第2話「剣と孤独の距離」
午後。陽が高く昇り、校舎の影が長くなるころ。
ユグドラ学園・実技演習場。
円形に囲われた闘技場のような訓練スペースには、魔力検知装置と測定水晶がずらりと並べられていた。数人の教員に加えて、見慣れない観測官らしき神殿関係者までいる。
「……想像以上に、本格的なんだな」
ミナトは、生徒たちを引率しながらそう呟いた。
Xクラスの生徒たちは三人一組のチームに分けられ、Aクラスとの模擬戦を行うことになっていた。
判定は魔力ダメージの数値、戦術ポイント、教員および神殿の審判による三部制。
ユグドラ学園では、戦闘技術は“適合者”としての資質と直結する。彼らにとってこれは、単なる授業ではなく“価値の証明”そのものだった。
そして今、XクラスとAクラスの“格差”は、言葉以上に空気で伝わってくる。
集まっていたAクラスの生徒たちは、皆、どこか洗練されている。
制服の着こなし一つ取っても、自信と誇りが滲む。
「あら……今日の模擬戦演習、楽しみにしていますわよ、レイラ」
完璧な敬礼と共に声をかけてきたのは、銀青色のカールロングの少女。
《セレナ=フォン・エストレリス・ルクレシア》。
王族にも連なる名門家の令嬢。
その立ち姿には、どこか“剣”そのもののような緊張感があった。
レイラが彼女を睨む。
「……アンタ、まだあたしのこと、見下してんの?」
「いえ。むしろ、その逆ですわ」
セレナがすっと目を細める。
「あなたが“牙”を剥くその姿……私は嫌いではありません。ただ、制御できない強さは――騎士にとっては”不完全”です」
「へぇ、言ってくれるじゃん……完璧ちゃん」
「完璧であること。それが私に課された義務です。あなたには、わからないでしょうけれど」
「ふざけんな!」
レイラの牙が閃く寸前。
「やめろ!」
ミナトが割って入る。
「模擬戦は訓練だ。私怨をぶつける場じゃない」
「……チッ」
レイラは舌打ちし、そっぽを向いた。
その表情には怒りだけでなく、何か別の、もっと深い影が見え隠れしていた。
「結局、あんたも”あいつ等”と同じなんだろ……」
レイラがぼそっとつぶやいた。
しっぽは”しゅん”と垂れ下がっていた。
* * *
模擬戦は、進んだ。
Xクラスは次々にAクラスに敗れた。
魔力の差。戦術経験の差。そして、基礎魔導における完成度の差──
どれを取っても、Aクラスは圧倒的だった。
その様子を、観戦席の片隅で見つめていたのは──
「……ふむ。やはり、こうなりますか。Xクラスというのは」
鼻を鳴らしたのは、《ジル=ヘルネスト》。
Aクラスの担任。“効率重視”の教育で確実に成果を上げてきた、冷徹な教育者。
「時間も資源も、“才能なき者”に費やすことが、どれほど全体にとっての損失か……私は身をもって知っているつもりです。
教育は感情ではなく、制度として成立すべきもの。“合理性”は、その根幹です」
(それが……本当に、教育ってやつなのかよ)
ミナトの胸の奥に、じわりと熱が滲む。
「俺は、生徒を信じて、一緒に悩んで、もがいて、それでも前に進むのが“教育”だって思ってますよ」
「感情論ですな。非効率の極みです」
ジルの言葉は冷たい。だが、その声には、どこか遠くを見つめるような色があった。
「合理性を欠いた指導は、生徒の可能性を潰す。“レイラ”という獣人の少女も……力に依存し、制御を学ばず、ただ暴れるだけ。教育の失敗例です」
「いいや──“伸びる可能性”はある。彼女は、まだ誰にも見せていない輝きを持ってる。俺は、それを信じたい」
ジルの言葉は冷徹だった。だが、その瞳には一瞬、“過去の幻影”でも見ているような揺らぎが走った。
「可能性に賭ける指導は、博打です。教育とは“再現性”がなければ、制度として成立しない」
「……あんたの言うことも、わかるさ。だけどな、ジル先生──」
ミナトはまっすぐにジルを見据え、言葉を紡ぐ。
「教育は確率じゃない。“統計”では語れない、小さな一歩の積み重ねなんだ。
迷って、傷ついて、それでも前に進もうとする子たちを、俺は信じたい。
百回の失敗よりも、一度の“できた”が、その子の未来を変える。俺は……その瞬間を支えたいんだ」
その言葉に、ジルの眉がわずかに動いた。
「……理想論だな。ミナト=カザミ。やはり、あなたと私の教育論は相容れない」
ふっとジルは踵を返す。
「その情熱、いずれ生徒たちの“重さ”に潰されるだろう」
「そのときは──一緒に背負っていくさ。俺はXクラスの全員を、“生徒”として見ている。ひとりも見捨てる気はない」
言い合いを遮るように、試合の一区切りが告げられた。
ここまでの成績は──Xクラスの全敗。
勝敗という数字だけが、無情に並ぶ。
けれど、その空気の中で、ミナトの中には確かにひとつの“火”が灯っていた。
* * *
控え席。
「なあ、ミミ。あいつらの戦い見て、どう思った?」
「うーん……正直、すごーいって思ったけど」
ミミはにへらっと笑いながら、レイラの方を見た。
「でもレイラちゃん、さっきからソワソワしてるよね? もしかして、勝ちたいんじゃなぁい〜?」
「はぁ!? うっせ! ……ちょっとくらい、見返したいとは思ってるだけだし……」
「……あなた、しっぽが揺れてますわよ」
「なぁ、おっさん。あたしさ……“勝ちたい”んだよ」
その言葉に、ミナトの胸がざわついた。
「じゃあ、ちゃんと……俺に向き合え。逃げるな、レイラ」
「うるさいっ。……じゃあ、言ってみろよ。おっさんの教育って、どんななんだよ?」
「“信じる”ことだ。失敗しても、傷ついても、それでも信じて、向き合って、育てるんだ」
しばしの沈黙。
「──バカみたいに暑苦しいな、あんた」
だけど、と続いた。
「……そういうの、嫌いじゃない」
ミナトは、三人に向き合って頷いた。
「頼む、勝ってこい。レイラ。フィリス。ミミ」
「……まあ、期待しとけよ」
「ま、全滅だけは避けますわ」
「じゃあね〜♡ ミミがちゃーんと、暴れまわってあげるっ♪」
Xクラス、最終戦。
レイラ、フィリス、ミミ。
対するは──セレナを含む、最強のAクラスチーム。
今。
因縁の戦いが始まろうとしていた。
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