第9.5話 君は大空

祭りの夜、家に帰るやいなや母さんが玄関で待ち構えていて詰め寄ってきた。

「遅かったね。で、どうだったの?」

「なんで玄関先で待ち構えてんだよ···」

「もうそろそろ帰ってくるかなーって思って。それで?どうだったのよ?」

「···楽しかったよ。···わざわざそんだけの為に待つことないだろ···。」

そう言いながら俺は靴を脱いでリビングに歩き出した。俺に合わせるように母さんも歩いて俺の顔色を伺ってきた。

「それで、"あのこと"は言ったの?」

「···言えるわけない···あんな満面の笑みで来年も行こうって言われちゃさぁ···」

「ふぅん?やり手ねぇ···」

「他人事みてーに···。」

「まぁいいや、とっととお風呂入ってきなさい、ほら浴衣脱いで!」

そう言って強引に話を切り上げられた、別に切り上げられて困ることは無いけど、文句の一つや二つ言ってやりたかった。


お風呂の後自分の部屋で1人考えていた。今日のお祭りでお願いしたことだ。俺は···

『引越しが無くなりますように』

そうお願いした。別にそれだけで何かが変わるわけじゃないことは知ってる、でも気休めでもいいから変えられる希望があることを持ちたかった。

正直恋夏には言えないと思う、今年の夏の終わり、この町を出ていくこと。


次の日、覚悟を決められずに部屋にこもり続けていた。きっと言ってしまえば、恋夏は悲しむ、でもいつか言わなきゃだから、早くしないといけない。でも焦ればせるほど体が重たくて言える気がしなかった。気がつけばいつも家を出てる時間から十分以上経っていた。

「(やばっ…)」

焦って家を出る準備をしていたら母さんがノックをしてきた。

「ねぇー、今日行かないつもりなの?恋夏ちゃんとこ…」

「行くよ!今準備してるから構わないで!!」

「もー、反抗期ねぇ…って全然部屋片付いてないじゃん!」

「うっさい!後でするから!行ってきます!」

「はぁー、苦労するわね〜…。」

母さんは呆れ気味に呟いた。もちろん自分のしたことは理解しているつもりだけど、いつもあんな態度を取ってしまう。

俺も気をつけたいのに…変われないな…。


恋夏は案の定先についてて、後ろから声をかけた。

「ごめんっ、おまたせ…」

でも聞こえなかったみたいだ。

だから恋夏の隣に行って見つけてもらうことにした。

隣に行くと恋夏がなにか悩んで考えているような顔してたから聞いてみたら…

「何悩んでるの?恋夏。」

「きゃああ!?びっくりした、憂…!」

すごくびっくりされた。それに俺もちょっとびっくりしたけど、平静を保って寄り添うように腰を下ろした。

はぐらかされて何も答えなかったから俺は話を変えて、いつもの調子に戻すことにして、他愛のない会話を始めた。


しばらく話したあと、恋夏がこんな質問を投げかけてくれた。

「憂はさ、天気のどこを好きになったの?」

俺のことを知ろうとしてくれてるんだ。

そう思って嬉しくなった。だからちょっと攻めた事を言ってみた。

俺の高校の友だち。みんなのことは嫌いにはなれないけど、好きにもなれない。そんな気持ちを少し話してみたくなったんだよ、恋夏に。


その日の帰り際、ちょっと恋夏に提案をしてみた。

「あのさ、今度の水曜日空いてる?」

「うん、空いてる。」

「じゃあ、一緒に出かけない?」

「お出かけ?うん!!行こ!」

「良かった、恋夏なんか希望とかある?」

「んー、ないかも。」

「じゃあ、電車で水族館とか行ってみる?」

「うんっ!一度行ってみたかったんだ〜!友だちと水族館!」

「ってことは、恋夏、友だちとかと行ったことないの?」

「うん、親戚とか家族とかとしか行ったことなくて。」

「そっか、じゃあ初めてなんだ。」

「俺が最高に楽しくしてみせるから、楽しみにしてて!」

「ふふっ、じゃあめちゃくちゃ期待しとくね!」

「おう!!」


家に帰ってから、自分の部屋に直行してベッドに身を沈めた。

「(あ~、大きく出ちゃった〜…もーやだ…)」

ベッドの上でうだうだ悶えていたら、母さんが部屋に入ってきた。

「なにしてんの…部屋の片付けは?あたしもう大体の部屋片付いたんだけど?」

「母さんにはわかんねぇよ…俺の気持ち…。」

「なにそんな自暴自棄みたいなこと言ってんだ。バカねぇ。しゃんとしな!しゃんと!!」

「…むり。」

「情な。水族館デートなんだってね?」

「はぁっ!?なんで知ってんの!?」

「スマホ見た。恋夏ちゃん『水族館楽しみで落ち着かないよ〜!』だってさ。」

「見んな…。」

「ま、あと3日はあるしあそこはでかいから十二分に楽しめるよ。」

母さんの励ましに少しは元気をもらって計画を立てる準備を始めることが出来た。


そして当日、待ち合わせ時間もきっちり決めて、ルートもメモして、しっかりおしゃれもして万全の状態で駅で待った。

「おまたせっ、服に時間かかっちゃって。」

「気にしないでいいよ。その服めっちゃ似合ってる。かわいいよ。」

「ありがとっ…憂もかっこいいよ!」

「ありがと!」

「じゃあ駅入るか!」

「うんっ!」

今日は俺がリードしてしっかり恋夏を楽しませる!!

そう意気込んで水族館へ俺達は向かった。



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