第3話 ビルドとキャスター

「……なんで、そんなに避けられる?」


 銀髪銀眼の少女、キャスターは、ガスマスクとニット帽のせいで顔の大半を覆い隠されていた。戦闘用ジャケットに身を包み、その細身の身体からは想像し難い火力を手にしていた。彼女は、銃火器開発部門通常兵器課と特殊技能研究部門が共同で開発した、《次元転送型自動装填銃オートリロードガン》の実戦テストを任されたテスターである。

 しかし今、この無人島での目覚め直後に邂逅した敵は、彼女にとってあまりにも「異常」だった。

 弾が、当たらない。

 キャスターは射撃戦に特化した「コードC」系統の調整を受けたテスターだ。命中精度と火力に絶対の自信を持っていた。だが今、その矜持は音を立てて崩れていた。恐怖にも似た焦燥が胸を焼いた。


「……なんで、リロードしないの……?」


 戦場を舞う茶髪の少女。左右非対称に束ねたサイドテールと同色の瞳。全身をコンバットスーツで覆ったその肉体は、極限まで研ぎ澄まされていた。ビルド。支援兵装開発部門コンバットスーツ課が開発した《身体能力向上アドバンスドスーツ》の実験体であり、彼女もまたこの地に放たれたテスターであった。

 彼女が今、覚醒直後に接敵した相手──キャスター──に抱いた感情は、やはり「異常」だった。

 弾を……再装填しない。

 格闘戦に最適化された「コードB」系統のビルドにとって、銃撃戦における最大の好機はリロードの隙である。そこを狙えなければ、不利は免れない。眼前の敵は、その隙を一切見せなかった。


 結果として、双方の口をついて出たのは本音の一言だった。

「なんであんた、そんなに連射してんのにリロードしないわけ!?」

「それはこっちの台詞よ!あんた、どんだけ避けんの!?常識外れにも程があるでしょ!」


 言葉の応酬とともに、再び弾幕が走る。キャスターのサブマシンガンが火を噴き、ビルドはその銃撃を文字通り紙一重で躱す。

 キャスターは装填の手間を必要としない。使用する自動装填銃は、弾倉の残弾がゼロになった瞬間、次元転送により即座に新たな弾丸をチャージする構造だった。

 一方のビルドは、戦闘用スーツによって全身の身体能力が人間の限界を遥かに超えて引き上げられていた。弾道演算、動体視力、神経反射、筋力制御。あらゆる処理が脳内で即時になされ、身体はそれに追従していた。

 銃弾と回避、怒号と呼吸音。それらが渾然一体となって空間を支配する中──

 二人はそれぞれ、己がこの島で「目覚めた」瞬間を思い出していた。


 キャスターが意識を取り戻したのは、鬱蒼とした森に隠された洞窟の中だった。周囲の薄闇に警戒しつつ、自らの装備に目をやる。着用していたのは見慣れた戦闘ジャケットとニット帽、それにガスマスク。最低限の安心感を得た彼女は、左腕に装着されたスマートウォッチを確認し、即座に通信を開始した。

「コード・キャスター、自己覚醒を確認。以降の行動指針を求む。応答せよ、担当オペレーター」

《おはようございます、キャスター。こちら担当オペレーター、チャーリー。まずは指示通り、洞窟内部に設置されている武装を回収して下さい。対象はサブマシンガンとリボルバーの二点です》

「了解、指示を受領。即時行動に移る」

 洞窟を数十メートル進むと、指定された座標に武器が無造作に置かれていた。キャスターは慎重に両者を手に取り、銃身と照準器を確認する。

「チャーリー、対象二種を確保。性能の説明を求む」

 一拍の間を置き、チャーリーの声が返ってくる。ただし、質問という形で。

《了解。ただ一つ、確認したい。君はその形式の銃器を見るのは初めてですか?》

「形式に関する情報は不明。初見であることは間違いない」

《了解。それでは、説明に入ります……》

 かくしてキャスターは、自身に支給された二挺の銃が、銃弾を次元転送により自動供給する「自動装填銃」であることを知ることとなった。銃撃戦に最適化された自身の仕様を踏まえれば、まさに理想的な兵器であると言えた。

 ——だが、気がかりが一点あった。

「チャーリー、質問」

《どうぞ》

「この転送装置、構造的な弱点は存在しないのか? 供給弾数が無制限でないこと、銃本体の破壊で機能停止することは理解している。その上で問いたい。この根幹機能に潜在的な欠陥は?」

《……その点について、私は中立の立場です。テスターである君自身が、その問いへの答えを実戦の中で見出すべきでしょう。私が提供できるのは、与えられた兵装の運用情報と、サバイバルにおける最低限の補助のみです》

「了解。ならば、まずは洞窟の外で試射と行こう」

 そう言ってキャスターが出口へ向かった、その瞬間だった。

《キャスター、待って!》

 チャーリーの警告と同時に、洞窟の出入口から明確な殺気。キャスターは躊躇なく、構えたサブマシンガンの引き金を引いた。

「い、いきなり撃つなってばッ!」

 女の声が響いた。

「先制攻撃は、ガンインセクトの鉄則でしょ!」


 ビルドが意識を取り戻したのは、森の奥深く、枝にぶら下がるパラシュートの中だった。吊るされた状態で目覚めた彼女は、状況の把握より先に、己の間抜けな姿に軽い自己嫌悪を覚える。パラシュートを切り離せば、当然のように地面へ落下し、土と枯葉の匂いを肺に吸い込んだ。誰にも見られていないことだけが救いだった。

