第3楽章 ♪ ルーンの幻想曲 〜ミュウの魔法〜

――湖畔で語らう2人のもとに、ミュウが静かにやってきた。

「ルイド様、レーラ、旅立ちのご準備を」

「ミュウ?」

「今しかありません。急いで」

 静かな口調ではあるが急かすように彼女は言った。言われるがまま荷物を整え、人目を避けるように里の入り口まで急ぐ。ミュウと落ち合うと少し遅れてレーラもポテポテとやってきた。

「わたくしの魔法で今からこの霧深い森の外まで送ります」

「えっ!」

「ねえさま、どうして…」

 ミュウは口角を少し上げ、レーラの頭を撫でる。

「わたくしはトネリコに選ばれし巫女。森に生まれ森と生き、骨を埋めるさだめ。でもレーラには自由に生きてほしいの。迷い子のあなたなら里の掟に縛られることもないはずよ」

 レーラは幼い頃にこの森をひとり彷徨っていたところを保護され、里で暮らしてきたらしい。マナを敏感に感じ、妖精たちと話せる様子から精霊の一種かもしれないと言われてきた。

「あなたならルイド様のお役に立てるわ」

 ミュウの唇が小さく震える。

「ねえさま…」

 がやがやと村人の気配を感じ、ミュウは詠唱を急いだ。里の木にルーン文字を刻むと、ルイドとレーラの3人で手を繋ぎ目を閉じる。


「行きますよ…Coillteánn《森の飛躍》」

 

 森の木から木へ抜けるように、瞬時に移動していく。木々がマナの光を放ち、ルーン文字が淡く輝く。トネリコの精霊たちが囁く声が響き、3人を森の外へと導いた。

 ルイドは額に風を感じながら、森のにおいを心地よく感じた。ミュウのひんやりとした手に導かれながら、あっという間に森を抜けた場所までたどり着く。

「すごいな!便利な魔法だ!」

「里の木々限定なんです。長には納得できるように言っておきますから。どうか良い旅路を」

「ねえさま…お手紙、書くからね」

 突然の別れにグス、と涙ぐみながらレーラはミュウと抱き合う。

「暑い場所に気をつけるんですよ」

 ルーン文字の刺繍された丸い帽子をレーラにそっと被せながらミュウが言った。

「うん!ありがとう!」

「ルイド様。スコアについては、わたくしもトネリコの精霊と調べてみます。どうぞこの子をよろしくお願いいたします」

「ああ、もちろんだ。色々ありがとう」

 では…と2人を見送りミュウは同じ魔法で帰り道の森を1人で抜ける。

「Ansuz…ずっと見守っていますわ」

 彼女のアイマスクのルーン文字が寂しげに光った。


――霧深い森を抜けた先には広大な草原が広がっていた。遠くには月夜に照らされた廃墟が見える。ミュウによると森を抜けた先には大きな港町があるはずだという。

「次の街…と思ったけど、これはどうも誰も住んでなさそうだな」

「ちょっと怖いです」

レーラはルイドのレザーコートに隠れながら歩く。

「ここで野宿するのもな…もう少し頑張れるか?」

 レーラは大きく頷いた。

「そういやルシファー…見覚えはないがあの地を這うような音に聞き覚えがある」

「何か奪ったというのは?れんあい関係のとらぶる…?」

 じー…と、レーラがルイドを見つめる。そんなはずは、と言いかけて、いやあるのか?と自問自答のルイド。

「あのね。ねえさまも、みんなも無事だったから思うけど、対バン?結構楽しかったです…♡」

「本当か!?俺も実はそうでさ…」

2人でライブの様子を振り返りながら歩く。しばらくすると古びた聖堂と墓地が広がる廃墟に到着した。やはり人気はなく誰も住んでいるように見えない。

「お、オバケが出そうな雰囲気です〜!」

「さっさと抜けて次の街を目指すか」

 震えるレーラの小さな肩をトントンしながらルイドは道を急ぐ。そこに、ジャリ…っとした金属音と重たい何かを引きずる音がした。

 

「…なんだ?」

 異様な空気が走り、ルイドは後ろを振り返る。レーラはライアーを握りしめた。

 金属音が徐々に近づく。人影が見える。

「あれは…」

 ローブを纏った魔術師のような風貌の男が、鎖を引いている。鎖の先の重たそうな何か、それは棺だった。

「ひつぎ…えっ?」

 男がすれ違う。左手には黒銀の指輪が光り、先端の骸骨に嵌められた宝石が真紅に輝く。月夜の廃墟、ルイドとレーラには目もくれず、口元に笑みを浮かべ、棺を引きながら前を過ぎる。

