の空気が凍りつくような威圧感を伴っていた。
「身分を盾にして他者を貶める者は、たとえどれほど名門に生まれようと、
決して“高貴”ではないわ。あなたは、今この場で、自分の言葉の軽率さを恥じなさい」
ラグナが何かを言い返そうとしたが、セレナの瞳がそれを許さなかった。
沈黙。
ラグナは悔しげに歯を食いしばり、踵を返して立ち去った。
セレナは静かに、ミミへと向き直る。
「……ミミ=フェリシア。先ほどの彼の発言、深く謝罪するわ」
深々と頭を下げた。
「同じ学び舎に身を置く者として、あなたのその笑顔に、救われる人も、きっとたくさんいる」
レイラも、フィリスも、思わず目を見張った。
そしてミミが、ぽかんとしながらも小さく、頷いた。
「……うん。ありがと、セレナちゃん」
* * *
その後、遺跡の調査は粛々と進められた。
広大な封印区画のあちこちに、各クラスの調査班が点在し、それぞれの視点から魔力の痕跡を観測していた。
Xクラスの四人は、遺跡の中央付近に設けられた休憩用の区画で、一息ついていた。
「ふうー、思ったより広いなココ。ぜってー全部見切れねーって!」
レイラが大きく伸びをする。
「階層構造が絡むと、魔力の揺らぎも錯綜しますの。慎重に解析しませんと」
フィリスが冷静にメモを取っている。
「ふふー、休憩中におやつ食べていい? ねー、せんせぇ〜♪」
ミミがミナトの背中にぴとっと貼りつく。
「だから食うなとは言ってないけど、せめて今は真面目モードでいてくれ……」
そんなやりとりの最中——
グラリ。
地面が微かに揺れた。
「ん?」
ミナトが眉をひそめた瞬間——突如として、足元の石畳が崩れ落ちる!
「危ないッ!」
誰かの叫び声。
バランスを崩したXクラスの四人が、崩れた地面と共に、闇の底へと落ちていった。
……その先に、かつて封印された“禁忌の空間”があることを、誰も知らなかった。
* * *
崩落した床の先に広がっていたのは、ひんやりとした静寂に満ちた地下空間だった。
フィリスが展開した
空間の中央には、ひび割れた巨大な石碑が屹立していた。表面には古代の聖刻文が刻まれている。
「これは……」
フィリスの指先が、わずかに止まる。
読むべきか。止めるべきか。
だが、知識を求める使命感が、彼女の迷いを押し流す。
『混血児は、因果律の安定を乱す存在──。未来の理想的収束を阻害するため、
──淘汰されるべきである』
その場の空気が凍りついた。
ミナトも思わず拳を握る。まるで個人への呪詛のように、その言葉はミミに突き刺さった。
そして、ミミはそっと歩み寄る。柔らかなミントグリーンの髪が、かすかに揺れた。
「……あは。そっか、やっぱり……」
誰もが彼女の表情を見つめる。いつもの笑顔。しかし、その笑みに光はなかった。
「知ってたけどね。人間にも、エルフにも嫌われて……でも、それってきっとわたしが“いらない子”だから……」
「ミミ、それは——」
ミナトが声をかけるが、彼女の声はその上を静かに通り抜けていく。
「わたし、望まれて生まれてきたわけじゃない。世界に、要らないって言われちゃったら……もう、笑えないよ……」
その瞬間、彼女の身体から魔力が吹き出した。
エメラルドの輝きを持つ魔力が、霧のように周囲に広がる。
「
フィリスが警告を発する。
「くっ……ミミ、落ち着け! お前は——」
「ダメなのっ! 苦しいの……もう、やだよぉっ……!」
今まで、”必死に隠していた涙”を──解放するようにミミが叫ぶ。
魔力の奔流が吹き荒れる中、レイラが目を見開く。
「……やべー! このままじゃ封印陣が……っ!」
石碑の足元に広がる封印陣が、ミミの魔力に共鳴し、淡い紅色の脈動を始めていた。
まるで、彼女の悲しみを吸収するように——
「ミナト先生!」
フィリスが叫ぶ。「接触すれば、スキルが使えるはず!」
ミナトはうなずいた。「——分かった。俺が行く」
風が逆巻く中、彼は前へ踏み出す。
(この子は、ひとりでこんなにも……)
その胸の奥から、熱い何かが溢れた。
「お前は、間違ってなんかいない……!
── でも、ひとつ勘違いしているぞっ……!」
ミナトの手が、ミミの肩に触れた瞬間——
彼の瞳に、光が宿り、右手に、淡い青の魔紋が浮かび上がる。
《導刻記憶——レガシア・インストラクター》
魔力の光が爆ぜ、二人の意識は“精神世界”へと沈んでいった——。
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