第12.5話 君は雨催い

「何辛気臭い顔してんだ。今日はちゃんと『エスコート』するんだぞ。」

「うっせ…」

母さんはエスコートを強調して言った。余計なお世話だってのに…。

「あんたはちゃんと女の子を一人ぼっちにすんじゃないよ。」

「わかってる。」

母さんは父さんにおいていかれてしまった過去からか、念を押してきた。

電車に乗ってるとき朝の会話を思い出した。恋夏は横で水族館について調べていた。

横から見ていてもワクワクしているのが見て取れて、安心したような、緊張するような複雑な気持ちを抱えた。


水族館に着いて、恋夏はまだ中学生だしあんまり受付慣れとかもしてないだろうと思い、俺が率先して受付を引き受けた。が問題が生じてしまった。

受付の人に恥をかかせないようにと思ったのか恋夏は少し焦り気味で

「か、カップルですっ…!」

いきなりの発言に顔が熱くなっているような気がしてならない。顔を背けたくなったけど体が固まって動けなかった。恋夏も顔が赤くなってきていて、もうなりふり構ってられないと思い、チケットを受け取ったあとは二人早足で受付をあとにした。


何も話せないまま水族館の中に入る、でもそれだと何も始まらない、勇気を振り絞り恋夏に聞いてみた。

「こ、恋夏…あの、カップルって言ったのはさ…ちょっと安くなるからなんだ、よね…?」

恐る恐る聞いてみた。もし本気だったなら気持ちを踏みにじってしまうのではと思い、申し訳なくて。

「う、うん…!!そ、そう!安くなるなら言わなきゃ損…じゃない?!」

ちょっと興奮気味に恋夏は言った。なんだかホッとした気がした。まぁ正直告白するならちゃんと言ってほしいと思っているからなのかも知れないと思いつつ、恋夏との会話をいつもの会話に戻そうと頑張った。

でもちょっと進んだ先に本物のカップルがいてふたりとも困ってしまった。


水族館は色々充実しているから退屈することはなかった。

「イルカショー楽しかった〜!」

「あんまり濡れなくてよかったな。あ、恋夏も濡れてない?」

「うん!平気!めちゃくちゃ可愛かったなぁ〜…」

良かった恋夏も楽しそうだ。


「わ!!見て憂!!」

安心して気を抜いてる歩いてると恋夏がテンション高めに言った。

「ペンギン!!ペンギンウォークしてるよ!!あっちあっち!!行こ!」

「あ、ホントだ…ってちょっと待ってっ…!」

俺がそう呟くと恋夏は強引に手を引いた。

「あっ…!ごめんっ…痛かった…?」

「んーん、平気。ちょっとびっくりしちゃっただけ。早く行くよ!」

「うんっ!!」

流れで二人手を繋いで並走する。正直手を繋ぐ理由はなかったけど恋夏も嫌がる様子もなかったからそのまま走った。


帰り道、恋夏といっしょに買ったお土産を握りしめながら今日のこと恋夏といっぱい語った。語っているときの恋夏の表情は楽しそうで本当に行ってよかったと思った。


最寄り駅に着いて改札を通る、嫌な予感がして視界の隅に見たくないものが飛び込んだ。急いで帰ろうと思ったけど遅かった気づいたときには逃げられない距離にいた。


恋夏との水族館へのお出かけ、行ったことには後悔はない。でもあの時高校の友だちに会ったことは誤算だった。

でも、それがきっかけで恋夏に言いたいことが言えた。ずっと心のなかで燻ってたこと、誰にも言えなかったこと。だからちょっとあの時会ったことには少し感謝を感じている。複雑だけど。


花火を終えて、恋夏を送る。

「言いたいこと…まだ言えない…ごめん。」

恋夏はそう呟いた。

「うん、いつでもいいよ。ずっと…待ってるから。」

ずっとは約束はできるかわからないけれど、できるだけそばにいてあげたい。だからこそ、いつも恋夏を送り続ける。


家に帰ると、ドアの前で母さんが立っていた。

「ふーん…そんな事があったんねぇ?」

「…!」

「全く…信頼ないよねぇ、憂は…。」

「…ごめん。」

「まぁ、あとは家でご飯食べながら話そうか。」

「…。」


母さんはご飯をつまみながら言った。

「憂はいつも悲しいこともなんでも隠すよね。」

「…。」

「まぁ、いいと思うよ。そういう選択したんだもんね。でも憂は何も言わずに消えないでね。」

「…父さんっていなくなったんだっけ?」

「うん。あの人あたしのお腹に憂がいること知らないまま消えちゃってさぁ…」

「それに、プロポーズもまだだったの。ありえないよな〜!もうっ!!」

そう言って箸をちょっと乱暴に置いて、酒を煽るようにコップに入った水を飲み干した。

「だからね!憂はちゃんと伝えること伝えてくべきなんだよ!!」

「酒のんでないのに酔ってる…。」

「酔ってないわ。あんたのことだからまだ言ってないんでしょ。」

「…うん。」

「ったく…そんなのだったら恋夏ちゃん離れちゃうっての。」

「そんなことないし。」

「ふん、言っとけ言っとけ。」

母さんは鬼の首取ったみたいに俺を笑った。

「母さんって時々子供っぽいよね」

「んなっ…!」


部屋に戻って一人考えた。

そろそろ話さなきゃだめだ…これ以上引き延ばしたらきっと恋夏は悲しむ。

明日こそ、勇気を出して言おう。自分のためにも、恋夏のためにも…。

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