「…っと、こ、これから埋葬…か?」

 ルイドはやや焦りながら独り言のように男に話しかける。一瞬、男がピクリと動きを止めたが、また鎖を引いて歩き出した。

「……。旅行ですよ」

 振り返らないまま一言告げると、男はそのまま闇夜に消えていった。棺を引きずる不気味な鎖の音だけが、ルイドの耳にいつまでも残った。

「なんかやばそうな奴だったな」

「棺に荷物を入れるたいぷの人でしょうか…」

 「俺にしか見えてない存在かと、思わず話しかけてしまった」

「見えてますよ!あといっぱいフワフワしたのがついて来てるのも見えてます」

 はっ?とルイドが後ろを振り返る。シン…と静まりかえった廃墟の街並みだけがルイドの視界に映る。

「フワフワしたのは、いないけど…」

「ええぇ」

 ガーンとレーラの顔が真っ青になる。

 ――ケテ、タスケテ…

 視える者を頼っているのか、フワフワとした透明な存在はレーラに助けを求めている。

「あわわ。どうしたら…」

「聖堂が見えてきた。とりあえず入ってみよう」

 逃げるように聖堂へと急ぐ。しかし神父もいなければ、室内はあちこち崩れかけている。割れたステンドグラスから月夜の光が差し込み、古びたオルガンを静かに照らしている。

「ずいぶん古いが音は出る」

 ルイドは両手で鍵盤を軽く叩き、荘厳な和音を響かせる。奏楽天使だった頃に磨いた和音の感覚が指先に蘇り、聖堂に深みのある響きが広がった。

「調律も狂ってなさそうだ。この街はいつ廃墟になったんだろうな」

「何かの実験に失敗してから人が寄り付かなくなったと聞いたことがあります」

「ふーむ…」

 ルイドは少し考えたのち、ガタ、と埃にまみれた椅子を引きオルガンの前に座る。銀髪をサラリとかき上げるとクロスのピアスがキラリと光る。

「この地に眠る亡霊に、せめてものレクイエムを」

 鍵盤に指を滑らせると、鎮魂歌の旋律が響く。音は星屑が降るように柔らかく、聖堂の埃がキラキラ舞う。ルイドの指が鍵盤を舞い、銀髪が肩で揺れる。

「わぁ…るいどさん、すごく綺麗」

「驚いたな。しばらく触れてもいなかったのに指が覚えている」

 ルイドは神の奏でる旋律の中で生まれた。もやもやとした生まれたての光に、神が選定した宝石を当てると天使が誕生する。

 ルイドは天界でも珍しいルビーの瞳を神より賜った。情熱的な天使となったルイドはあらゆる楽器に精通し、早い時期から奏楽天使団を束ねた。

 神を喜ばせ神の寵愛を得た天使。その裏には血を吐くようにピアノと向き合った日々がある。

 (誰もが俺を天才というけれど…)

 オルガンに指を滑らせながらルイドは、ハッと気づく。

「ルシファーのあの重低音、あれは…」

 幼い日の天界で、ミカエル、ジブリール、ラファエル…さまざまな天使たちと音楽を奏でた。その中にヴィオローネの扱いに長けた天使が1人だけいた。

 ハープやオルガンの響く天界で、ヴィオローネの低い音はルイドの耳に魅力的に聞こえた。まるでデスメタルの重低音のようにルイドの心を震わせた。こんな風に弾けたら、と憧れすら抱いていた。

 彼はいつからいなくなってしまったのか…いや、あの黒髪に光る赤い瞳は…

 

「ルシ…エル…?」

その時だった。途端にオルガンから黒い霧が立ち込め、半透明の女性の影が現れた。苦しみ、うめくような声が聖堂に広がる。

(タス…ケテ…!)

 激しいデッドスクリームがレーラの耳をつんざく。体の平衡感覚がなくなり、その場でふらついている。

「わあぁ?るいどさんが逆さま?」

 聖堂が回ってる、と小さく声を上げライアーを手によろよろと倒れそうになる。

 「大丈夫か!?」

「目が、ぐるぐるします〜(@_@)」

「混乱効果か?ここでじっとしてな」

 ルイドはレーラを聖堂の端に座らせ、エンジェリックギターを握りしめた。

「俺が相手だ。お前はこの地に住む亡霊か何かか?」

 軽めのジャブを飛ばすように、弦を弾きながら話しかける。

「音楽は魂を呼び覚ます。この音でお前の苦しみを解く!」


 ――次回に続く!

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