第17話 片時雨

家に帰ると、おばあちゃんが待っていて、私を見て驚いた顔をしていた。

「随分早かったね、どうだった?」

「……憂、病院にいたよ。」

「え……。」

おばあちゃんは驚きの声を漏らした。私は涙をこらえて、話せるうちに話しておこうと急ぎ伝えた。

「それでね、私が来た時目が覚めたんだ。でも…」

「でもさ、私の事…忘れちゃっ、た……!!」

嗚咽混じりの言葉を吐き出して、おばあちゃんに縋るように抱きつく。

「憂っ…憂ね、私を見た時にっ…困った顔してさ……っう…私に…誰ですかっ……てぇ…!!」

「そうだったね…辛かった…辛かったね、恋夏っ」

そう言いながらおばあちゃんは私を優しく抱きしめた。

「あぁぁ……ああああああああぁぁぁ!!!」


しばらく泣きじゃくり、おばあちゃんに慰め続けてもらった。

そのあと、部屋に閉じこもった。

そして、部屋に閉じこもったまま、ベッドの上で丸くなっていた。

「(どうして、こんなことになっちゃったのかなぁ…。)」

「会いたいよぉ……憂…。」

「うぅ……うぁあ……あああああぁぁぁ……。」

さっきいっぱい泣いたのに、枯れないでまだ溢れてくる。

しばらく泣いていたら、泣き疲れたみたいでいつの間にか寝ていた。起きたら夕方で、おばあちゃんが心配で見に来ていた。

「大丈夫かい?」

「……うん…。」

まだ寝ぼけながら返事をする。泣き腫らして目が開きにくい。頭がぼーっとする…。

「ご飯、食べれる?」

「……うん。」

おばあちゃんは返事を聞くと微笑み、部屋を後にした。

正直食欲はなかったけど、心配させたくなくて嘘をついた。食べても吐かないかな……。


ご飯はまた味がしなくて、美味しくなかった。最近は少しづつ味がわかるようになったような気がしたのにな…。ご飯を食べたあと、また部屋に閉じこもって、虚ろな目で憂と取った写真を眺めていた。

「…っ。」

また涙がこぼれた。

もっとたくさん、残りの一週間でしたいことはあった。プリクラを撮ったり、二人でゲームセンターに行ったり、私の家でゲームをしたり…。まだ心の準備出来てなかったよ。だから、びっくりしたよ、憂…。

「もう…だめだな…。」


次の日、無気力になりつつ朝ごはんを食べていると、おばあちゃんが心配そうに見ていたのに気がついた。

「ごめん、おばあちゃん。いつまでも辛気臭い顔してらんないよね…。」

「そんなことないよ。憂くんにあんな事があったんだ…仕方がないよ。」

「…ごめん。」


味のしないトーストをゆっくり噛み締めていると、家のチャイムが鳴った。

「あ…誰だろうねぇ…。」

おばあちゃんは立ち上がりインターホンの方に駆け寄った。

「はぁい…あら、ちょっとまっててくださいね。」

そう言うと足早に玄関に向かった。

誰が来たんだろ…。興味本位で玄関近くに行ってみる。おばあちゃんは門扉のところまで出ていた。聞き耳を立てていると、憂のお母さんの声が聞こえた。

「おはようございます。すみません、朝早くに押しかけてしまって。」

「いえいえ、大変でしたよね。恋夏から色々聞いています。息子さんの意識が戻って良かったです。」

「ありがとうございます。それであの今日こちらに来たのは恋夏ちゃんに少し聞いておきたいことがあって…」

「そうなんですか、なら呼んできますね。ちょっとまっててくださいね。」

「はい、すみません。お手数お掛けします。」

おばあちゃんは玄関に戻ってきて、私と鉢合わせた。

「わぁっ、恋夏、ここにおったんね。憂くんのお母さんが、」

「うん、聞いてたよ。わかった。」

そう言って、玄関から出て憂のお母さんのもとに向かった。

「おはよう、恋夏ちゃん。」

「おはようございます。」

「ごめんね、昨日は。あれから検査とかいっぱいして、憂に恋夏ちゃんのこと全く言えてなくてさ…」

「あのっ、その事なんですけど…」

「?」

「憂に私の事、お母さんの方から言わないで貰えますか?」

「え…?」

「その、憂から聞かれた時は…誤魔化しといてください…。」

「恋夏…ちゃん…。」

「お願いします。」

「…どうして?」

「だって、憂…私の事忘れてるって知ったら多分責任感じちゃって辛くなっちゃうから、ですよ。」

胸の痛みを誤魔化すように、口角を上げる。泣き出しそうな顔をしながら憂のお母さんは私のことを見据えた。

「……わかった。でもこれだけ聞いていい?」

憂のお母さんは穏やかな笑みを浮かべながらも悲しそうな顔をした。

「恋夏ちゃんはそれでいいの?憂に忘れられたままって、辛くない?」

「……辛いです、もちろん辛いですよ。でも、私は憂が責任感じて辛くなる方が苦しくて辛いから、私は忘れられたままの方が良いんです。」

「……そっかぁ…そっか、わかった。ごめんね。」

声を震わせながら憂のお母さんは謝った。

「中学生の子に……そんな気持ちを背負わせちゃってさ…ほんと、ごめん。」

「っ……いいんです。大丈夫ですから。私は、憂が幸せでいてくれればそれで……それでいいんです。」

そう言うと、憂のお母さんは私の手を取って握りしめたあと、噛み締めるように言った。

「ありがとう。」

そう言って、憂のお母さんはぺこりとお辞儀をして憂のいる病院へと向かった。


家に戻って…ご飯を食べて、部屋にまた戻った。スマホを手に取り、憂とのメッセージのやり取りを見返した。その画面には幸せな日々が詰まっていた。

多分、もう憂のスマホはボロボロで使い物にならなくなっているだろう。だから、私はこう送った。

「『憂は私の初恋の人でした。』」

「『ありがとう、さようなら。』」


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