第2話 仮想キッチン
優梨花は探索者講習を終え家に戻ると、秀樹に向かって自慢気に探索者資格を示すカードを掲げた。
「おめでとう。まだダンジョンには入って無いんだよね?」
「ええ、今日は協会の施設で実技講習だったもの」
「じゃあ取り敢えず明日ダンジョンに入ってみてどんなジョブを得られるかだね」
ジョブとは、ダンジョンに初めて入場した者が授かるモノである。ゲームの職業システムに似ているそれは、授かったジョブに応じて、自力習得可能なスキルや、成長しやすいステータス、しにくいステータスが決まってくる関係で、探索者として活動する上ではとても重要なものとなっている。
秀樹は、『剣士』の上位ジョブとされている『剣豪』を授かっている。
秀樹は、探索者になる前から剣道に打ち込んでいた。こういった探索者になる前から鍛えていたり、ジョブに関係する経験を積んでいる者は、上位ジョブと呼ばれるレアなジョブに就きやすいという定説がある。
「出来れば私は調理系のジョブだと嬉しいわね。えーと『料理人』とかあるのかしら?」
「授けられた例は無くはないけどね」
探索者はあくまでもダンジョン探索をするのがメインである。
『鍛冶師』などを代表とする生産系ジョブと呼ばれるジョブを授けられた人たちもいるが、戦闘系ジョブを授けられた者たちと対照的に不遇な扱いを受けている者が多い。
それは生産系ジョブ持ちが造った装備品やアイテムよりも、ダンジョンでモンスターを倒してもドロップしたりする装備品やアイテムの方が性能的に優れている場合が多いからであった。
そんな生産系ジョブ不遇な探索者業界で、生産系ジョブでかつ、装備品やアイテムすら造れない『料理人』がどんな扱いを受けるかは想像に難くない。
かつて希望を胸にダンジョンに入場し『料理人』を授かった者たちの殆んどは、探索者を諦めていた。とは言えその者たちと優梨花では前提条件が異なる。
彼女はダンジョンに料理をしに行くつもりなのだ。であれば『料理人』というジョブは寧ろ授かりたいモノなのだろう。
「まあでも、望んだジョブを得られる訳じゃ無いからね」
「まあ、そうね。でも料理の役に立つジョブが嬉しいわね。秀樹さんみたいに『剣豪』になってどんなに固い食材も捌けるようになったり、『魔法使い』とかでいつでも火や水出せるようになったりね」
「そうか」
優梨花にかかればどんなジョブでも料理に関係させられそうだと思う秀樹。
何となく彼女ならば望みのジョブを引き当てれそうな気がする秀樹であった。
◆◆◆
次の日、彼のその予感は的中する。
「あ、『料理人』だったわ」
「流石は優梨花、持ってるね」
「ふふん。えーとスキルは…『調理』?またザックリとしてるわね」
生産系ジョブのスキルは『鍛冶師』の『鍛冶』スキルしかり、『錬金術師』の『錬金術』しかり、大枠だけのザックリとしたスキルのものが多い。
それだけ自由度が高いとも言えるが、初心者が突然この自由度のスキルを渡されても困ってしまうのも現実である。とは言え普段から料理をする優梨花であれば、このようなザックリとしたスキルでも使いこなせる。
最初は家から持ってきていた包丁などを手に取り、食材を切る動作などを繰り返していたが、少しずつその動きがスキルに馴染んでいく。
そして端から見ていた秀樹も、まるで優梨花が本当にキッチンに立っている様子を幻視してしまう程、動きが洗練された瞬間、彼女はおもむろにコンロのつまみを捻る動作を行う。すると、本当に空中に火が灯る。
衝撃的な光景に思わず声が出る秀樹。
「コンロの火? え、優梨花、今『調理』スキルを使ってるんだよね?」
「あ、秀樹さん!そうよ。なんとなくキッチンに居るイメージしてたら付いたわ」
「付いたわって…」
イメージでそれが出来るのであれば苦労はない。
火の勢いはそれほどでも無いが、最早生産系スキルに分類して良いかすら怪しい『調理』スキルの挙動に呆れてしまう。
そんな秀樹を置いて、優梨花は続ける。
「ほら、こっちの蛇口を捻ると」
「水道?」
「便利なスキルだわ。あ、探索者は技に名前とか付けるのよね。そうね、『仮想キッチン』とかどうかしら?」
「あぁ、いいと思うよ」
楽しそうに『仮想キッチン』を使う妻の嬉しそうな表情に、細かいことを考えるのを止めた秀樹なのであった。
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