第16話 君は天つ空
憂に会えなかった日の夜、お風呂から上がって髪をタオルで拭きながらリビングに向かう。リビングにはおばあちゃんがいて、テレビを見ていた。
テレビではニュースが流れていて、すこし焦った様子のアナウンサーが喋っていた。
『今入ってきたニュースです。』
なんだろ、なんか大変なことでもあったのかな。
『〜町にて、乗用車と歩行者が衝突する事故が起こりました。はねられたのは高校生と見られる男性一人で、意識不明の重体です。事故が起きた時刻は雨で視界が悪く…』
高校…生、か。
なんだか怖くなって憂にメッセージを送る。
「『憂、今さっき事故のニュース聞いてさ』」
「…。」
「『はねられちゃったの高校生なんだって。大丈夫かな。』」
既読…ついて…!
祈るように待つ、一秒でも一分でもいくらでも長く感じる。一分経つごとに不安は増幅される。
「恋夏、ほんま気をつけんなあかんね。」
「…。」
「恋夏?」
スマホを持ったまま固まる私にそっとおばあちゃんが近づいてくる。
「憂が…憂が…!!」
「憂くんが…?」
「憂がはねられちゃった!!」
涙声で叫んだ。いてもたってもいられなくなってスマホをすこし乱暴に机に置いて、リビングを飛び出した。
「恋夏?!」
おばあちゃんの声なんて無視して、無我夢中で玄関まで走る。
早く行かなきゃ!!!
「恋夏!!!」
おばあちゃんは私の名前を大声で叫んで、私の手を掴んだ。
「やめてよ!!ばあちゃん!!」
「やめへん!!こんな時に何しよるん!!」
「行かなきゃいけないの!!お願い!!憂が!!」
「あほ!!あほ…!!!」
頭に手を置いて、その手に力を込める。
あぁ、おばあちゃんがそうする時は本気のサインだ。
「なんでばあちゃんが引き止めるか分かっとるん!?」
「……。」
泣きそうな状態を堪えて何も答えない
「あんたが!!恋夏が大切なんや!!何よりも!失いとぉない!!」
「でも!!!」
「憂は!恋夏にとって!!恋夏にとってはそれくらい大事な存在なの!!」
「恋、夏……」
おばあちゃんも泣きそうになりながら、怒りの表情を浮かべていて、その顔を見ると罪悪感が襲ってきて、涙が零れた。
「分かっとる…分かっとるんよ。恋夏にとって憂くんがどんなに大切な人かは…でも、今行ってもどうしようもない。もしかしたら、違うかもしれへん。寝てるだけかもしれん、今は待ち。」
「……わかった。」
おばあちゃんはその言葉を聞くと安心したように優しく微笑み、私の頭を優しく撫でた。その瞬間、大粒の涙が溢れて止まらくなって、しばらく玄関で泣いていた。
次の日、朝一番に昨日のメッセージを確認する。
「っ……!!」
既読が付いていない。でも、もしかしたらまだ起きてないだけかもしれない、もう少し待とう。
昨日の言葉のおかげで少し心に余裕が出来て、もう少し信じるようになった。
昼まで既読がつかなかったら憂に家に行くってメッセージを送って家に行こう。
でもそんなことする前に既読が付けばいい…。
お願い、憂……。
いくら待っても既読は付かず、ついに私たちがいつも出かける時間になっても既読はつかなかった。
……もう、待ちたくない…!
「『ごめん、家行くね。』」
「恋夏?どうだった?」
「…だめだったからさ、憂の家行ってきてもいいかな?」
「……いいんじゃないかい?一応聞いてはいるんだろう?」
「うん。」
「じゃあ行ってきな、憂くんとこ。」
「うん、行ってきます。」
昨日とは違い、落ち着いたまま玄関へ向かう。内心焦りつつも、冷静さは取り戻している。
憂、大丈夫だよね…?
憂の家は私の家から歩いて10分ちょっとくらい、今の私にとっては10分ですらもどかしい。足早に憂の家に向かっていると、井戸端会議をしている人だかりがいくつかあって、その中のひとつの会話を興味本位で聞いてみた。
「いやー、昨日ここら辺で事故あったらしいじゃない?怖いわよねぇー。」
「ほんとほんと、うちの子供ももうすぐ高校生だし気になるわー。」
「昨日は雨で視界が悪かったのよね、もう雨の中歩けなくなっちゃうかも。」
「そうねぇー。そういえばはねられた子ってねぇ、確か…」
「華井憂くん……じゃなかったかしら?」
「っ……!!!」
え、憂が……?
そうな予感は薄々感じていた。憂が既読をそんなに長いこと付けないことなんて無かったから。
認めたくない現実に、うずくまってしまいそう。とにかく、憂に会いたい。
「あのっ、すみません。」
「あら、恋夏ちゃん?」
「憂ってどこの病院に搬送されたんですか?」
「どこって……んー、あそこじゃないかしら?ほら、あの」
「あー、あの広いところね確かにそこかもしれないわね。」
「恋夏ちゃん、あの駅の近くの中央病院よ。多分ね。」
「あ、ありがとうございます!!」
中央病院か、そうだよね……憂、待ってて!
走って病院まで行った。病院の中に入るとたくさん人が診察待ちで座っていた。とりあえず、受付の人に聞いてみたら、面会は可能だと言って貰えた。受付の人に感謝を伝えたあと、憂のいる病室へ急ぐ。
憂……憂…憂!!!
夢中で歩いていたら、華井憂の文字が書かれたプレートが目に入った。そこの扉に急いで駆け寄り、はやる気持ちを抑えつつ、ドアを開ける。
「憂っ…!!」
大きい声は出せないから抑え気味に名前を呼ぶ。
「!!…恋夏ちゃん!」
手前に座っていた憂のお母さんが丸椅子から勢いよく立ち上がる。憂はまだ目を覚ましていないらしい。
「来てくれたの…!」
憂のお母さんは泣きそうな声で、手で口元を隠しながら言った。
「…母さん……?」
そしたら憂が目を覚ました。
「「憂……!!」」
目を覚ました憂は私の方を見てぱあっと明るい笑みを浮かべ私の名前を呼ぶ……はずだと思っていた。
でも実際は違った。
「…誰、ですか…?」
「……っ。」
「……え、?」
空気が凍りついた。
視界がぐちゃぐちゃだ…足がふわふわしてるような感覚がする…。声が出ない……。
「ゆ、憂…。」
唖然とした憂のお母さん…まだぼんやりとしていそうな憂……。
後ろに倒れそうになったのをぐっと抑えて、私は力を振り絞って声を出した。
「ごめんなさい、人違いでした…。お騒がせしました……。」
貼り付けた笑みを浮かべ、部屋を出る。そして、扉を閉めたあと力が抜けて、座り込んだ。
その後、ぼんやりとしててどう帰ってきたかあんまり覚えていない。ただ一つだけはっきりしているのは、受付の人がとても心配していたことだけ。
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