第6楽章 ♪ 砂漠の協奏曲 ネツァクの奪還
夜の港で、アリーシャはルイドを待つ。潮風を頬に感じながら瞳を閉じて過去を回想した。
――勝利と永遠の国ネツァク。人と獣人が共存する砂漠地帯で、宝石と星のかけらの採掘で繁栄する国だ。
父である先代王と家族を10年前に亡くしたアリーシャは、王位の正当な継承者だった。しかし年齢的な観点から叔父のハリドが政権を握った。
ハリド政権下では宝石や星のかけらの輸出に力を入れ、ネツァクにさらなる富を築いた。
「アリーシャ、丁重におもてなしを」
小麦色の肌と夕陽に輝く薔薇のような髪、洗練された身のこなし。アリーシャは他国でも評判の美貌を持つ。
ハリドの命で要人のパーティーに呼ばれれば、楽器の演奏や砂漠のダンスを披露した。
「アリーシャ!お見合い相手が見つかったわよ!」
嬉々として喜ぶ叔母の指にはキラキラと大きな宝石が光る。ネツァクから大量に星のかけらを輸入する友好国ホドとの縁談が勝手に進んだ時は、さすがに落ち込んだ。
「あたしはただの傀儡なんだわ…」
生活に何の不自由はなくとも、ハリドのお飾り人形である気持ちが拭えなかった。
「姫…!」
オアシスの砂漠の宮殿。アリーシャの付き人、スナネコの獣人のサラが呼ぶ。
「兄の容態があまりよくなく…数日、家に戻ろうかと」
「そうだったの。
アリーシャは同行し、宮殿からさほど遠くないサラの実家を訪れる。部屋にはベッドに臥せるサラの兄、シャールが横たわっている。
「アリーシャ様、なぜこのようなところまで」
「気にしないで。横になったままで構わないから皮膚を見せて」
シャールはそっと左腕を見せる。獣人のふさふさした腕のところどころが青白く輝いている。まるで星のように光る美しさ。触れると発熱し、青白い輝きが脈打つ。不気味な美しさだった。
「最近は視力もあまり見えずで…このまま星みたいに爆発しちまぅのかなあ…」
兄さん、とサラが声をかける。アリーシャはシャールの手を強く握った。
「諦めないで。必ず手立てはあるはずよ」
蒼星病は、星のかけらの採掘にあたる獣人たちの間で発症する謎の皮膚病。現状の医学や魔法では、症状を和らげる程度しかできない。
「健康な体に戻りてぇなあ…」
シャールがポソリと呟き、また眠りについた。アリーシャはエメラルドグリーンの目を伏せる。
「なぜ…獣人たちばかり」
ネツァクでは宝石や星のかけらの採掘は、獣人たちに任されている。人間より体力的に優れているので適任とされてきたが、アリーシャはずっと懐疑的だった。
「獣人の体は丈夫だからお前が心配することはない」
採掘方法の変更を提案しても、叔父は聞く耳を持とうともしない。そればかりか、政治のことは大人に任せておけと言う。
(あたしももう18歳…お父様達が亡くなったあのときとは違う…)
叔父の傀儡である自分と、獣人たちの姿を重ねる。
「共存なんかじゃない。これは搾取…」
「姫…」
アリーシャは国民を守れない、不甲斐ない自分に唇を噛み締めた。
――その夜、アリーシャは自室で蒼星病について調べを進めていた。そこに不在のはずのサラが慌てて駆けつける。
「サラ!どうしたの?」
「姫!大変です!!」
蒼星病の被害を何度訴えても聞き入れないハリドに、獣人たちはついに反乱を起こした。鉱山用ピッケルで門は破られ、すでに宮殿に獣人が押し寄せてきている。
サラはアリーシャにローブを着せ、その手を引いて闇夜のオアシスを掛ける。
「隣国ティファレトに亡命しましょう!」
「叔父さん達は!?」
「分かりません…獣人は皆、怒り狂って私の言葉も届きません。とにかく今は逃げて!」
港で小型の舟にアリーシャを無理やり乗せると、サラは紛争のさなかにあるネツァクへと戻った。
――隣国ティファレトはネツァクの喧騒など別世界のように穏やかな潮風が吹いている。
数日後アリーシャは、叔父が投獄され、獣人王フラムが近々即位することを耳にした。フラムはジャッカルの獣人で炭鉱採掘のリーダーだ。
「フラム…彼のダルブッカとウードを合わせたこともあったわね…」
酒場のステージで日銭を稼ぎながら、虎視眈々とネツァクに戻る機会を狙う。屈強な男達が出入りするギルドで協力者を募ろうと何度も通った。しかしアリーシャの目にかなう者は現れない。そればかりか荒くれ者に目をつけられる。
「嬢ちゃん!オレ達とパーティー組んでくれや!」
ギルドの裏路地で腕を掴まれ、アリーシャは離して!と男を睨みつける。
「毎日この辺りをウロウロしてるの知ってんだぜ?」
「あなたに用はないわ」
気丈に振る舞おうと、アリーシャの力では男の手を振り払うことはできない。逆上した男が手を振り上げた、その時…
「何してる?」
砂漠の砂荒らしを切り裂くような、鋭い声。揺れる銀髪。男を睨む深紅の瞳。
「……っ!?」
アリーシャの心を磁嵐の波動が貫く。砂鉄が引き合うような力で赤い光が胸の奥で爆ぜた!
