第4楽章 ♪ 月光のソナタ 〜闇の胎動〜
(この地イェソド、朽ちた月夜の町。人類の叡智、夢のあと)
亡霊のすすり泣く声が「嘆きの音波」となり冷たく聖堂を満たす。音波は黒い波紋のように広がり、ルイドの体を締めつけた。ステンドグラスがガタガタと震え、聖堂の温度が一気に下がる。
「…くっ」
〜♪
ルイドの後方からレーラのライアーが鳴り、水の斬撃が亡霊を包む。
――レーラが物心ついた時から、小さな竪琴…ライアーはいつもそばにあった。茶色の木目にルーン文字や、木と水の紋様が掘られている。何かにつけて踊り歌う幼い彼女に、ミュウがトネリコで作り持たせたものだ。
嬉しさを、悲しさを、レーラは言葉よりライアーを奏でることで表現した。竪琴は里の者を癒し、澄んだ音色に妖精たちも喜んだ。
「どこから来たの?君は人間なの?」
迷い子のレーラにかける里の者の言葉は時折、心無いものもあった。だが竪琴を奏でていれば、皆が笑顔でいてくれる。ここに居てもいいと思える。
レーラはライアーを日々、奏で続けた。
――亡霊のデッドスクリームで視界も定まらないなか、レーラはライアーを握りしめ、弦を弾いた。昔、湖畔の妖精に教わった湖を浄化するメロディ。
「"清流のせせらぎ"」
澄んだ音色は水滴となり、亡霊を柔らかく包む斬撃になった。
「レーラ!?大丈夫か?」
「ふぇええ…感覚だけで弾いてみました」
まだ目をグルグル回したままのレーラが答える。
「はは!やっぱり指が旋律を覚えてるんだな」
「えへへ♡今のは浄化の旋律、穢れを洗い流す力があるので、幽霊さんたちにも効果があるかもと思って…」
「なるほどな!」
ルイドはエンジェリックギターを構えなおすと、オルガンと同じ鎮魂歌を演奏し始めた。白い閃光が音波を切り裂き、青の雷鳴が轟く。
「エレキでレクイエムを捧げてやる、静かに眠るんだ」
光が亡霊を包み込み、月夜に照らされ消失した。きらきらとした埃が月に昇る。
「レーラ、やったな!」
「わーい!ああぁ〜(@.@)」
思わず立ち上がり、またふらりとよろけるレーラ。ルイドがすかさず支える。
「…おっと、ここに座ってなって。いま治してやる」
ルイドは、レーラの隣に座りギターを抱える。優しげに弦を弾き、柔らかなバラードを紡ぐ。
〜♪
心地よい旋律に耳を傾けていたレーラは、目を潤ませ呟いた。
「るいどさんの音、あったかいな」
徐々に平衡感覚を取り戻していく。
「ふぇぇ…あ、回転がとまった」
「効いたか?」
ルイドがじっとレーラの顔を覗き込むと、瞳にアメジストのキラキラした輝きが戻っていた。見つめられて思わず、わぁあ!と顔を背ける。
「き、効きました!ありがと」
ん、とルイドは頷き柔らかく笑った。そして再びオルガンに向かい何かを思う。
「イェソドは朽ちた月夜の町…か」
かつてこの町は栄え、賑やかな笑い声で溢れた日もあったのだろう。突然に奪われた命や、なくなく故郷を離れた者たちの想いを、ルイドは少しでも救いたいと考えた。
おもむろにコートを脱ぎ、インナーの白シャツの袖を捲る。うしっ、と気合いをいれると、長い指を鍵盤に滑らせる。
〜♪
静かで繊細な旋律が奏でられると、聖堂が光に包まれる。
"ピアノソナタ第14番嬰ハ短調作品27-2"
鍵盤を優しく叩くたび、月光がステンドグラスを通り抜け、聖堂に柔らかな光が満ちる。ステンドグラスの色が虹のように反射し、ルイドの銀髪が静かに揺れた。赤い瞳は虚空を柔らかい眼差しで見つめる。たとえ姿は見えずとも、寄り添うことはできるはず。
「あっ、フワフワが!」
レーラの視界に見えていた白いフワフワは、月の光に誘われるように昇天していった。
(ありがとう)
「苦しかったんだね…」
「第3楽章までやるつもりだったが、無事に救済できたみたいだな」
