第9話 随伴歩兵

 光学ビーム砲の余熱がまだ尾を引いていた。焦げた地面からは煙が立ち昇り、焦土と化した市街地の一角に、コード・アルファ――強化外骨格キャンサーの搭乗者が佇んでいた。

 周囲にフォックスの姿はない。やつは“去った”のだ。あるいは、“飽いた”のか。

 アルファは冷却機構の作動音を聞きながら、投影視覚情報越しに周辺の状況を探った。が、その意識が何かに引き寄せられる。

 ――足音。二つ。それも、隠す気はない。

「……そろって現れるか」

 アルファの独白に、通信が割り込んだ。

《戦闘の意思なし。敵意表示もなし。コード・ビルド、及びコード・キャスターと思われるテスターの接近を確認。折衝行動と思われる》

 専属オペレーター・アダムが淡々と報告を始める。


 瓦礫の向こうから、真っ先に姿を現したのはビルドだった。

 泥まみれ戦闘コンバットスーツの下から汗を滲ませながら、それでも真っ直ぐな足取りでアルファへと歩み寄る。

「やあ、蠍女。ちょっと話がある」

 その言葉と同時に、背後から続いて現れたのはキャスターだった。サブマシンガンを肩に担ぎ、一定の距離を保ちながら無言で立ち止まる。

「……随分と呑気な相対だな」

 アルファの機械化された声が、キャンサーの外部スピーカーを通じて響く。

「呑気じゃない」

 キャスターが初めて口を開く。「分析しただけ。貴女にも、フォックスにも、私たちは勝てない。それだけの話よ」

「私の拳じゃ、フォックスの金属は割れないし、貴女の《走行戦車》にも傷一つつけられない。であれば――」

 ビルドが言葉を継ぐ。「後ろに付いて、随伴歩兵として生き延びた方が合理的ってわけ」

 沈黙。アルファはそのまま二人を見据える。

 何の感情もない冷ややかな視線。いや、視線ですらない。計算だ。

「随伴兵とは聞き捨てならない。戦力評価によっては即時排除対象だ」

 アルファが告げると、キャスターがすぐ応じる。

「それも想定済み。排除されるリスクを冒してでも、付いていく価値があると判断した。それだけ」

「私もだ。正直、つるむのは好きじゃない……けど、死ぬのはもっと嫌」

 ビルドは顔をしかめるように言った。

 キャンサーの外装が一瞬だけ動いた。機体の識別プログラムが二人の生体信号を登録したことを示す、微細な反応。

 アルファは数秒の沈黙の後、低く言い放った。

「好きにしろ。ただし、命令違反と足手まといは一度きりだ。二度目は、切る」

 ビルドはにやりと笑い、キャスターは淡々と頷いた。

 この即席の三人組は、信頼によって繋がったわけではない。

 ただ“生存の確率”という冷徹な計算式によって結ばれただけだ。

 だが、それだけで十分だった。

「……ならさっそく、あそこに転がっているケアパッケージの中身を確認しよう」

 アルファの言葉に、二人の視線が同時にアルファの指さす交差点の中央に向かう。


 焼けた市街地を抜け、三人の影が瓦礫の隙間を縫って進んでいた。先頭にはキャンサーの巨体。鋼鉄の装甲を纏い、冷却ファンの作動音を鳴らしながら、コード・アルファが進路を拓いていく。

「――で、貴女達の兵装についての詳細を明かせ。随伴を認めるかどうかの判断は、最終的にはそれからだ」

 鋭く発せられたアルファの言葉に、キャスターが淡々と応じた。

「私の兵装は、自動装填サブマシンガンとリボルバー。技術的な説明は省くが要するに残弾という概念がないと思ってもらって構わない。加えて射撃精度の補正と、反動制御が搭載されている」

 キャスターは無機質な口調で言う。

「火力と継戦能力……悪くはない」

 アルファが即座に評価を下すと、キャスターは何も言わずに頷いた。

 一方で、ビルドはというと――

「私のはシンプル。強化スーツによる身体能力向上……まあ、一言でいえば『殴る』『蹴る』専用ね」

 アルファの動きが一瞬止まった。続く言葉は、冷徹な拒絶だった。

「不要だ。火器も範囲攻撃も持たないなら、戦術上の価値は低い。随伴の意義がない」

「ちょっとちょっと、待ってよ!私の拳の威力を見れば、考えも変わるって!」

「戦力価値は情緒で覆らない」

 キャンサーのセンサーがビルドの脇を冷たく通過する。

 だがその後ろから追いついてきたビルドが、地面に寝転がってわざと大げさにジタバタと足を動かし始めた。

「ねぇー頼むってぇー! せっかく三人で一緒にご飯まで食べる仲になれそうだったのにぃー!このまま追い払われたら、私、泣くかもしれない!」

 アルファの動作が明らかに一瞬、止まる。

 キャスターが無言で、ビルドに無表情のままスリッパで叩くような眼差しを向けた。

「…………」

 数秒の沈黙ののち、キャンサーの排熱口からため息のような蒸気が噴き出る。

 そしてアルファは手の持っていた自分用の自動小銃を、ビルドに投げて寄越した。

「私の自動小銃だ、使え。その戦闘コンバットスーツは防弾性能も優れているんだろう?であれば前衛でタンクを務めろ。それで随伴を許可する。ただし足を引っ張れば排除する」

