第12話 汎用型

 金属が軋む。重力に逆らう音が爆ぜ、鉄骨の上から跳躍したギフトが戦場に降り立った。

 その姿は――エコー。

「分身に変身?聞いていた話と違んじゃない?」

 フォックスが剣を構えながら呟く。だが、その口調には愉悦が滲んでいた。

 同時に、施設の奥からもう一体のギフトが現れる。歪な人工骨格をまとい、人間だった痕跡をわずかに残した異形。目の奥で光るのは、理性ではなく、破壊の本能だった。

「二体で来るかよ……」

 ダイバーが小さく毒づく。

 次の瞬間、戦闘が始まった。

 最初に飛び出したのはビルド。大地を蹴り、鉄塊のような拳を振り抜く。

 だが、その拳は届かない。

 エコーの姿をしたギフトが、わずかに身を傾けただけで、ビルドの攻撃を空に返した。

 連撃。肘打ち、膝蹴り、旋回。だがその全てが、まるで動きを読まれているかのように捌かれていく。

「っ……全部、防がれてる!?」

 叫ぶ間もなく、逆に吹き飛ばされたビルドの体が地面を転がった。

 キャスターの支援射撃が間髪入れずに放たれる。高精度の連射。けれども――

「避けた……!?」

 エコー型ギフトの身体が、まるで時間の隙間を縫うように跳ね、滑り、全弾を回避する。射撃精度と知識、それを上回る“理解”がそこにあった。

 ダイバーが狙撃地点から支援を重ねる。狙い澄まされた一撃が人工骨格融合ギフトの側頭部を撃ち抜こうとするが――

「無理だ、躱される……!」

 回避。正確に射線を読み切り、ギフトは柱の影に滑り込んだ。

 ならばと、フォックスが突撃する。高速の斬撃が閃き、人工骨格を斬り裂いた。金属が軋み、赤黒い体液が噴き出す。

 だが――再生。

 裂けた肉が蠢き、刃が断ち切ったはずの箇所が見る間に修復されていく。

「ふふふ。冗談きついわねぇ……!」

 そのとき、戦場に重く低い足音が響いた。

「後退せよ」

 アルファの冷徹な声が響く。

 そして現れるのは、強化外骨格キャンサー――

 漆黒の機械鎧、両肩に展開するコンデンサと熱源冷却装置。前面からうねるように伸びた二本のマニピュレーターには、高出力の大口径自動小銃が装備されている。

「アルファ、出るのか……」

 キャスターが独りごちる。

 戦場が一変した。

 キャンサーの主砲が炸裂し、衝撃波が地面を削る。銃弾の炸裂が人工骨格融合ギフトを吹き飛ばし、その影を焼く。フォックスが後方へと退避し、ダイバーはその間に再装填。

 アルファが高火力の全てを解放する。装甲の熱量が上がり、駆動音が唸る。

「出力最大――制圧開始」

 だが、それでも――敵は倒れない。

 ギフトたちは傷つき、血を撒き散らしながらもなお、前進を止めなかった。まるで、記憶そのものが動いているかのように。

 アルファが決断する。冷静な思考のまま、最終手段を選択した。

「光学収束砲――チャージ開始」

 キャンサーの尻尾が反り返り、先端の収束レンズが起動する。蒼白い閃光が充填され、全エネルギーが一点へ集束する。次の瞬間、眩い閃光が戦場を切り裂いた。

 直撃。

 人工骨格融合ギフトが、爆風と共に蒸発した。骨も肉も残らず、熱と光に消えた。

 ――だが。

 まだ“エコーの姿をしたギフト”が残っていた。

 残骸の中をゆっくりと歩き出すその姿は、痛みも恐怖も持たず、ただ“観察者”のような目をしていた。

 そのときだった。

「……あれ? エコーが、いない?」

 ビルドが戦場を見回す。

 気づけば――

 本物のエコーが、どこにもいなかった。


 戦場に残ったのは、ただ一体――エコーの姿を模したギフト。

 再生能力を持つこの怪物は、蒸発した仲間を見ても微動だにしなかった。むしろ――笑っているようにすら見えた。

「……本物のエコーは、どこ行った?」

 キャスターも辺りを見渡す。アルファも、フォックスも、ダイバーも、誰もが同じ疑問を抱いていた。エコーは、どこにもいない。通信にも応答がない。あの蒸発の爆風に巻き込まれたわけではない。確かに、一瞬前までそこにいた。だが次の瞬間には、消えていた。

 違和感。

 それは視界だけでなく、気配すら消し去ったような完全な“喪失”だった。

「……光学迷彩外套か」

 アルファが低く呟いた。

「完全ステルスモード。なるほど、そういうことか」

「え? でもそんな作戦、聞いてないわよ」

 ビルドが戸惑う。

「私達に言ってなかったってことか……?」

 ダイバーの言葉が、皆の心に不安と混乱を広げていく。作戦を共有していないのは明らかに異常だった。

 そんな中――ギフトが動いた。テスターたちに向かって、ゆっくりと歩み寄る。

「……やるしかない」

 キャスターの呟きと共に、再び戦闘が始まった。全員が連携し、今度こそ“このエコーではない何か”を仕留める覚悟で挑む。

 だが、ギフトは強い。動きに迷いがなく、テスターたちの攻撃の癖を完全に把握しているかのようだった。

 刃が逸らされ、銃弾が躱され、拳が弾かれる。まるで――鏡と戦っているかのような錯覚に陥る。

 そしてその瞬間だった。

 「……いた」

 フォックスの背後、ギフトの影の中に、何かが“揺らいだ”。

 熱を帯びる気配。光の屈折。視界の違和感。

 次の瞬間、音もなくギフトの背後に影が現れる。

 ――エコー。

 金色の髪が風に靡き、拳を握ったまま一直線にギフトの後頭部を狙う。

「ッ……!」

 しかし、ギフトは振り返ることなく、肘を後ろへ突き出す。

 エコーの拳とギフトの肘が激突し、空気が裂けるような音が響いた。

 止められた――が、止まらない。

 エコーはそのまま前へ出る。再び拳。今度はギフトの脇腹へ。膝。足払い。肘打ち。

 ギフトと完全に互角の速度、精度、そして“格闘”――

「……え、嘘でしょ?……」

 ビルドが思わず呟いた。

 驚いたのはテスター全員だった。エコーは戦闘タイプではない。少なくともそう思っていた。射撃専門でもなければ、斬撃でも、格闘でもない。全員がそう思い込んでいた。

 だが。

「――エコーは、汎用型テスターだ」

 アルファの静かな声がそれを肯定した。

「特化ではない。だが、全ての基礎を“平均以上”に備えている」

 エコーは押し込む。打撃の連打。柔軟な動きと、迷いのない攻撃。戦いながら敵の癖を読み取り、動きの隙を突いていく。真っ向から、模倣体をねじ伏せていく。

 ギフトが吠える。だがそれすらも読んでいたかのように、エコーはわずかに体をひねり、回避しながら背後を取る。

 そのまま、両腕で首を掴み――

「……終われ」

 乾いた音が響いた。

 ギフトの首が、捻じ切られた。

 崩れ落ちるエコーの偽者、その頭部。静寂が、戦場を包む。

「……エコー、あなた……」

 フォックスが笑みを浮かべる。

 エコーは何も答えない。ただ、そっと肩の外套をなびかせ、ギフトの亡骸を一瞥する。

 その瞳に宿るのは、かつての自分自身だったものを、完全に否定するような――覚悟。

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