第17話 共鳴する感情
大島で伝承を追う舞子と栞は、日没が迫る中、島の北端にある小さな岬に辿り着いた。断崖の下には荒々しい波が打ち寄せ、吹き付ける潮風が、太古からの記憶を運んでくるようだった。
「ここが…何か言い伝えのある場所なの?」
栞が、身をすくめながら尋ねた。
舞子は、村田から聞いた話を思い返していた。「ええ。昔、この岬の先端で、巫女たちが海に向かって祈りを捧げていたらしいの。そして、満月の夜には、特別な儀式が行われていたとか…」
その時、舞子はふと、胸に奇妙なざわつきを感じた。遠い記憶の断片のような、悲しくも懐かしい感情が、心の奥底から湧き上がってくる。それは、かつての巫女たちの祈りの残響なのだろうか。
一方、出雲大社で文献を調べていた鳴海は、古い書物の中に、「黄泉比良坂」という言葉を見つけた。それは、生者と死者の境界を意味し、古代の神話にも登場する場所だった。
(もしかしたら、『海門』とは、単なる場所の名前ではなく、そのような境界を指す言葉なのかもしれない…)
鳴海は、その可能性に胸が高鳴るのを感じた。もしそうなら、具体的な場所を探すよりも、そのような境界に通じる場所を探す方が、手がかりになるかもしれない。
その頃、サービスエリアを彷徨っていた奈緒は、微かな感情の残滓を辿るうちに、人気のない駐車場の一角に辿り着いていた。そこで、彼女は息を呑んだ。
アスファルトの上に、まるで抜け殻のように、黒い靄のようなものが揺らめいていたのだ。それは、奈緒が感じていた悲しい感情の源であり、貞子から分離した影そのものだった。
影は、意思を持っているかのように、ゆっくりと奈緒の方を向いた。その中心には、空虚でありながらも、どこか痛切な光を宿した瞳のようなものが、ぼんやりと浮かび上がっていた。
奈緒は、恐怖よりも先に、深い悲しみを感じた。それは、まるで自分自身の孤独な感情が、形になったようだった。
「あなたは…」
奈緒は、震える声で問いかけた。「貞子さんの…影なの?」
影は、何も答えない。ただ、その空虚な瞳で、じっと奈緒を見つめている。しかし、その奥には、確かに何かを訴えかけようとするような、切実な感情が感じられた。
その時、奈緒は、自分の心の奥底に眠っていた、暗い記憶の歪みが、静かに共鳴し始めるのを感じた。誰にも理解されなかった苦しみ、押し殺してきた感情の奔流。それらが、目の前の影の存在を通して、鮮やかに蘇ってくる。
(私も…あなたと同じだったのかもしれない…誰にも理解されず、ただ、そこにいるだけの…)
奈緒は、無意識のうちに、その影に向かって手を伸ばそうとした。その瞬間、彼女の脳裏に、姉・鳴海の心配そうな表情がよぎった。
一方、博多のカフェ海猫亭では、貞子が閉店後の店内で、一人洗い物をしていた。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った店内で、彼女は、ふとした瞬間に感じる、奇妙な感覚に戸惑っていた。
(また…あの黒い影の夢を見たような…)
それは、夢というよりも、もっとリアルな感触だった。何か大切なものが、自分の中から抜け落ちてしまったような、言いようのない喪失感。そして、遠い場所で、誰かが悲しんでいるような、そんな気がしてならなかった。
その時、貞子はふと、サービスエリアで声をかけてきた女性のことを思い出した。黒い影のようなものが見えた、と彼女は言っていた。そして、「その先に進んではなりません」と忠告されたような気がするのだが、記憶が曖昧で、はっきりと思い出せない。
それぞれの場所で、それぞれの感情が交錯し、それぞれの探索が、静かに続いていた。失われた記憶、共鳴する孤独、そして、近づきつつあるであろう再会への予感。それらは、やがて、大きな運命のうねりとなって、彼女たちを飲み込んでいくことになるだろう。
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