第1章 レイラ編『暴走する牙と、共鳴の剣』
第1話「問題児、教室に吠える」
* * *
チョークの感触が、まだ指に残っている気がした。
ここは
場所は《王立マギア学園ユグドラ校》。そして、その中でも一際イカれたクラス──《Xクラス》の担任として、今日が初日だ。
「……さて。問題児の檻、開幕ってわけか」
ミナトは、小さく呟く。
長い廊下の先にある教室の扉を見つめ、深呼吸。
前職から十年。失ったものを思えば、今も胸が痛む。けれど、それでも俺は“教師”として──またここから歩き出す。
ガラッ、と勢いよく引き戸を開けた。
「……おはよう。今日からこのクラスを担当することになった、ミナト=カザミだ。よろしく」
一瞬、静寂──。
と思ったのも束の間。
「……わぁ、本当に来た。しかも、なんか真面目そう〜」
「おじさん、ちゃんと来た!えらいww」
「えへへ〜、ミミのお兄ちゃん先生ってことにしちゃお〜♡」
「もうちょっとオーラってもん出せば? 先生っぽいポーズとかさ!」
「はいはい、じゃあまず“好きなタイプ”を聞いてみよっか〜?」
口々に好き放題を言い出す少女たち。
こいつらが、“Xクラス”。
全員が魔力適合率の異常値を叩き出し、かつ、社会適応に難ありと判断された“問題児”。
教師として再起を誓った俺、《風見 ミナト》が初めて受け持つ、生徒たちだ。
「こほん。静かに」
奥から聞こえる高飛車な声。
見ると、教室の一番後ろ、窓際の席に足を机に乗せている少女がいた。
焦げ茶のポニーテール、キリッとした瞳、耳は獣のようにぴんと立っているのが、レイラ=バルナ。
「おっさんがどんな先生か、興味はないけど……ま、せいぜい退屈させるなよ?」
言うや否や、足を降ろすことなく、教科書をビリビリに破り始める。
「おい、こら! 教科書は燃やすな! てかそれ焚書だ!」
「うっさいなー、おっさんってばマジ古い。Xクラス流のアップデートってやつ、知らないの?」
──こいつ、噂通りの暴れメスガキだ。
まだ何もしてないのに、すでに胃が痛い。
若さと無遠慮の暴力、まじでキツい。
こっちは寝違えただけで一日テンション下がる年齢なんだぞ……。
「まったく……お見苦しいですね」
続いて、窓辺で本を閉じる音。
「異世界から来た、教師のご指導、どれほどのものか楽しみにしておりますわ、先生。もっとも……三日もてば御の字、でしょうけれど」
フィリス=フォン・グランディール。プラチナブロンドの髪をなびかせ、貴族然とした口調で皮肉を吐く少女。
完璧主義、皮肉屋、理論武装型。
クソ真面目な俺とは相性が最悪な予感がする。
「せんせーっ♡ ほんとに異世界から来たの~?」
「じゃあ、ミミにだけ、異世界のおとなの授業、教えてくださ~い♡」
ミントグリーンの髪をふわふわ揺らして抱きついてくるのはミミ=フェリシア。
制服のスカートをヒラヒラさせながら、ぴったり密着してくる。笑顔、アホ毛、距離感ゼロ。
「ちょ、ミミ! 離れなさい!」
「や〜だ♡ あたし、甘えるの得意だもん♪」
「……ん? せんせー、なんか顔赤くない? も〜、ミミにドキドキしてるぅ?♡」
「脳天気魔法使い、うるさいので、もう静かにしてください」
フィリスが呆れて、小さくため息をつく。
「頼むから……まずは席に座ろうか。」
そのとき、前の席でひとり、真面目そうにノートを開いていた少女が顔を上げた。
「ミナト先生……授業は、いつからですか?」
意外なほど真面目な声音に、思わず目を細める。
彼女の名前は──《アリス=リュミエール》。
黒髪ショートにメガネ、Xクラスでは数少ない“良識派”らしい。
「おお、ええと……今から、だな」
「よかった……ちゃんと、教えてくれる先生なんですね」
それだけ言って、アリスはまたノートに視線を戻した。
こういう子がいるだけでも、救われる思いだ。
だが──
ガタン、とまた音がした。
「先生って言うけどさ、あんた口だけ? 教育って、言葉でどうにかなるもんなの?」
レイラが立ち上がり、俺の前に迫る。
その目が、真っ赤に光っていた。
肌が微かに蒸気を帯び、筋肉が膨張しはじめる。
獣のように研ぎ澄まされた肉体が、闘争本能と共鳴する。
周囲の空気が熱を帯び、波紋のように震えた──。
「ちょ、落ち着け、レイラ……それ、まさかスキル……」
「《獣牙の爆奔(ビーストランページ)》あたしの本能、なめんなよ?」
腕に装着された魔力制御のリミッターが、警告音を発する。
「レイラ、魔力制御装置が……!」
俺はすぐさまスキル分析モードを展開しようとした。だがその時。
教室のドアが音を立てて開いた。
「おやおや、随分と元気の良い朝じゃのう」
現れたのは、長いひげを撫でながら入ってくる老人──ゼリオ=グラムハルト、学園長だ。
「ミナト先生、初日からお疲れの様子じゃな。ちと様子を見にきたんじゃが……うん、想像以上だの」
「学園長……申し訳ありません、まだ指導が――」
「かまわん、かまわん。むしろちょうどよい。Xクラスには本日、他クラスとの模擬戦が組まれておってな。導入にはうってつけじゃろ?」
「模擬戦……ですか」
「うむ。Aクラスとの、な」
その言葉に、レイラの表情が強張る。
「……あいつも、来るんだよな」
小さく、誰にも聞こえない声で呟かれた言葉。
ミナトは、その変化を見逃さなかった。
──何があった、レイラ?
その時、後ろの席で小さな声が聞こえた。
「Aクラスとの対戦……また、嫌な思いするんじゃないかな……」
声の主は《ニカ=フロレンス》。銀髪ショートに小柄な体、どこか内気な雰囲気を漂わせるエルフの少女だ。
「ふふん、でも先生がついてるし、今回はきっと大丈夫でしょ〜?」
ミミが軽く笑って、レイラの肩をポンポンと叩いた。
「お、おま……なれなれしいぞ!」
いつもの調子で噛みつくように叫ぶレイラだったが、その尻尾は微かに揺れていた。
──このクラス、見れば見るほど“問題”しかない。
でも、そのぶん……“可能性”も感じる。
「いいだろう。模擬戦、やってやろうじゃないか」
ミナトは、教壇に立ち、再びチョークを握った。
「これが俺の授業だ。……始めるぞ、Xクラス」
──次回、模擬戦開始!
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