第5楽章 ♪ 海風の交響曲 〜港町ティファレト〜

――港町ティファレトは世界の中心地。行き交う人の群れは、船乗りから商人、冒険者まで様々だ。エルフやドワーフ、獣人など種族も多岐にわたって共存している。

「わぁ!人がいっぱい!」

「ようやく明るい街にでたな!」

 霧深い森の里を出てからというもの町らしい街に出たのは初めてだ。2人は心が躍るのを感じた。

「野宿…もうしなくていい?(; _; )」

「ああ。宿を取ろうな。ふかふかのベッドで眠れるぞ」

 やったー!とレーラは足早に道を急いだ。迷子になるなよ、とルイドは少し後ろを歩く。港町らしい潮風がふわりと銀髪をなびかせた。船の汽笛が響き、屋台から漂う甘い焼き菓子の香りが鼻をくすぐる。

「いい風だな」


 石畳を跳ねるように歩くレーラ。道を行く、屈強なオークの戦士にぶつかる。

「あわわ!ごめんなさい」

「はは、気をつけな嬢ちゃん」

 オークとエルフが肩を組んで笑い合う姿が目に入る。この町は種族を超えた共存の場所だとルイドは感じた。

 冒険者ギルドの前には戦士や魔法使いがガヤガヤと出入りしている。

「なるほど、ここは冒険者同士がパーティーを組んで依頼をこなす、出会いの場みたいなものか」

「どうりで強そうな人たちがたくさん…」

「報酬も出るし、こういうところで稼ぐのも一つの手だな」

 ふむふむ、と外に貼り出された依頼書を眺めるルイド。

「薬草3種類を集める、ってのがあるぞ。できそうか?」

「おしごと?うまくできるかなぁ」

 まあ、そのうち行ってみるか、と先を急ぐ。するとギルドの裏路上で男の野太い声が聞こえる。

「嬢ちゃん!オレ達とパーティー組んでくれや!」

「離して!」

 白いローブ姿の女性が荒くれもの達に絡まれている。

「毎日この辺りをウロウロしてるの知ってんだぜ?」

「あなたに用はないわ」

 なんだと!と男が拳を振りかざす。ルイドはすかさずその腕を掴み上げ制止する。

「何してる?」

 ルイドが冷たい声で尋ね、鋭く睨むと男が一瞬ひるむ。

「オレはただ善意でだなぁ〜!…っててて!」

 ぐぎぎ、とあらぬ方向に腕を曲げられ男は情けない声を上げる。

「この野郎!」

 別の荒くれ者が武器を用いてルイドに歯向かう。おっと、とエンジェリックギターを構え雷鳴のリフを一撃。

 轟音が響き、男は衝撃で吹っ飛ぶとそのまま気を失う。

「に、逃げろー!」

 気絶した男を残して走り去る荒くれ者たち。ローブの女性がルイドにゆっくりと近づく。

「あなたは…?」

 シャラ…とイヤリングの音が鳴る。ローブも一目で上質な生地で作られていることが分かる。

「気をつけな。あいつら金になると思って寄ってきたんだろ」

 ポテポテと慌てて走ってきたレーラに、行くぞ、と声をかけルイドはその場を立ち去った。


 ――道具屋に入ると、店頭に並ぶ目新しいアイテムにレーラは瞳を輝かせた。

「里で見たことないものがたくさん〜!」

 ルイドは街までの道のりで手に入れた素材品などを売り払い、ゴールドに換金した。道具屋のおばさんが皮袋に入れてお金を渡してくれる。

「はいよ。お兄ちゃん…あんた、珍しい髪色だね」

「そうか?」

 ふわ、と銀髪をかきあげ、お金を受け取る。真紅の瞳に見つめられ、おばさんの心が釘付けになる。

「よかったらこれも持っていきな!あとこれも」

「えぇっ」

 薬草から毒消しまで数種類のアイテムを両手いっぱいルイドに持たせる。

「まいど!また来なよ!」

「なんか色々くれた…」

「よかったですねー!」

ルイドは首をかしげ「ただ話しただけなんだが…」と呟く。

 道具屋の並びに防具屋、武器屋が続いている。ついでに見てくか、と2人は足を進めた。

 防具屋ではおじさんが、隣国ネツァクから防具の材料が入らず困っているとボヤく。武器屋では若い冒険者2人が、装備品についてあれこれと話している。

「あなたに大剣は重すぎます、細身の剣が合ってるわ」

「大剣は戦士の憧れ!譲れないなぁ」

 緑のドレスを着たエルフの女性と、金髪の剣士風の少年。

「なんだか、賑やかな町ですね」

「そうだな。さっき高台に美味そうな店が見えた。甘いものでも食うか?」

 うん、とレーラはルイドの後をついていく。道の途中にもたくさんの屋台や露店が続く。アクセサリーが並ぶ露店でレーラは思わず足を止めた。

