第14話 不安
村田に別れを告げた舞子と栞は、夕暮れ迫る大島の道を歩いていた。潮風が髪を撫で、舞子の心には、複雑な想いが去来する。五年ぶりに戻った故郷の温かさ、そして、まだ見ぬ仲間である貞子への心配。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
栞が、少し疲れた様子の舞子を気遣うように声をかけた。「なんだか、考え込んでいるみたいだけど」
舞子は、遠くの海を見つめながら答えた。「うん…色々とね。貞子さんが、何を求めて私を探しに来たのかは、大体想像がつくんだ。同じ血を引く者として、きっと何かを感じたんだと思う」
「梓様の力を得て、海門を封印したんだもんね。すごいことだよ」
栞は、素直に貞子の偉業を称えた。「お姉ちゃんの言った通り、頼れる仲間なのかもね」
舞子は、小さく微笑んだ。「うん、私もそう思う。だからこそ、サービスエリアで会った時の彼女の様子が、どうしても引っかかるんだ。まるで、魂が抜け落ちてしまったみたいで…」
「抜け殻、だっけ?」
栞が、少し不安そうに呟いた。
「ええ。あの時、私は無意識に『その先に進んではなりません』と忠告した。それは、彼女が進もうとしている先に、何か危険なものがあると感じたからだと思う」
舞子は、夕焼けに染まる空を見上げた。「一体、彼女に何が起こっているんだろう…。梓様の力を得た代償なのか、それとも、何か別の力が働いているのか…」
二人は、しばらく無言で歩いた。やがて、舞子が子供の頃によく遊んだ海岸が見えてきた。波の音が、懐かしい子守唄のように聞こえる。
「栞、少しだけ、ここに座って休まない?」
舞子の提案に、栞は頷いた。二人は、砂浜に腰を下ろし、茜色の海を眺めた。
「お姉ちゃんは、この島を出て、色々なことがあったんだね」
栞が、しみじみとした声で言った。
舞子は、静かに頷いた。「ええ。まさか、自分がこんなことになるなんて、思ってもいなかった。でも…こうして、栞と一緒に、またこの島に戻って来られたこと、本当に嬉しく思っているの」
「私もだよ。お姉ちゃんが一人で抱え込んでいたことが、少しでも軽くなればいいなと思って」
栞の優しい言葉が、舞子の胸にじんわりと染み渡る。妹の存在は、いつも舞子の心の支えだった。
「ありがとう、栞」
舞子は、妹にそっと微笑みかけた。
二人は、しばらくの間、波の音を聞きながら、それぞれの想いに耽っていた。やがて、空には星が瞬き始め、あたりは深い藍色に包まれた。
「そろそろ、宿に戻ろうか」
舞子の言葉に、栞は立ち上がった。二人は、手を取り合い、静かな夜の道を歩き始めた。
その夜、舞子はなかなか寝付けなかった。サービスエリアで会った、抜け殻のような彼女。そして、今、自分が感じている、拭いきれない不安。それらの点が、舞子の頭の中で、複雑に絡み合っていた。
(貞子さん…一体、あなたに何が起こったの?そして、私は、あなたに何を忠告したんだろう…)
舞子は、暗闇の中で目を閉じ、静かに祈った。どうか、貞子が無事でありますように。そして、私たちが、再び力を合わせ、この地に迫るであろう新たな脅威に立ち向かうことができますように。
遠い空の下、同じように夜空を見上げているであろう貞子のことを想いながら、舞子はゆっくりと眠りに落ちていった。彼女の心には、まだ見ぬ仲間との絆、そして、共に未来を切り開いていくという、かすかな希望の光が灯っていた。
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