第43話 再会
猫島に降り立った時、空はすでに深い茜色に染まっていました。潮の香りが、どこか懐かしいような、それでいて物寂しいような空気を運んできます。満月の静けさが、島全体を優しく包み込んでいるようでした。細い路地を抜けるたびに、様々な模様や色の猫たちが現れては消えていきます。中には、警戒心なく貞子の足元に擦り寄ってくる猫もいて、思わず足を止めてしまいます。その温かい体温を感じると、心がほんの少しだけ和らぎました。貞子が井戸へと続く小道を歩き始めると、まるで何かを感じ取ったかのように、一匹、また一匹と姿を消していきました。残されたのは、夕闇に包まれた静寂と、貞子の足音だけです。
古びた井戸は、ひっそりと森の中に佇んでいました。蔦が絡まり、長い年月を感じさせるその姿は、貞子の記憶の中のそれと寸分変わりません。まさか、再びこの場所に戻ってくるとは思ってもいませんでした。井戸の縁に近づき、そっと手を置きました。ひんやりとした石の感触が、過去の記憶を呼び覚ますようです。深く暗い井戸の中を覗き込むと、底は見えず、ただ 静寂だけが立ち込めていました。
(ここが、全ての始まり…)
あの忌まわしい記憶、憎しみ、絶望。それらがこの場所から生まれたのだと思うと、胸の奥が 狂気で満たされます。それでも、今の自分はもう違う。たくさんの出会いがあり、温かい感情を知った。あの時のままの自分ではない。
夕焼けが空を染め始め、あたりは薄暗くなってきました。遠くで猫の鳴き声が聞こえます。静寂の中、貞子は一人、井戸の淵に佇み、過去の自分と向き合っていました。葛藤、迷い、そして、過去の自分と決別するという強い決意。様々な感情が、胸の中で渦巻いていました。
どれくらいの時間が経ったでしょうか。背後から、ふと優しい女性の声が聞こえました。「おかえりなさい」
その声に、導かれるように、貞子はゆっくりと振り返った。
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