第1楽章を弾き終わり、ふぅ…とルイドも天井を見上げる。すると、白い羽がどこからともなく、ふわりと降り注いできた。
「ルイド、久しぶりにあなたのオルガンを聴いたわ」
ふんわりとしたブラウンヘアにユリの花の髪飾り。穏やかな顔の女性天使が光に包まれて降臨する。
「ジブリール!久しぶりだなぁ」
「フフ、元気そうね」
トン、と軽やかに着地すると長い髪の毛がふわりと波打つ。ジブリールは神妙な顔でこの街のかつての姿を語る。
「イェソドは月が美しく見える街並みだった…ここは私が守護を管轄している場所だったの」
ミカエルはじめジブリールたち大天使は、セフィラの各国を守護する役目を持っていた。神のそばで奏楽を役目とするルイドとはまた仕事の内容が違うようだ。
「行き過ぎた人類への報い。イェソドは星のかけらをめぐる恐ろしい実験に手を出した結果、滅びた」
「星のかけら…地上の鉱石か」
「そう、人々の暮らしに必要な動力は全てマナエネルギーで賄われている。でも、より多くのエネルギーを欲した結果、人類は星のかけらから取れる動力に着目した」
「そうだったのか」
「ここに残る人々の怨念はルイドのおかげで成仏したようね」
ジブリールは古びたオルガンに手を当てる。紫色の柔らかな光がオルガンを包んだ。
「調律…きみが?」
「ええ、それだけじゃないけど」
そう言って光の中から小さな木箱を取り出す。はい、と渡されてルイドはレーラと顔を合わせた。
「開けていいのか?」
ジブリールが頷く。中には古びた羊皮紙に描かれた数枚の譜面が入っていた。ルイドが手に取ると、音符が紫の光を放つ。
「イェソドのスコアよ」
「…なんだって!?」
「るいどさん!」
わぁ!とレーラの顔が明るくなる。
「あげるわ、この先の港町ティファレトのどこかにもスコアはあるはずよ」
「ありがとうジブリール!」
「天界で待ってる。パイプオルガンも寂しそうにしてるわ」
ルイドなき天界ではパイプオルガンの響きがなくなり、物足りなさを感じる者もいるという。メタルの響きに憧れる者もおり、ルイドのあの日の演奏が天界に少しの影響を与えていた。
「"天墜のメタリオ"…あなたのことをそう呼ぶ天使もいるの。対バンがあれば今度は絶対に見に行くわ」
にこ、と微笑んでジブリールは光と共に消えた。
なぜか最後は「ルイド ファンサして」と書かれたうちわと紫のペンライトを手にして。
「天墜の…悪くないな」
光の方に手を振るルイド。
「ふぁんさって何ですか?」
レーラは首を傾げた。
――ルイド達が次の街を目指す頃、月が満ちたイェソドの墓地では禁断の秘術が行われようとしていた。
「ようやく音が止んだか」
棺を引きずっていた男が、恨めしそうな顔で聖堂のほうを見やる。
「ルシファー様の言う通り、星のかけらの残骸はここにある。だが…」
男は不敵な笑みを浮かべ呟いた。
「せっかくの新婚旅行。静かな場所だと聞いていたのに…思わぬ邪魔が入った。ね、ソフィア」
ゆっくりと棺桶の蓋を開くと、中には美しい顔の女性が眠るように死んでいる。月夜に照らされる彼女はもちろん何も答えるはずがない。
男は穢れた銀の器に水を張り、水面に満月を映し出す。小刀で自らの左薬指を傷つけると、黒銀の指輪が月光にキラリと光った。骸骨の目に嵌められたブラックスピネルが真紅に怪しく輝く。
少量の血液を銀の器に滴り、水面を赤く染める。
男はソフィアの青白い左手をとり、黒銀の薔薇の指輪をはめた。
「"ネクロ・ルナ"…我が愛する者に永遠の命を」
ソフィアはうつろな目を見開き、静かにうごめきだした。指輪のブラックスピネルが不気味に輝き、墓地の闇に溶けていく――
――次回へ続く!
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