第4話「剣を預ける覚悟」

 空気が止まった。

 時間すら、わずかに遅れているようだった。


 爆ぜた魔力の中心に立つレイラに、ミナトは走り寄った。


 《導刻記憶(レガシア・インストラクター)》が、半ば自動的に起動していた。

 魔力と感情の共鳴点が重なり、空間に円環の光陣が広がっていく。


 ミナトの掌が、レイラの肩に触れた瞬間──


 白い光に包まれ、彼らの意識は“記憶の中”へと沈んだ。


* * *


 そこは──黒灰色の試合場だった。


 静寂。

 無人の観客席。

 重苦しい空気と、懐かしさ。


 そして、その中央。


 剣を握ったまま、レイラが立っていた。

 試合後の姿。敗者ではない。

 けれど、勝者としての“居場所”もなかった少女。


「ここは……」


 ミナトが呟く。


「……あの日、だよ」


 レイラがぽつりと言った。

 その声には棘がなかった。ただ、寂しさだけがあった。


「試合、勝ったんだよ。あたし」


 静かに、言葉が続く。


「本気でやって、全力でぶつかって……勝った。なのに──」


 視線の先に、幻影のセレナが現れる。

 淡い輪郭。

 だが、その言葉は鋭かった。


「あなたの剣は強かった。……でも私は認めない。あれは、剣術じゃない」


「だったら、何だよ……!」


 レイラの声が震える。


「せっかく勝ったのに……誰も褒めてくれなかったじゃん……っ」


 握った拳が震える。

 目が、滲む。


「褒めて、ほしかったんだよ……強いって、言ってほしかったんだよ……!」


「──勝者なのに、否定されたんだな」


 ミナトの言葉が、静かに重なる。


「お前が欲しかったのは、“勝利”じゃない。“理解”だ」


「……でも、あたし、もうどうしていいか分かんなくなった」


「じゃあ聞かせてくれ。あの時、お前は──本当は何を伝えたかった?」


 レイラはしばらく口を閉ざしていた。

 唇が震える。


「……楽しかったんだ」


「剣を振るのが。あいつと、本気でぶつかり合うのが。すごく楽しかった」


「だから、言ってほしかったんだ。“強いね”って。“また試合しようね”って……それだけだったのに」


 涙が一滴、床に落ちる。


「でも今は、こえーよ。もう一回、否定されるのが。

 剣を振ってる自分を、また“違う”って言われんのが……!」


「じゃあ……今度は、俺が褒めてやる!その気持ちも受け止めてやる!」


 ミナトは、はっきりとそう言った。


「お前の剣も、気持ちも、全部だ!」


 レイラが目を見開く。


「……褒めてくれるの? あたしのことを」


「当たり前だろ。教師だぞ、俺は」


「じゃあ、信じていい?預けていい?」


「おう!受け取る準備は、もうできてるからな」


 その瞬間──空間に光が走る。


 魔力が震え、紋様が空に浮かぶ。


 《魂の共鳴(エンパシア)》が発動した。


 黒灰色の空間が砕け、天井が割れ、陽光が差し込む。


 レイラの手に握られた剣が、蒼く輝く。

 その光は、剣だけでなく、彼女の目にも宿っていた。


「……うん。あたし、行くよ!」


 その瞬間──空間に光が走る。


 魔力が震え、紋様が空に浮かぶ。

 それは、ミナトとレイラの胸元、掌、剣、そして空間全体に波紋のように広がる。


 《魂の共鳴(エンパシア)》が、発動した。


 黒灰色の道場が砕け、天井が割れ、陽光が差し込む。


 世界は静寂から、祝福の光へと変わった。


 レイラの手に握られた大剣(ルフェル・クロー)が、蒼く淡く輝き始める。


 その光は、決して力の証明ではない。

 “想い”のかたちだった。


* * *


 現実世界。


 ミナトとレイラの共鳴が完了した瞬間、《エデュ・シール》が自動解除され、静かに外れ落ちる。


 制御ではなく、信頼により導かれた力──


 それが今、解放される。


 演習場の観客席がざわめきに包まれる。


「制御装置が外れた……??」


「共鳴反応……これは……」


 そして、セレナが静かに剣を構える。


「来なさい、レイラ。今度は、——絶対に負けない!!」


「行くぜ──セレナ!!」


 自由になったレイラの剣が疾風のように駆ける。

 その動きは、本能と意思が一体となった美しい連続動作だった。


「《獣牙の共鳴斬(ハウリング・ブレイド)》、展開ッ!」


 その一撃は、風圧とともにセレナへと到達する。


「律剣・白銀交差……だけでは足りないわね」


 セレナが、初めて小さく笑う。


 今度は楽しむように──いや、楽しまずにはいられないように、彼女は剣を構えた。


 二人の剣が何度も交差し、空気を裂く。

 力の応酬、技の競演。


