だれかのはじまり
1
だれかはフードをかぶり直した。幼い妹といるところを、知り合いに見られたくなかったのだ。いい歳して、うちの親はまだ――。しかも、その結果である妹の世話はこっちに押しつけて。
まだ愚図っている妹を抱き上げ、ホームの階段を降りた。妹は銀のてすりに手を伸ばす。いつだってなにかを掴もうとする。そのせいでさっきは隣の少女に迷惑をかけてしまった。
彼女は高級そうな身なりで、妹を笑って許した。きっと恵まれた家庭で育ったのだろう。そういう人はこころに余裕がある。自分にはないものだ。
小さな手がだれかの髪を引っぱった。
「痛っ! だめ。やめなさい」
「あー」
まだ言葉がうまく出ない妹に、だれかはつい苛立ちを覚える。自分は他人の世話に向いていないと、最近は特にそう思う。そのうち反射的に手が出そうだ。今朝、妹に頬を引っ掻かれたときも危なかった。
そんなだれかの気も知らず、母は一方的にまくし立てる。「残業になっちゃって。お迎えおねがいね」父は出張で不在だ。両親はいつも忙しく、だれかはずっと鍵っ子だった。そんな自分が、どうして妹を可愛がれるだろう。
妹は疲れたのか、おとなしく手を引かれて歩いた。駅を出て、坂をあがると、このあたりでいちばん高いビルが見える。その向こうには、星空がかがやいている。
夢中で眺めていた宇宙の本も、いまは遠く感じた。いま知りたいのは、ひとりで生きていく方法だ。
――はやく大人になりたい。
そう願って空を見ていた子どもたちは、みんなどこに行くのだろう。
夜の街に灯る明かりのひとつずつは、ぜんぶきっとかつての子どもたちなのだ。
フードの奥から、だれかはしずかに祈った。
了
おなじ空を見ていた ミナト @minato430
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