 それは、根負けの表明だった。

「おっしゃああああ!」

 ビルドが拳を突き上げ、勝手に祝杯を挙げた。


 やがて、三人は市街地を抜けた小さな廃墟ビルの屋上へと到達する。ケアパッケージから回収した軍用携行食が並べられ、風の音と共に束の間の静寂が訪れた。

「ラットレーション、チキン風味……『風味』ってなんだよ……」

 ビルドが開けたパッケージを見ながら顔をしかめた。

「飢え死ぬよりはマシでしょ」

 キャスターはスプーンを口に運びながら淡々と言い放つ。

「私は栄養計算しか見ていない。味の評価は行っていない」

 アルファの声が返ってくる。

「つまんないやつらだな……」

 そうこぼしたビルドも、最終的には咀嚼音を立てながら黙々と食べ始めた。

 瓦礫と静寂の中、銃声のない月明りの下。

 戦場の片隅で、奇妙な均衡を保った三人のテスターが、束の間の“人間らしさ”を共有していた。

 それは戦闘とは無縁の、ほんのわずかな、仮初めの平穏だった。


 夕闇が戦場を覆い始め、気温が緩やかに下がってゆく。廃ビルの屋上、空になった携行食のパッケージを脇に寄せ、三人のテスターが腰を下ろす。キャンサーの胸部ハッチが開かれ、アルファがその中から身を現すと、彼女の視線がスマートウォッチに落とされた。

「これより戦略会議を開始する。各オペレーター、通信を接続しろ」

《了解。こちらアダム。ブリーフィング回線、オープン》

《ブラボー、聞こえている。今日の夕食は塩分過多だったようで》

《こちらチャーリー。接続確認。キャスターは無口な部類ですが、的確な判断能力を要しています。ぜひ酷使してあげてください》

 三者三様の応答が返るなか、ビルドが腕を組みながら口を開く。

「本題に入りましょう。あのフォックスって奴、アレは本物の化け物ね。戦う動機が理屈じゃない。殺すこと自体が目的なんでしょう?」

 キャスターが頷き、低い声で付け加える。

「戦術的思考が読みづらい。目的も規則性もない。フォックスは兵士ではなく、災害に近い」

 アルファが小さくうなずく。

「同感。排除は困難を極める。あの流体金属兵装、ただの近接武器ではない。防御にも展開されていた」

《つまり……現時点でフォックスに対して有効な手段を持つ者はいない、ということですね》

 ブラボーが冷ややかに言い放つ。

《実際に戦ったアルファを基準とするならば、ですが》

 と、アダムが言う。

 次にチャーリーが口を開く。

《フォックスの異常性は全員が認識。だが、現在我々が警戒すべき敵は他にもいる》

「……テスターは計七人。残りは三人。一人は恐らく狙撃特化のダイバー。もう一人は汎用型のエコー。最後の一人は……ギフトだったらちょっとまずいな」

 その名が出た瞬間、空を横切る機影に三人の視線が揃った。

「ドローン……?」

 ビルドが身構え、キャスターが即座にサブマシンガンのセーフティを解除する。

「排除する」

 キャスターの無機質な声とともに銃口が向けられた。

 だが、その直前――

『ちょっと待て。私は敵じゃない』

 ドローンから発せられた少女の声に、全員の動きが止まった。

『私はコード・ダイバー。私は現在、敵性対象コード・ギフトの討伐に協力者を求めている』

「随分と一方的な申し出だな」

 アルファが目を細めた。

『戦う意志があるのなら、それで充分。私は今、驚異的な能力を持つギフトに対して単独での討伐に限界を感じてる。貴方たち三人が協力してくれるなら、撃破できる可能性はある』

 ドローンのスピーカー越しの声は冷静だったが、どこか焦燥の色が混じっていた。

「驚異的な能力って?」

 ビルドが呑気に訊ねた。

『……ギフトの能力は肉体再生だ。しかもただ再生されるだけじゃない。再生のたびに“強化”される。次に会ったとき、私はもう通用しないかもしれない』

「なるほど」

 キャスターが分析的に言う。

「その情報が正しければ、ギフトの存在は戦術兵器級。圧倒的火力の集中によって破壊するほかない。共闘の価値はある」

 ビルドが腕を組み直し、アルファに視線を向ける。

「どうする?悪くない条件だと思うけど」

 アルファは数秒、無言で考えた後、静かに応えた。

「共同戦線は一時的に有効だ。ただし、行動方針は我々が握る。合流地点を指定する」

『了解。後ほど、座標を送信する。準備が整い次第、そちらに向かう』

 通信が途切れると同時に、ドローンはくるりと旋回し、音もなく夜空へと飛び去っていった。

「――賑やかになってきたわね」

 ビルドが冗談めかして言う。

 だが誰一人、笑わなかった。

 戦場の夜に鳴る風の音が、次なる殺戮の訪れを告げているかのようだった。

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