第13話 故郷
村田に再会し、温かい言葉をかけてもらった舞子は、込み上げてくる感情を抑えながら、ゆっくりと顔を上げた。「村田さん、実は…少しお話がありまして」
村田は、舞子の真剣な表情を察し、優しく頷いた。「ええ、もちろんです。さ、こちらへどうぞ。茶でも飲みながら、ゆっくり話しましょう」
村田に案内され、神社の奥にある静かな茶室に通された舞子と栞は、温かいお茶を前に、言葉を選び始めた。
「あの…村田さん」
舞子は、少し躊躇いながら口を開いた。「五年前に、私が島を出てから、何か変わったことはありましたか?」
村田は、湯呑みを両手で包み込み、遠い目をしながら言った。「そうですね…。五年、ですか。色々なことがありましたよ。寂しくなりましたし、舞子さんのことをいつも気にかけておりました」
そして、少し間を置いて、村田は思い出したように言った。「そういえば…舞子さんが出て行かれてから、しばらく経った頃でしょうか。若い女性が、この島にやってきたことがありました」
舞子と栞は、顔を見合わせた。「若い女性、ですか?」
「ええ。普通の、可愛らしい女の子でしたよ。少し戸惑ったような、でも真剣な表情で、私に『羽田舞子』という人を知らないかと尋ねてきたのです」
舞子の心は静かに波立った。やはり、あの時の少女が…。まだ梓の力を得る前の貞子が、自分を探しに来たのだ。その理由も、舞子には分かっていた。ハガキに託した、微かな望み。過去の巫女の血を引く者同士、何かを感じ取ったのだろう。
「その女性は…何か、自分の名前を言っていましたか?」
舞子の声は、穏やかだった。
村田は、少し考えてから言った。「ええ、確か…『貞子』と言っていたように思います」
舞子は、心の中でそっとその名前を繰り返した。貞子。まだ見ぬ、けれど確かに存在する同胞。
「村田さん、その『貞子』という女の子は、その後どうなりましたか?」
舞子が尋ねると、村田は少し残念そうに答えた。「しばらく島に滞在していたようですが、結局あなたは見つからなかったようで、数日後に島を出て行きました」
舞子は、深く追求することはしなかった。貞子が何を求めて自分を探しに来たのか、大体察しがついているからだ。同じ血を引く者として、何かを感じ、助けを求めていたのかもしれない。
「村田さん、実は…私は、その『貞子』という女の子に、一度会っているんです」
舞子の言葉に、村田と栞は驚いた表情を浮かべた。「会った、んですか?」
「ええ。数日前、サービスエリアで偶然…。その時、彼女は…なんだか、以前とは少し違うような、不思議な雰囲気でした。私は、彼女に忠告をしたのですが…」
舞子は、サービスエリアでの出来事を、言葉を選びながら二人に語った。黒い影のような存在、そして、自分が「その先に進んではなりません」と忠告したこと。
村田は、驚きと心配が入り混じった表情で舞子を見つめた。「一体、何が起こっているのですか?」
舞子は、覚悟を決めて、これまで自分に起こった出来事を、村田に語り始めた。五年前に島を出た理由、東京での生活、そして、自分が知る限りの「海門」と巫女の伝承。そして、梓の力を得て海門を封印した貞子のこと。
「貞子さんが、梓様の力を得て、あの忌まわしい海門を封印してくださった。それは、本当に素晴らしいことだと思います」
舞子の言葉に、村田は少し驚いた。「あなたは、その貞子という女の子のことを…?」
「はい。まだ直接深く話したわけではありませんが、彼女は、私にとって頼れる仲間になると思っています」
舞子は、力強く続けた。「だからこそ、サービスエリアであのような状態の彼女を見た時、心配になったんです。何か、彼女自身を危険に晒すようなことが起こっているのではないかと。だから、忠告しました」
村田は、舞子の言葉に深く頷いた。「なるほど…。あなたは、その貞子という女の子の身を案じていたのですね」
「ええ。同じ使命を背負う者として、彼女が無事でいてほしいと思っています」
舞子は、静かに決意を込めた。「村田さん、私は、貞子さんが今、どういう状況なのか、そして、あの時、一体何が起こっていたのかを知りたいと思っています。何か、手がかりになるようなことはありませんでしょうか?」
村田は、しばらく考え込んだ。「うむ…。貞子さんが島に来られた頃には、特に変わったことはなかったと記憶しています。ただ、熱心にあなたを探しておられたのが印象的でした」
舞子は、深く息を吐いた。「分かりました。ありがとうございます、村田さん。もう少しだけ、この島で、何か手がかりを探してみます」
舞子は、貞子が自分を探しに来た理由を理解していた。そして、梓の力を得て海門を封印した彼女を、頼れる仲間だと思っていた。だからこそ、サービスエリアでの異様な姿に強い危機感を覚え、忠告したのだ。今、舞子が知りたいのは、その貞子の身に一体何が起こっているのか。その答えを探すため、舞子は再び、故郷の静かな島で、微かな手がかりを追い始めるのだった。
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