第2楽章 ♪ 堕天使の狂詩曲〜ルシファー襲来〜

 突然、吹き荒れた風にトネリコの木々が不穏に揺れる。旋風が止むと、黒い翼のやせ細った男が配下と共にユラリと立っていた。

「俺様の居場所を奪った赤目の天使ィ…!いいザマだなァア!」

 長い黒髪に赤いメッシュが鮮血のように光る。その隙間から覗く尖晶石の鋭い眼差し…片目は黒くうつろなオッドアイがルイドを見据える。

「居場所?なんのことだ?」

「フン。俺様は優しいから過去のことは水に流してやんよ!それより堕天使ルシファー様が直々に迎えにきてやったことに感謝しなァ!」

「ルシファーだと?」

 整った顔立ち、だがおそろしく不気味な雰囲気を醸すのは、舌先と尖り耳に開けた無数のピアスのせいか。開けた黒服の胸元からはトライバルタトゥーが覗く。

「るいどさん、知り合い?」

「いや、知らん」

 ルイドのスンッとした態度にルシファーが舌打ちする。

「どうだ、俺様たちとデスメタルで天界をブチのめそうぜェ!」

「はぁ?バンドの勧誘か?」

 低く重たいリフがルシファーの漆黒のギターから繰り出される。ルイドは弦を弾き、白い雷鳴で対抗する。

「俺は天界にメタルを認めてもらいたいだけなんだ。お前たち堕天使とは違う」

「無駄だ!堅物な神が聞く耳もつわけねェ」

 拮抗する雷鳴と重たい風に、レーラと長は怯える。

「トネリコの木よ、力を貸して」

 ミュウはトネリコの木のふもとで御神木に手を当て、静かに囁いた。

 

「Táincheol na Fuinseoige 《トネリコの秘歌》」

 

 長い髪の毛が高速でさらに伸びると、樹々の枝を伝い里を包む。リュートを手に唄うミュウのアイマスクにルーン文字が光った。

 

「Anam na crann…木々の魂よ、立ち上がれ、

聖なるトネリコよ、われらの地を守れ。

長い髪よ、大地を結びつけ、

トネリコの精霊よ、力を与えたまえ。」


「なんだ?結界かァ!?」

「古代の歌?なかなかロックじゃないか!」

 ルイドは聞きなれない言語と旋律に、気持ちが昂るのを感じた。辺りは霧に包まれ、里も村人も姿を消す。

「邪魔が入ったか。だが音は聞こえる。このまま対バンしようぜェ!!」

「何なんだこいつは」

ルシファーが黒いギターを構えニヤリと笑う。舌のピアスがチラリと光った。

「味わえ、俺のデスメタル!」

 弦を掻きむしると、地面を這うような重低音のうねりが森を震わせる。土を裂くディストーション。

 トネリコの葉が不穏にざわめき、湖の水面が波打つ。音はまるで奈落の咆哮、堕天使軍が「ルシファー!」とチャントし、霧が黒く染まる。

 音は森に反響し、花が萎れ、木々がギシギシと軋み、鹿の群れは狂ったように頭を振る!


「…っく!セフィラの音楽バトルってことか!?面白い!」

ルイドはエンジェリックギターを握り、赤い瞳を燃やす。

 「この音が俺の魂だ!」

 高音のソロが炸裂すると、白い雷鳴のようなリフが森を切り裂き、トネリコの木々がキラキラと輝き出す。

 湖の妖精たちがルイドの音に惹かれ、キラキラ踊り始める。木々の枝がリズムに合わせて揺れ、明るく花が開く。ルシファーがもたらした闇をルイドの演奏が光で塗り替えていく。


「ねえさまっ!」

 その時だった。里を守るように包んでいた霧が晴れる。堕天使軍の配下にミュウが取り押さえられ、結界が解けたようだ。

「…ぐ、離せ外道」

 ミュウのアイマスクが光ると、足元から鋭いトネリコの根が堕天使軍を攻撃する。

「このアマ!この大木ごと始末してやる」

 堕天使軍がトネリコの木めがけ大鎌をふるう。

「やめろ!」

 ルイドの雷鳴のリフが唸り、堕天使の大鎌もろとも焼き払う。

「お前ら邪魔すんじゃねーよ!しらけんじゃねーかァ!」

 ルシファーが高速リフで反撃、地面から黒い茨が這うような音で森を締め付ける。堕天使軍のチャントが「ルシファー!」と轟き、霧が濃くなる。

 ルイドはハンマリングとスライドを織り交ぜたメタルの咆哮で応戦、雷光が茨を焼き払う。

 トネリコの精霊がルイドの音に反応し、木々がルイド側に傾く。ルシファーの音は圧倒的だが、ルイドの情熱が森と村人を惹きつけ、いつしかチャントが「ルイド!」に変わり始める。