 互いに跳び、斬り、打ち合い、かわし合い──それは、言葉を超えた対話だった。


 観客すら息を呑み、声を忘れていた。


 レイラの笑みがこぼれる。


「なぁ、セレナ……たのしいな!」


「ええ。とても……!」


 最後の一撃。

 互いの剣がぶつかりあい、刹那の光を放つ。


 爆風。

 砂煙。


 そして、静寂。


 両者は同時に膝をついた。

 審判が引き分けを告げた時、誰もが納得した。


「あなたの剣、強かった。そして……少しだけ、綺麗だったわ」


「そっちこそ」「……お前、意外と素直じゃん?……ま、悪くなかったぜ」


 ミミがぴょんっと跳ねて手を挙げる。


「きゃーっ♡なんか今、いい雰囲気じゃなかった!? 百合!? 百合なの!?ねえ、せんせぇ、アレって百合なのかな?☆」


 ミナトはぐぅっと喉を詰まらせた。


「し、知らん!」


 フィリスは肩をすくめて、ため息をつきながらも、ふっと笑った。


「……全く。本能だけで生きてるって、ある意味すごいわね。でも……」


 その言葉の先は続かない。

 彼女の視線が、遠くを見ていた。


 控え席の陰で、ジル=ヘルネストが腕を組んで立っていた。


「ふん……“感情”で生徒の能力が伸びるなら苦労はしない。だが──」


 彼は少しだけ口元を歪める。


 清掃員のローグがニヤついて頷く。


「汚れを落とすってのは、派手じゃなくていい。ちゃんと、芯から落ちるもんだからな」


 その横で、ゼリオ学園長が帽子を押さえながら、空を見上げた。


「……始まったのう。“共鳴”の連鎖が」


* * *


 試合が終わり、騒ぎが少しずつ静まってきた頃。


 レイラが、ミナトの前に立つ。

 俯いて、照れくさそうに顔を赤くしている。


「なぁ、先生……」


 その一言に、ミナトは目を見開いた。


 “先生”と呼ばれたこと。


 それは、どんな称号よりも重く、どこまでも優しい響きだった。


 思わず、胸が熱くなる。


 (やべぇ……最近、年のせいか、ちょっと涙もろくなってきたかもしれねぇな)


 なんて心の中で苦笑しながらも、こみあげてくる感情はごまかせなかった。


「ん?」


「……ありがと。あたし……ちゃんと戦えた」


 その声は、小さくて、でも確かなものだった。


 ミナトは、笑って頷く。


「おう、ちゃんと見てたぞ。お前の全部」


 そして──


「……先生に、あたしの剣……預けても、いいかな」


 それは、信頼の証だった。


 ミナトは、心からの笑顔で答える。


「もちろんだ。いつでも、預かってやる」


「先生さ、なんでウチらの担任なんか引き受けたわけ?」

「他のクラスより、絶対めんどいだろ?」


 ミナトは少しだけ迷って、それでも真っ直ぐに言った。


「──逃げたくなかったんだ。

 もう一度、生徒とちゃんと向き合いたかった。だから……ここに来た」


「……バカだな、ホント」


「そうかもな。でも、悪くない気分だぞ」


 レイラは黙って空を見上げた。


「……ま、せいぜい頑張れよ、せんせー」


「おう。お前もな、レイラ」


* * *


 実技演習場の観客席の影から、黒いローブを纏った少女が、

 静かにミナトたちをみつめていた。風が、彼女の長い黒髪をゆらす。


 その手には、“監察報告書”。


 表紙には──《特異対象:Xクラス/教師:ミナト=カザミ》の文字。

 

 少女は、ページの隅を指でなぞりながら、小さく笑った。


「やっぱり。あなただったのね、先生――」


 その声には、懐かしさと怒り、そして――微かに滲む、迷い。


 小さな信頼が生まれた“Xクラス”に、

 ──試練の影が、静かに差し込んでいく。



(あとがき)


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!


第1章では、ケモ耳のメスガキ──レイラと、

教師ミナトの“魂の共鳴(エンパシア)”を描きました。


「勝ったはずなのに、認められなかった」

そんな過去を背負っていたレイラが、

本能でしか戦えなかった彼女が、

初めて“誰かを信じて、剣を預ける”姿を見せてくれました。


ツンツンしてたレイラが、少しずつ、

ほんのすこしずつ──表情を柔らかくしていく。

そんな変化が、あなたの心にも届いていたらうれしいです。


あなたには、“信じて何かを預けられる相手”がいますか?


次章では、また別の少女たちの物語が始まります。

レイラとの関係のその後も、そっと描いていきますので、ぜひ見届けてくださいね。


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