第3.5話 君は雨晴れ

きっかけは些細なことだった。

君を見つけた時、助けてあげないとと思った。

通り雨に降られて、為す術なく立ちつくす君に俺は声をかけた。

「傘ないの?」

君はびっくりしたのか、目を軽く見開いて頷いた。「じゃあ、このビニール傘使いなよ。俺、折り畳み傘あるからさ。」

そう言って、さっきコンビニで買ったビニール傘を差し出した。

その傘を見て君はぶんぶんと首を振って断った。君はすぐに止むと言ったけど、きっとこの雨は長引きそうな通り雨、放っておけないから俺は強行手段に出た。

「これはすぐ上がんないよ、待ってたら日が暮れるし、この傘安物だからあげるよ。」

そう言って、傘を君の手に握らせて俺は走り出した。雨に濡れすぎないためにではなく、照れくさくてだ。

もう会うことは無いと思った。だって、傘をあげたから。でも、今思えばきっとこれは君にとってはちょっと怖い出来事だったかもしれないね。


家に着くと、びしょびしょの俺をみて母さんが目をまん丸にして怒ってきた。

「おかえり!!まーた濡れてきた!もう!何度目よ一体……あんた自分で雨が降りそうとかわかるくせになんで雨に打たれようと思うのよ…。」

「今日のは違うっての、傘がなかったから濡れてきただけだし。」

「ふぅーん?まぁいいわ、お風呂沸かしてあるから入ってきなさい。」

「はーい。」


次の日、母さんと家の片付けをし始めていた。そんな中インターホンが鳴った。とりあえず出てみたらそこには君がいた。少し待つように言って玄関から出て、門扉を開けて君と対峙する。

「たしか、君は昨日の?」

忘れるはずはないが、つい疑問形で言う。君は緊張した面持ちで口を開いた。

「あ、はいっ。昨日はどうも。あの、傘1本しか持ってなかったのに頂いてしまって…そのお礼をと思って」

もしかして、これお礼を貰う流れに持ってかれてる?それだけは阻止しておこう。大層なことじゃないから。

「あー、あれ?ただの自己満だよ。気にしないで。」

君の言葉を遮るように言う。君はその言葉を聞いて、なにかに見とれているような顔をした。それからハッとしたような顔をして、焦りを含んだ笑みを浮かべて

「こっ、これも自己満でしてるから!お願い受け取って!」

そう言って差し出された手提げ袋を見つめた。そして、君の顔を見ると、焦りを含んだ笑みを浮かべていて、思わず笑みがこぼれてしまった。

「あははっ、そっか。自己満かぁ、じゃあこうしよう!」

そうして、俺はお互いのことを呼び捨てで呼び合うことをお礼の条件とした。我ながらいい提案だったような気がする。

あんまり深入りするのも良くないと思ったが話を聞いていると、ここにやってきたばかりで友達もいないらしかったから、友達になろうと思ったし、俺もリラックスして恋夏と話すことが出来たから少しでも一緒にいたかった。

他愛のないくだらない会話でさえ、お互い笑顔を浮かべた。もう少し居たい、でも時間は許してくれなくて母さんに呼び戻されてしまった。このままでは終われないから、明日会えるよう約束を交わした。急ぎだったからただただ明日会うということしか約束できなかった。


次の日、どうしようかと思いながら家の近くにある港に寄ってみた。少し不安でいて、もし、恋夏が愛に来なかったらどうしようかと、そして何故衝動的にそういう約束を交わしたのかということを未だ気にして、海の青色を見つめた。しばらくして、家に帰ろうと思い始めた時、1人の少女が隣りにやってきた。誰だろうとおもい、ちらりと顔を見るとその少女の正体は恋夏だった。

「あれ?恋夏?」

感嘆のあまり声を上げた。恋夏はその声に少し驚いて俺を見た。

「え?」

恋夏は驚いて、声を上げたあと俺の顔を見て更に驚いて、声を上げた。

「ゆ、憂!」

不思議な巡り合わせ、軽く小話を挟んで2人並んで座る。恋夏は手提げ袋を足の上に置いて座った。

意味ありげに持っているから聞いてみる。

「あ、そうだ!これ一緒に食べようと思ってさ。おばあちゃん私のために買いだめしてくれたんだけど、一人で食べるのは寂しいし。それに憂の好きな物も知りたいし。」

そう言って満面の笑みを浮かべる。手提げ袋を広げて中をまさぐる。中には沢山の駄菓子があって、俺の好きな物が沢山あった。嬉しくて少しはしゃいで、笑みを浮かべて恋夏に話した。

「これ一番好きなやつ!めちゃくちゃ美味いんだよこれ。」

恋夏は少しきょとんとした顔を浮かべたけど、すぐに笑みを浮かべた。

「ほんと?ふふ、嬉しい。私もそれ好き。」

"それ好き"と言った時の声のトーンが少し上がったような気がした。でも気の所為として片付けて、恋夏とそのお菓子を分け合った。

他愛のない話をして、楽しかった。恋夏は俺の話を嫌な顔もせず、呆れた顔もせず興味ありげに聞き続けてくれた。恋夏は特別だ。


「憂の話おもしろいね。ずっと聞いてられるよ。」

恋夏はそう言ってくれた。それが嬉しくて、照れ隠しで澄まし顔を浮かべた。

「うん、楽しそうに話してるからこっちまで楽しくなってくる。」

そういう恋夏は優しい笑を浮かべていた。その横顔が綺麗で、その言葉が嬉しくて顔が火照っていく。夕焼けでもないのに茜色に染まり始める頬を気づいて欲しくなくて俯きがちになりながら、でも顔を見て感謝を伝えたいから、上目遣いで言った。

「……そんなこと言われたの初めてかも。」

そのままの雰囲気にしたくなくて俺は強行手段として話題を変えた。恋夏の好きなものを聞く、その答えは犬だった。

犬について話す恋夏はすごく楽しそうで、もっと話を聞きたくなった。でもそのうち、表情が暗くなって、声のトーンも低くなりかけていて、聞くべきではないと頭の中で警鐘が鳴った。慌てて、でもそれを悟られないよう、気を使わせないように努めた。

「…そっか。俺はハスキーが好きだな。かっこいいし、ギャップもあって可愛い。」

そう言うと恋夏はさっきように明るく笑ってくれた。恋夏は笑顔がよく似合う子だ。

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