「どした?」

 ルイドがレーラの手元を覗くと、青い石のペンダントが気になるようだ。

「マルクトの湖みたいな青…ここ、上のほうは少し緑で森みたいに見えたの」

 たしかに石の上部が緑色にグラデーションがかかっている。里を離れた寂しさもあるのか、レーラは少し潤んだ目で石を見つめている。

「お嬢ちゃん、お目が高いねぇ。これはラブラドライトのペンダント。原産地ネツァクからの輸入が滞ってるから、今日を逃すとしばらく入荷せんかもしれんよ」

 フォフォ…と店主のおじさんが商魂たくましく話す。ふむ…とルイドは考えて先ほど換金した皮袋をジャラ…っとならす。

「店主、これと交換できるか?」

 ルイドは右人差し指のリングを外して言った。

「る、るいどさん!?」

 ええ?と店主のおじさんは訝しげにルーペを取り出し、ルイドの指輪を鑑定する。

 「さすがに宝石とリングじゃ釣り合いが…ふんふん…ファッ!?」

 後ろに倒れそうになるおじさんをルイドが受け止める。

「どうだろう?厳しいか?」

「いや…この物質は…これは値がつけられんやつじゃ…本当に交換でいいのかい?」

「もちろんだ、ほらレーラ」

 ペンダントを受け取り、レーラの首にそっとかける。

「あ、あのでも…大事なものなんじゃ?」

 ルイドはレーラの寂しそうな目を見て放っておけなくなった。

「今はレーラのほうが大事だろ。受け取れ、プレゼントだ」

 申し訳なさそうなレーラにルイドは、にこりと笑って言う。太陽がきらきらと2人を照らし、レーラの首元のペンダントが揺れた。

「そうだ、店主。ティファレトに眠るスコアを知らないか?」

「スコア?さぁ…聞いたことがないな」

「そうか、ありがとう。ん…?」

 ふと視線を感じてルイドが振り返ると、白いローブの女性が遠くからこちらを見つめている。視線が交錯した瞬間、彼女は人混みに紛れて消えた。

「気のせいか?レーラ、行こうか」

 店を後にして高台を登る2人を、白いローブの女性が見つめポソリと呟く。

「スコアを探している…?」


 はちみつのタルト、ナッツのクッキー。屋台のたくさんの甘いものの前にレーラは瞳をいっそう輝かせた。

「はちみつだー!」

「それにするか?」

 潮風の吹くオープン席で初めて味わうスイーツ。それは旅の疲れも不安も、少しの寂しさも紛らわせた。

「おいしー♡」

「はは!美味そうに食べるなあ」

 レーラの口元を拭いてやりながらルイドはスパイシーなナッツを頬張る。

「あとで、ねえさまにお手紙書きたいなあ。私が見たもの、いっぱい教えたい!」

「手紙はどうやって届けるんだ?」

「この町はトネリコ木があったので、そこから魔法で届けられるよ!」

 へぇー、とルイドは樹木の魔法に関心する。

「あの!るいどさん、これ…ありがとう。大切にするね」

 首元のペンダントを両手で持って見せるレーラ。ルイドは赤目を柔らかく細めて言った。

「よく似合ってるぞ」

えへへ♡と笑うとレーラは、ふあぁ…とあくびをする。


 ――夕暮れの帰り道、ルイドに背負われレーラは重たい瞳をうつらうつらさせている。

「ねむねむ…です」

「旅の疲れもあるだろうが、人混みも多かったしな」

「うん…森よりも、ここはマナが薄くて…」

 うんうん、と頷くルイド。宿に到着すると女将には、子守りかい?と笑われる。まぁな、と軽くかわしながら部屋に着くと、背負ったままのレーラをベッドに優しくおろした。

「ほら、着いたぞ」

「ふにゃぁ…ねぇしゃま…」

 すっかり夢の中で、よだれを垂らして寝言を言っている。月夜にペンダントが照らされ光る。

「はは…。ゆっくり寝てな。さてと…スコアの情報集めでもするか」

 毛布をかけてやり、部屋をあとにするルイド。宿屋の一階と繋がる酒場を訪れる。ガヤガヤと冒険者たちで賑わう中に、覚えのある顔があった。

「お、昼間の冒険者カップル」

 武器屋で言い合っていたエルフ耳のシスターと剣士が同席している。変わらず何かを言い合っている。

「ですから最初は簡単な依頼を…!って、カップルじゃありません!」

 慌てて突っ込みをいれるシスター。剣士は隣で陽気に笑っている。澄んだブルートパーズの瞳が金髪によく似合っている。

「やあ、俺はルイド。各国に眠るスコアってのを探してるんだが、何か知らないか?」

 ルイドは飲み物を手に、2人と同じテーブルにかける。