 だが、衝撃と同時に記憶が断片的に蘇る。自らの任務と役割。脳裏に灯ったその断片を確かめるように、左腕のスマートウォッチに手を添える。

「こちらコード・ビルド。オペレーター、応答願う」

《はいはい、こちらブラボー。空挺降下のスリルはご満喫いただけましたか、ビルド》

「いや、ありがたくも調整のおかげで記憶は飛んでるみたいなんでね。で、武器の支給は?」

《もう装備済みですよ、ビルド》

「いや装備済みって、具体的にどこに? 武器の所在を訊いてるんだけど」

《ですから、あなたに支給された実験兵装は、今まさにあなたの身に纏われています》

「――着てる?」

 訝しむように視線を下ろすと、そこにあったのは完全武装の戦闘装備だった。全身を包むボディスーツ、その上に装着されたチェストアーマー、ショルダーガード、ウェストガード、ニーパッド、エルボーガード。手足にはコンバットグローブとブーツ。自分がまさしく一兵士であると痛感させる構成だ。

「……まったく、こういう手回しはいつだってそっちの得意分野だったな」

《ご自由にご想像ください。ところでそのスーツに関して、今回はどの程度、記憶が戻っていますか?》

「断片的だな。このスーツの存在は知ってる気がする。けど中身の性能や仕様まではサッパリってとこ。まあ、またそういう実験なんでしょ?」

《ご自由にご想像ください。それでは、あなたが現在着用している身体能力向上アドバンスドスーツの性能について、概要を説明しましょう……》

 説明を受けたビルドは、自身が格闘戦に特化したテスターであることを再確認し、この装備がその任務における最適解であることを理解した。

 ――のだが。

「なあ、ブラボー。ひとつ確認したいことがある」

《どうぞ、ビルド》

「……あまりにも、接近戦特化しすぎじゃなし? ピストルの一丁ぐらい、あってもよかったんじゃ?」

《ビルド、あなたの配属先は“支援兵装開発部門・コンバットスーツ課”。この点をどう受け取るかは……お任せします》

「……だろうと思ったよ、ほんとにもう」

 苦笑混じりに呟きながら、ビルドは自然と森の一方向へ歩を進めていた。理由は明確ではなかったが、なぜかその方角に“何か”を感じた。感覚が研ぎ澄まされている――それがスーツの強化効果によるものだと、彼女自身が最もよく理解していた。

 やがて、森の先にぽっかりと口を開ける洞窟を発見する。警戒しながらその入口を覗いた次の瞬間――。

 銃声。咄嗟に飛び退きながら叫ぶ。

「い、いきなり撃つなってばッ!」

 その返答は、女の鋭い声だった。

「先制攻撃は、ガンインセクトの鉄則でしょ!」

 反射的に距離を取りつつ、ビルドは走る。だが、相手は執拗に追ってくる。攻撃の手を一切緩めず、撃って、撃って、また撃つ。銃弾の間隙すら存在しない。異常だった。

 ――リロードの隙が、ない。

 まともな銃撃戦であれば必ず存在する“間”が、この相手には一切なかった。

 それが、ビルドにとってこの戦いの最初の“恐怖”であり――交戦状態に突入するまでの導入でもあった。


 キャスターは、交戦相手に関してある疑念を抱き始めていた。

「……あいつ、武器を持ってない?」

 こちらの銃撃を回避する反応速度は尋常ではなかった。しかも、リロードの必要がない弾幕を避け続けている。だが、そこまでの機動力を備えていながら、反撃らしい反撃は皆無。つまり、あの実験兵器――あの女の能力は、恐らく身体能力の強化特化型だ。知覚強化による弾道認識と反応、そして運動性能の底上げ。それに、銃火器を携行していないという事実は、相手が近接格闘を主戦とするテスターである可能性を裏付けていた。

 加えて――全弾を完璧に回避しているわけではない。いくつかの手応えから、銃弾は掠めている。つまり、押し切れる可能性はある。攻め手は――さらに距離を詰めること。

 キャスターがそう判断し、前進に転じようとした瞬間だった。視界の端で何かが閃いた。

 太い木の枝が飛来し、キャスターの目前をかすめた。

 反射的に回避行動を取ったが、体勢が大きく崩れ、銃口は無意識のうちに目標から逸れていた。


 一方、ビルドもまた、相手の挙動から一点の異変を察知していた。

「無限に撃ってくると思ってたけど……50発ごとに、微細なラグがある?」

 それがキャスターのサブマシンガンに内蔵された次元転送装置の隙だった。最大装填数50。全弾発射と同時に、新たな50発が時空転送により自動装填される――理論上は完全な連射機構。しかし、その"切り替え"の瞬間に、ほんの一拍、通常なら知覚できないほどのラグが発生する。それを、強化知覚を持つビルドは見逃さなかった。

 ビルドは逃走中に回収していた木の枝を、その瞬間に投擲した。狙いは正確だった。キャスターは虚を突かれ、反応を誤った。

 そして、決定的な一手。

 ビルドは身体能力向上アドバンスドスーツの出力を最大に引き上げ、地を蹴った。

 瞬間、音もなく、その場から姿を消す。

 ──撤退。


「……はぁ?」

 キャスターは呆然と、その場に立ち尽くした。

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