第42話 それぞれの戦い
舞子と栞は、博多湾の封印の核に、慎重に、そして丁寧に力を注ぎ込んでいました。しかし、長年の歪みは深く、なかなかその輝きを取り戻しません。舞子の額には汗が滲み、栞も固唾を飲んでその様子を見守っています。「まだ…少し時間がかかりそうだね」舞子は、疲労の色を滲ませながらそう呟きました。
「大丈夫、舞子姉ちゃん。私も一緒に頑張る」栞は、姉の背中にそっと手を添えます。二人の間には、言葉はなくとも強い絆が通い合っていました。それでも、遠く離れた場所で一人で戦おうとしている貞子のことが、二人の心には常に引っかかっていました。
「早く、ここを安定させて、貞子のところへ行かなきゃ…」舞子の声には、焦燥の色が滲んでいます。あの時、白いワンピースにまとわりつく不吉な影を見た時から、胸騒ぎが止まらないのです。
一方、貞子を乗せたフェリーは、ゆっくりと猫島へと近づいていました。甲板で海風に吹かれながら、貞子は遠ざかる博多の街並みを眺めています。故郷の穏やかな海が広がるにつれて、心の奥底に沈んでいた様々な感情が、ゆっくりと湧き上がってきました。
(本当に、これで終わりになるのかな…)
抜け殻は、確かに自分の一部だった。楽しかった記憶、悲しかった出来事、誰かを大切に思った感情…それらは全て、今の「貞子」という存在を形作っているかけがえのないもの。それを手放すことは、自分自身の一部を失うことと同じなのではないか。そんな迷いが、ふとした瞬間に心をよぎります。
(でも、あの時の奈緒ちゃんの苦しみは…もう二度と繰り返させたくない)
サービスエリアで見た、抜け殻に操られ、冷たい光を宿した奈緒の瞳が、まぶたの裏に焼き付いて離れません。あの痛みを終わらせるためには、根源を断ち切るしかない。舞子の警告も、胸に重くのしかかっています。
猫島が、その姿を現し始めました。港の周りには、たくさんの猫たちが思い思いの場所に寝そべり、のんびりとした空気が流れています。その穏やかな光景が、逆に貞子の心に複雑な感情を呼び起こしました。
(私は、何と戦っているんだろう?本当に、この選択は正しいんだろうか…)
葛藤と決意の間で、貞子の心は揺れ動いていました。それでも、彼女の足は、一歩ずつ猫島の地を踏みしめています。全ては、あの古びた井戸から始まった。ならば、そこで決着をつけるしかない。そう信じることで、辛うじて心の均衡を保っているのでした。
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