第15.5話 君は雲外

恋夏に引っ越すことを伝えてから、1週間がたって、引越しの時が着々と近付いてきていた。

洗面所で朝の支度をしていたら、母さんが隣のキッチンから顔を出した。

「憂、部屋の片付け。」

「ほぼ終わってるよ。」

「そ、今日も行くの?」

「うん、いっぱい思い出作ろうって言ったから。」

「···そう、」

「なに?」

母さんは何かを含めたような言い方をしたから、思わず聞いた、そしたらぱっと胡散臭い笑みを浮かべ

「いやー、写真とか送ってくんないじゃん?母さんも恋夏ちゃんも写ってる写真見たいなぁーって思って!」

「送んない。」

「えー、なんでよー?」

「嫌だから。」

そう一蹴して、洗面所を後にする。

恋夏と撮った写真は割と沢山ある。それでも母さんには恥ずかしいから一枚も送れないまま。


「憂っ、お待たせ〜!」

「恋夏。」

「ふふ、昨日は楽しかったね。昨日の夜疲れてお風呂入ったあと爆睡しちゃって、スキンケア忘れちゃってさー···うわ、やば肌ちょっと乾燥してるかも···。」

「あはは、そう?そんなことないと思うけど。」

「ならいいや!えへへ、憂と会う時は万全の状態でっていうのが私のモットーだったんだけどね。」

「でも昨日は寝不足だったんでしょ?」

「確かに···もう昨日の時点でモットー守れてなかったんじゃん。笑」

恋夏と過ごす日々はたまらなく、愛おしくて、離れたくないと思うほど、惹かれてしまっている。


あっという間に夕方になって、恋夏は寂しそうな表情を浮かべた。

「もう一日が終わっちゃうね。ねぇ、あと何日?」

「…えっと、あと…1週間くらい。」

「あと1週間かぁ、あっという間だったね、夏休み。」

「……うん…あの、」

「ん?」

「……やっぱなんでもない。帰ろっか?」

「…うん、わかった。……あのさ、手冷たいからさ、その、手繋いで?」

「わかった。」

そう言って恋夏の手を握る、確かにひんやりとして冷たかった。だから、早く温めてあげたくて手を強く握った。


家に帰って、今日のことを思い出していた。

あと一週間で、この街を発つ。恋夏とも当然離れることになる。その自覚を改めて今日感じた。

リビングで感傷に浸っていたら母さんがテレビを見ながらぼやいた。

「もうすぐ引越しだってー、あっという間だよね。」

「うん。」

「憂寂しい?」

「うん。」

「母さんも寂しー、やっぱねぇ思い入れあるもんね。」

「…。」

「恋夏ちゃんとはどう?あれから距離は?」

「……なんも変わってないよ。」

「ちゃんと言った?」

「引越すこと?言ってるよ。」

「そ…。」

母さんは何か言いたげだったけれど何も言わず、リビングを後にした。


次の日、朝テレビで今日の天気予報を見ていたら、午後から天候が悪くなると言われた。流石に雨の中話すのは少し気が引けたから、恋夏に今日はなしと伝えようかと思い、スマホを手に取る。その瞬間、恋夏からメッセージが来た。

『ごめん!今日ちょっと頭痛くて、今日は行けそうにないかも…。』

その後にゴメンというスタンプが送られた。

「そっか…。」

「『大丈夫、俺も今日は天気悪いって聞いたから今日は無しかなって思ってたから。』」

「『恋夏、お大事にね。なんか持っていこうか?』」

「あ、でもおばあちゃんいるのか…。」

送ってしまったあとで気づいた。既読も付いて取り消すのも恥ずかしいから、そのまま恋夏のメッセージを待つ。

『ありがとう、平気だよ。たまにあることだから。』

「たまに…。」

恋夏は…明るいけどやっぱりそんな一面もあるんだ。


スマホを手に持ち、ボーッとしていたら母さんがやってきた。

「今日雨だけど。」

「うん、今日は行かないことにした。」

「ふーん。」


しばらく無言の時間が続き、母さんが口を開く。

「そういえばさ、前に憂たちが行った天命神社って天邪鬼の神様を祀ってるんだって。」

「天邪鬼?」

「そ、だからお願い事も逆のことお願いしなきゃいけないんだよ。逆に叶えられちゃうからさ。」

「え…。」

「あ、やっぱかー、憂のことだからそんなこと知らないよなぁ…。」

どうしよう、逆の事お願いしてない…ってことは、引っ越しがなくなるどころか、引っ越しは絶対になったってこと…だよな…。

「でもさ、神様に願掛けってさ半信半疑だよなー、本気で叶えてもらえるとか考えてないしさ、別に大丈夫だと思うけど。」

「…まぁ、そう、か。」

気になりはしたがそれ以上は気にしないことにした。


しばらくして、雨が降ってきたけれど、出かけることにした。

「母さん、俺さちょっと出かけてくる。」

「え、雨降るってのに?」

「うん、すぐ帰ってくるって。心配しないで。」

「まぁ、気をつけてね。転んだりして服汚したら怒るからね?」

「はいはい。」


家を出て、ある場所へ急ぐ。黒い雲が近づいてきていて、少し怖かったが今更引き返すのは癪だからそのまま行く。

たどり着いた先は、天命神社だ。本堂にまっすぐ行き、お願いをする。

「(引っ越しがなくなりませんように…。)」

しばらく目を閉じお祈りをした。気づけば雨脚が少し強くなってきているような気がしたから、足早に神社をあとにする。


雨もだいぶ強くなってきた。早く帰らないと母さんが心配するなぁ。

そんな事を考えながら、ふとある考えが浮かんだ。

恋夏といるとすごく楽しいし、なにより側にいれるだけで幸せになる。恋夏に会いたい気持ちは日を追うごとに強くなるし、ずっと一緒にいたい、そう思うってことは、もしかしたら、俺は…恋夏のことが好きなのかも知れない。

そんなことを考えながら青になった横断歩道を歩いていると、急に眩しい光が目に飛び込んで、車のブレーキの音が鳴り響いた。


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