 レーラは少し震えながらも一緒に声を上げた。

 森は銀色にきらめき、トネリコの木は輝く。花は咲き誇りルシファーの低音は霧に消えた。


「ックソ!」

 ルシファーは配下を足蹴りにしながらギターを担ぐ。

「てめぇら余計なことすんじゃねーよォ!」

「すいやせん!ルシファー様!」

「チッ、帰るわ。またやろうぜ、赤目の天使」

バイバイ、と後ろ手に振りながらルシファーは旋風とともに消えた。

「はぁ…はぁ…何だったんだ…ミュウ!怪我はないか!?」

 トネリコの木にかけ寄りルイドはミュウを抱きかかえる。

「ルイド様…里が守れて何よりです」

「巻き込んですまなかったな。すぐにでも里を出る」

 ルイドの額の汗がキラリと光り、淡い白金の輝きがそっと広がる。まるで金色の粒子が舞うようにミュウの周りを優しく包んだ。

 ほぅ…と頬を染めるミュウ。そこへ長が深々と頭を下げて言った。

「ルイド様、トネリコの木は我々の全ての源。木と巫女殿をお守りくださってありがとうございます。みな、ルイド様に感謝を!」

 里の者たちが、わぁっと拍手を送る。ルイドは優しくミュウを下ろすと少し申し訳なさそうに言った。

「いや、何やかんや騒がしくしたのは俺のせいだし」

「あなた様はこの村の英雄。我々の掟では里の英雄には巫女殿との縁談を…」

「縁談!?いやいや!待て、俺はスコアを集めて天界に帰る予定が」

 ギターを盾に一歩後ずさるルイド。ミュウは、まぁ…と袖で口元を隠し頬を染める。

「えんだん?」

 少し離れた場所でレーラはきょとんとしている。

「今すぐにとは言いますまい!今宵は宴でお互い仲を深めましょう。さぁ、皆、宴の準備を」

 長が笑いながらこの場をあとにすると「これで里も安泰だなぁ!」と嬉しそうな声があちこちから聞こえる。

「なんて里だ…掟に縛られすぎだろ、なぁ?」

 ルイドが小声で呟きミュウをちらりと見ると、彼女は静かに微笑んでいる。

「ちょっと…満更でもない感じ出すのヤメテ…」


 やがて灯りがともると、里の空気が宴の準備で暖かく包まれる。

 湖畔ではレーラがライアーを爪弾いている。

 「何だろう、この気持ち…」

 もやもや…もやもや。

「るいどさんが、ねえさまと…」

 ピンっ!と思いがけず強く弦を弾き、水の妖精が驚く。

「あっ、ごめん。もう一度」

 〜♪

 癒しの竪琴が湖畔に響く。妖精たちがキラキラと集まり癒しの音色に合わせて踊る。まだライブの熱が残る湖や草木を、さざなみのような音色が落ち着かせていった。

 

「いい音色だな?」

「るいどさん」

 両手に皿を抱えたルイドがレーラの隣りに座る。えへへ…とレーラは竪琴を続けた。

「戦いの疲れが癒えていくみたいだ」

 ルイドの瞳が少しだけ柔らかくなる。

「レーラ?飯食ったか?準備中だけど貰ってきた。里の食文化は知らないが今日はずいぶんご馳走らしいぞ」

「あ、ありがと…るいどさん」

 食え食え、とレーラに皿を渡して微笑む。そして急に真顔になって語り出す。

「怖い目に合わせてしまって悪かった。ショックを受けてるんだろ?」

「あ、えっと、そうじゃなくて」

 ミュウとの結婚が微妙な気持ちとは言えず慌てる。

「るいどさんのギターを聴いてたら、森の外にはもっと色んな音があるのかなって…ちょっと知りたくなった」

 ごまかすように出てきた言葉は、心の中で思っていた真実でもあった。

「そうだったのか。ふーむ、どうしたもんかねえ」

 ルイドがうーん…と頭を抱えていると、人影が近づいてきた。

 


 ――次回へ続く!


 ルシファーとの対バン(音楽バトル)どんな曲を想像しましたか?おすすめのメタルがあれば、ぜひ教えてください(*'▽'*)

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