第18話 託された願い
大島の岬で、舞子は海を見つめながら、胸のざわつきの正体を探っていた。それは、遠い巫女たちの記憶の残響であると同時に、もう一つの強い感情の波が、確かに自分に向かって来ていることを感じ取っていた。それは、切実な願い、助けを求める叫びのようなものだった。
(貞子さん…あなたも、私と同じように、何かを感じているのね…)
舞子は、その微かな繋がりに気づいた。サービスエリアでの、あの不安定な影。そして、今、確かに感じられる、自分を求める強い想い。貞子は、自分に会いたがっている。そう確信した。
しかし、今、舞子は動くべきではないと感じていた。まだ、状況が完全に把握できていない。あの影が分離した理由、そして、その先に何があるのか。焦って接触することは、かえって事態を悪化させるかもしれない。
「栞」
舞子は、隣で静かに海を見つめている妹に声をかけた。「少し、お願いがあるの」
栞は、不思議そうな顔で姉を見つめた。「何、お姉ちゃん?」
舞子は、懐から一枚の便箋を取り出し、筆を走らせ始めた。言葉を選びながら、ゆっくりと、しかし丁寧に、自分の想いを綴っていく。それは、まだ見ぬ仲間である貞子への、切実な願いだった。
「これを…博多にいる貞子さんに届けてほしいの」
舞子は、書き終えた手紙を栞に手渡した。
栞は、驚いた表情で手紙を受け取った。「私が?でも、お姉ちゃんは一緒に行かないの?」
舞子は、優しく首を横に振った。「今は、まだ動けないの。でも、貞子さんには、私たちの気持ちを伝えたい。そして、もし彼女が困っているなら、手を差し伸べたいと伝えたいの」
「分かった」
栞は、姉の真剣な眼差しを受け止め、力強く頷いた。「私にできることなら、何でもするよ」
舞子は、栞の小さな手を握りしめた。「ありがとう、栞。あなたなら、きっと大丈夫。この手紙を、心を込めて届けてあげて」
翌朝、栞は一人、大島の港から博多行きのフェリーに乗り込んだ。姉の託した手紙を胸に抱きしめ、少し不安げながらも、使命感を帯びた表情をしていた。
舞子は、島の桟橋から、小さくなっていくフェリーを見送っていた。妹の背中には、自分の願いと、まだ見ぬ仲間への希望が託されている。遠い博多の空の下で、貞子は今、何を感じているのだろうか。そして、栞の言葉は、彼女の心に届くのだろうか。
舞子は、再び岬の先端へと向かった。荒々しい波の音を聞きながら、彼女は静かに目を閉じた。遠い海を隔てていても、確かに繋がっている、もう一つの魂の存在を感じながら。今できることは、栞を信じ、そして、この地で「海門」に関する情報を集めることだけだった。
それぞれの想いを胸に、舞子と栞は、別々の道を歩み始めた。それは、まだ見ぬ未来へと続く、長く険しい道のりの、始まりの合図だった。
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