「私は奏術師のノエル、スコアとは楽譜のことでしょうか?」

「オレは剣士のユリくんです!」

 はーい!と右手を上げて挨拶するユリ。細身の腕が剣士ににつかわしくない風貌だ。

「ノエルにユリ、ね…その様子だと知らないか」

「音楽公国の両親なら何か分かるかしら…護譜の職人で写譜師のような仕事をしているんです」

 荷物から護譜を取り出し、うーん…と考え込むノエル。

「それはすごいな」

 2人は昼間ギルドで出会ったばかりの即席パーティーらしい。

「この方…ユリくんが初心者冒険者なので、受付嬢に頼み込まれて、中級者の私が面倒をみているんです」

「なんかぁ〜、誰もパーティー組んでくれなくてぇ」

 シクシク、とオーバーに泣きまねをするユリ。

「非力なのに大剣なんか振ろうとするからですよ」

「ロマンは大事」

 全く…と呆れるノエル。

「ノエルは面倒見がいいんだな」

 ルイドが銀髪をフワッとさせて、ノエルを見る。赤い瞳に射抜かれてノエルは顔を赤らめた。

「あ、えと…貴族ですから、ノブレスオブリージュの一貫ですわ」

こほん、と咳払いをして亜麻色のロングヘアを長い耳にかけながら言う。

そこにステージが始まるのか酒場に拍手が巻き起こった。

「お、あれは…」

昼間の白いローブを纏った女性がウードを手に現れる。アラビアンな装飾が施されたリュートに似た楽器だ。

〜♪

 しなやかな指が美しく弦を弾くと、異国のメロディがその場を包む。うだるような暑さの砂漠や、オアシスを思わせる旋律だ。

「いいね!」

「ちょっとルイドさん」

 ルイドは思わずその場でギターをかき鳴らす。一瞬、客の怪訝な視線を集めるが、ステージ上のウードと絶妙なハーモニーを生むとそれは拍手に変わった。

「あなたのギター、悪くないわ」

 舞台から女性が声をかけ、ニコ…と微笑む。

「ギターかっけー!」とテンション高めのユリと、注目が集まり少し困った様子のノエル。

「いろんな色が混ざって不思議!」

「へぇ、ユリは音に色が見えるのか?それは特別な才能だな。どんな色に見えるんだ?」

 ユリは少し恥ずかしそうに言った。

「えっと、オレンジと赤。ルイドのギターの音は黄色。混ざったらオーロラみたいにスパークするんだ!変かな…?」

「変じゃない。むしろ面白いな」

ルイドが微笑む。

 

 演奏が終わるとステージの女性はローブを脱ぎジプシーダンスを披露する。顔は薄いヴェールで隠れているが、蜂蜜のような琥珀色の肢体に、ヒュー!と酒場の興奮が最高潮に高まる。

「まぁ!信じられない…!なんて品のない」

 ノエルが顔を真っ赤にしながらユリの目元を隠す。

「ちょっとー!真っ暗」

 ルイドは少し間を置いて落ち着いたトーンで話す。

「文化の違いなんじゃないか?」

 ユリの目元を覆ったまま、きょとん…となるノエル。60度に立ち上がっていた長い耳が30度まで下がる。

「それは…そうですわね…」

 ステージが終わると酒場の喧騒に紛れて、ジプシーの女性が手招きしてルイドを呼ぶ。

「俺?なんだ?」

 ステージの裏でルイドのシャツの襟を正しながら彼女は耳打ちする。

「あたし、あなたの探し物を持っているわ」

 凛とした声がルイドの耳をくすぐる。近くでよく見るとエメラルドグリーンの瞳をした美しい顔立ち。まだステージの熱が残る火照った指先が、ルイドの手を握る。

「あたしは砂漠の国ネツァクの王女アリーシャ。ネツァクのスコアのありかなら分かる」

 じっ、と見つめるアリーシャに、へぇ…とルイドは返す。

「ただ…今、砂漠の国ネツァクは獣人に王座を奪われている。王座の奪還に協力してくれたらスコアを渡せるわ」


 ――次回に続く!

 

おまけ

 レーラ「ねえさまにお手紙を書くよ!」

 

 里を出たあと、イェソドを抜けて港町ティファレトに着きました。人がいっぱいでびっくりしたけど、るいどさんが一緒だから安心したよ_φ(. . * )

 

レーラ「続きはどっちがいいかな?」

 

 【A】るいどさんと甘いお菓子を食べたよ!甘いハチミツのお菓子、美味しかったなあ♡

 【B】るいどさんにプレゼントをもらったよ!里の湖と森みたいなキレーな石なの♡


 ミュウの反応は次回!

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