(この人しかいない!)
銀髪の男はあっという間に荒くれ者たちを薙ぎ倒し、名も名乗らぬまま去っていった。
――アリーシャにネツァクの王座奪還の協力を頼まれたルイド。
「スコアのためなら致し方ないか?」
宿に戻り、すやすやと寝息を立てるレーラの横顔を見つめる。ルイドはそっと近づくと、ふに…と、もちもちの頬に指を伸ばす。
「むにゃ…はちみつ…♡」
「はは…寝ぼけてるな」
はだけた毛布をかけ直してやるとルイドは、ふーっとため息をついた。
「暑い場所はダメだってミュウが言ってたしな…」
レーラを紛争に巻き込みたくない。しかしスコアのヒントはすぐそこまで来ている。
ルイドは思い悩み、紙とペンを取った。
「レーラへ
すまない、数日ばかり留守にする。
ネツァクのスコアのヒントが掴めたんだ。
レーラはこの港町でゆっくり過ごしていてほしい。
必ず戻る。ルイド 」
よし、とテーブルに書き置きを残し、ルイドは部屋を出た。
港で、背中にウードを背負ったローブ姿のアリーシャと合流する。
小型の木製ボートは、先端に砂漠の花のモチーフが彫られ、小さな帆が潮風を受ける。舵には星のかけらの「欠片」が埋め込まれ、微弱な魔力で船を静かに進ませていた。
「来てくれたのね、ありがとう。小さなお嬢さんは?」
「スコアのためだ、仕方ない。レーラはお留守番だよ。巻き込むわけにはいかない」
優しいのね、と言いながらアリーシャは小型の舟に乗り込んだ。
ティファレトからネツァクまでは約100km、星のかけらの魔力で舟は時速15kmで進み、明朝には到着する距離だった。
夜の海を進む舟に、波の音と木のきしむ音が響く。ルイドがふと目を凝らすと、遠くの海面に黒い霧が漂っているのが見えた。何だあれは、と小さく呟く。
アリーシャはサラや国民、叔父や叔母は無事でいるのか、この先の旅路を思うと緊張感に包まれた。眉間に力が入り唇を噛む。
「ほら、食べな」
「え?何…」
ルイドが昼間の高台の屋台で貰った焼き菓子をアリーシャに渡す。
「俺の相棒は、ふにゃーっとした顔で食うぞ、はは…!」
レーラのほにゃっとした顔が浮かび思わず吹き出すルイド。
「あまり食ってないんだろ?」
「ありがと…ん、おいしい」
ぱく…とクッキーを口にするアリーシャ。甘味が口の中に広がる。亡命して数日、気の休まる時など一瞬もなかった。エメラルドグリーンの瞳が少しだけ潤む。
アリーシャがぽつぽつとこれまでの経緯を話す。
「ネツァクでは鉱山に関わる獣人にだけ発症する、蒼星病があるの。星のかけらの採掘の影響は明らか…それでもカルム卿は採掘の負担を獣人に押しつけてきたの」
「それは酷いな」
「獣人たちの怒りはもっともだわ。見せかけの共存なんてただの搾取よ…」
ルイドは頑張ったな、と声をかけた。エンジェリックギターを構え優しく弦を弾く。月夜の海上で、閃光が美しく走った。
アリーシャもウードを手に、音を鳴らす。
「着くまではのんびりしようぜ」
「うん…!でもサラは…無事かしら、心配だわ」
月夜でも星がキラキラと輝く眩しい夜だった。甘い音色と舟の揺れが、アリーシャの疲れた体に眠気を誘う。
ふと、舟のきしみに加え、低いうめき声のようなものが聞こえた。
「ルイド…!」
「ああ、のんびりとも行かなくなったな」
ルイドは立ち上がりギターを構える。
数メートル先に、黒い霧をまとう中型の帆船が見える。乗船している複数人の影。船が近づくにつれ顔面が白骨化しているのが分かった。
「なんだ?幽霊船か?」
「あれは…あの帆船は、ネツァクの旗!」
アリーシャは声を震わせて言った。
「10年前に沈没したお父様の船…」
「なんだって?」
――次回に続く!
おまけ
里に残ったミュウは、巫女として変わらぬ毎日を送っていた。ただ以前よりトネリコの木のそばに立つことが多くなった。
ミュウ「わたくしは御神木を通して世界中のトネリコの木にアクセスできる」
トネリコに手を当てて意識を集中させる。アイマスクにルーン文字が光る。
ミュウ「2人は港町についたようね…あら、お手紙」
トネリコの木が光り、レーラからの手紙が届く。
【A】るいどさんと甘いお菓子を食べたよ!ハチミツのお菓子、美味しかったなあ♡ねえさまにも食べさせてあげたいな!
→まぁ、元気そうでよかった。あの子はハチミツ大好きだったものね。懐かしいわ(絆ゲージ+5)
【B】るいどさんにプレゼントをもらったよ!里の湖と森みたいなキレーな石なの♡ねえさまや里のことを思い出して嬉しくなった!
→ふぅん…ルイド様からそんな素敵な贈り物を…わたくし複雑な気持ちだわ…(絆ゲージ−5)
次回は5/23(金)夜に更新予定!
天墜のメタリカ 夢野なこ @naconoy
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