第16話 それぞれの探索
翌朝、大島は穏やかな陽光に包まれていた。舞子と栞は、村田に教えてもらった古い伝承が残るという場所を訪ね歩いていた。寂れた漁村、苔むした古井戸、忘れ去られた小さな祠。かつてこの島で語られていたであろう、海門や巫女に関する断片的な情報を集めようとしていた。
「何か、手がかりは見つかりそう?」
栞が、疲れた表情で尋ねた。
舞子は、手にした古いメモを見返しながら首を振った。「まだ、はっきりとしたものは…。でも、いくつか気になる話は聞けたわ。昔、この島には特別な力を持つ女性たちがいて、海を鎮める儀式をしていたとか…」
「それって、羽田の巫女のことかな?」
栞の問いに、舞子は頷いた。「おそらくね。そして、その儀式が途絶えた後に、災いが起こったという言い伝えも残っているの」
二人は、言葉少なに歩き続けた。舞子の心には、サービスエリアで見た、貞子から分離した影のことが常に引っかかっていた。あれは一体何だったのか。なぜ、あのような形で分離してしまったのか。そして、自分が無意識に告げた「その先に進んではなりません」という言葉の意味は何だったのか。
一方、夜通し車を走らせた鳴海と奈緒は、出雲大社へと向かっていた。鳴海は、古文書や文献を求めて、県立図書館へと向かおうとしていたが、奈緒はどこか上の空だった。
「奈緒、どこか気になる場所でもあるの?」
運転しながら、鳴海は妹に声をかけた。
奈緒は、窓の外をぼんやりと眺めていた。「別に…ただ、少し疲れただけよ」
しかし、その瞳の奥には、昨夜からの憂いが深く沈んでいた。サービスエリアで見た、あの抜け殻の姿が、どうしても頭から離れない。あの空虚な瞳、冷たい気配。それは、奈緒自身の心の奥底に潜む、誰にも理解されない孤独と、どこか共鳴するような気がしてならなかった。
(あの抜け殻は、今、どうしているだろうか…。どこへ向かい、何を求めているのだろうか…)
図書館に到着しても、奈緒の心は落ち着かなかった。古文書の文字が目に飛び込んでくるものの、内容はなかなか頭に入ってこない。彼女の意識は、常にあの彷徨う影へと向かっていた。
「奈緒、何か気になることでも?」
鳴海が、心配そうに声をかけた。
奈緒は、ハッとして顔を上げた。「ごめん、少しぼんやりしていたわ。何か分かった?」
鳴海は、数枚の古文書のコピーを手に取った。「いくつか、『海門』らしき場所についての記述は見つけたわ。強い霊力を持つ山や、禁足地として扱われている森…でも、具体的な場所までは特定できないの」
「そう…」
奈緒の返事は、どこか上の空だった。彼女の心は、古文書よりも、あの抜け殻の存在へと強く惹かれていた。もし、あれが本当にただの記憶の残滓ではないとしたら?もし、何かを訴えかけようとしているとしたら?
その日の午後、舞子と栞は、島の古老と呼ばれる人物を訪ね歩いていた。長年この島に住む老人は、昔から伝わる様々な言い伝えを知っていた。
「ああ…海を鎮める巫女様の話かの。ずいぶんと昔のことじゃからのう…」
老人は、遠い目をしながら語り始めた。「その巫女様がおられなくなってから、海は荒れ、島には災いが続いたと聞く。そして、時折、海の底から恐ろしい声が聞こえてくるようになったとか…」
「海の底から、恐ろしい声…?」
舞子は、その言葉に引っかかりを覚えた。それは、かつての貞子の怨念と関係があるのだろうか。
一方、奈緒は、鳴海に別れを告げ、一人でサービスエリアへと向かっていた。昨夜、あの抜け殻を感じた場所。もう一度、そこへ行けば、何かを感じ取れるかもしれないと思ったのだ。
サービスエリアに到着した奈緒は、ゆっくりと辺りを見回した。昼間の喧騒の中、昨夜の冷たい気配は感じられない。しかし、奈緒は確かに、この場所に何か特別な力が残っているのを感じていた。
目を閉じ、意識を集中させる。すると、微かに、悲しい、卑屈な感情の波が伝わってくるような気がした。それは、まるで置き去りにされた、誰かの痛切な叫びのようだった。
(ここに…まだ、何かいる…)
奈緒は、その声のする方へと、ゆっくりと歩き出した。彼女の心は、あの抜け殻が抱えるであろう悲しみに、深く共鳴していた。そして、その先に、自分が探している何かが隠されているような、そんな予感がしていた。
それぞれの場所で、それぞれの想いを抱きながら、舞子、栞、鳴海、そして奈緒は、見えない糸で繋がれたように、それぞれの探索を続けていた。しかし、彼女らがまだ知らないところで、事態は静かに、しかし確実に、新たな局面を迎えようとしていた。
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