第11話 ギフト
静まり返った夜の都市。
壊れた舗装路の上を、六人の少女たちが無言の列をなして進んでいた。月光を反射する装甲や武器の金属面が、わずかに揺れ、沈黙に小さな音を落とす。
前衛に立つのはアルファ。
やや離れた位置に、エコーとフォックスが無言で並んでいた。
やがて、フォックスがぽつりと口を開く。
「ねぇ、覗き屋さん。貴女って、こういう直接戦闘に来るのって、けっこう珍しいわよね」
エコーは足を止めなかった。前を見つめたまま、小さく頷いた。
「……そうかもしれない」
フォックスが首を傾げる。ダイバーもそのやり取りに耳を傾けながら、視線をわずかに戻した。
「あんたのテスターとしての方針って、直接的な戦闘は“無駄”でしょ?格闘ちゃんとサブマシンガンちゃんの戦いも、スナイパーちゃんと化け物ちゃんとの戦いも、私と蠍ちゃんの戦いも、貴女自身は戦闘への介入に無関心だったじゃない」
その言葉に、エコーの肩が一瞬だけ揺れた。だが次の瞬間には、いつも通りの無機質な声が返ってきた。
「ギフト……あの個体には、確認すべき因子がある」
「因子?」とビルドが小声で繰り返す。
「あれはただの実験兵器のテスターじゃない。人の記憶、衝動、執着……その痕跡を宿している。私が解析した断片には、かつて失われた研究ログと酷似した波形があった」
エコーの声音には、かすかな怒りが混じっていた。理性に抑えられた熱。それが、ダイバーにはわかった。
「誰の研究?」
キャスターが問いかけた。だが、エコーは答えず、ただ前を見つめていた。
やがてアルファが振り返る。
「……ギフトの内部に、何か知っているものがあると?」
「知っているというより、“記憶されている”。それを見極めたいだけ」
それきり、エコーは黙った。フォックスもそれ以上は聞かなかった。代わりに、ダイバーが静かに口を開いた。
「エコーは、情報に価値がなければ動かない。でも今回は違った。……たぶん、個人的な意味があるんだろう」
エコーは何も言わなかったが、それを否定する様子もなかった。
数十メートル先、廃棄物処理施設の外壁が月光に浮かび上がる。無数の鉄骨が歪み、内部には黒い影が蠢いていた。
「間もなく目標地点だ。各自、準備」
アルファの指示に、少女たちは無言で頷いた。
施設外縁の影に身を沈め、アルファは腕のデバイスに指を滑らせる。各ユニットのセンサーリンクが一斉に接続され、仮想マップ上にチーム全員のポジションが表示された。
廃棄物処理施設――元は都市インフラの一部だった建築物。だが今では内部構造のほとんどが破損・改造され、何が巣食っているか分からない迷宮に成り果てている。
「接敵まで三十秒。ビルド、私の直衛で援護。キャスター、私をタンクにして中衛から制圧。ダイバー、狙撃ポイントを確認して移動。エコーは後衛で情報支援。フォックスは……ご自由に」
アルファの号令に、全員が短く応答した。
数秒後、静寂が破られた。
金属の擦れる音――それは施設の鉄骨内部から響いてくる。ギフトの気配が近い。機械的なセンサーにはノイズまじりの信号、しかし生体反応は検出できない。
「──来る」
最初に飛び出したのは、黒い影だった。元人間だったと思しき外殻と、人工骨格の融合体。二足歩行のまま突進してくる異形。姿を見せたその瞬間、ビルドが前に出た。
「交戦開始!」
ビルドのアームガードが衝撃を受け、重い金属音が響く。キャスターの射撃が間断なく敵を押し戻す。ダイバーはその隙を突いて側面へと走り込み、フォックスが逆方向から裏を取る。
動きは作戦通り。フォーメーションは正確。だが、エコーはその場にとどまったまま、視線をマップとは別の一点に注いでいた。
「……行動パターンが一致しない」
彼女の目に映るのは、戦闘している個体とは別方向から、施設の壁面に沿って接近してくる“異常”な熱源。ギフトではあるが、明らかに通常のものとは挙動が異なる。
アルファにデータリンクを送信する。
『別個体、戦線外より接近中……観察している?』
アルファの眉がわずかに動く。
「エコー、特定できるか?」
「行動パターン不定。定義外。……“知らない”……いや、“知り過ぎている”?」
そのとき、フォックスが一瞬だけ視線を逸らした。
「なんか、あれ……見てる?」
廃墟の高所、鉄骨の影。そこに佇む一体のギフト。戦わず、逃げず、ただ“こちら”をじっと見下ろしていた。
その視線は、明らかに“個”を識別していた。
まるで、観察対象の“記憶”を読み取るかのように。
「……作戦変更を要請。目標個体、情報優先で捕獲したい!」
エコーの声が、これまでになく明確に、感情を含んでいた。
だがその瞬間、その個体が突然動いた。跳躍。鉄骨から落下し戦場の中央へ、敵味方の間に降り立った。
キャスターとビルドが即座に照準を向けるが、アルファの制止が入る。
「待て。撃つな」
ギフトは誰にも攻撃せず、首を傾げながら一歩、また一歩と、まるで“思い出すように”歩き出す。
その姿は、
――エコーだった。
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