第5話




 深い森が支配する魔が蔓延る危険な領域で、それでも商魂逞しく商品を運ぶ商隊が複数。

 馬というよりもロバが近い、比較的気性が穏やかで大人しい類の魔物を調教して荷馬車を引かせ、今日もいつも通りに最近栄えて来ている都市まで物資を運ぶ。


 と、言ってもこの商隊に食物を積んでいる馬車は通常よりも少なく、どちらかと言うと借金苦を経験して身売りした合法奴隷や富裕層向けの貴金属類、武器や防具など付近の諍いに便乗する形で成り立つ商品の数々を扱っていた。


「すいませーん!」


 そんな多少グレーな商品を扱っている商隊の列へと近づく影が一つ、否、それが抱えている存在も加味すると二つ。

 幼児にごねられたのか子供を抱いている短髪の女性とその子供。

 服には泥が着いているが、そこそこ上等な衣を身につけているのが目につく様だった。


「そこで止まれ!」


 近づくか弱き存在二つを制止させるように声を張るのは、商人達が金を払い合って集めた傭兵達の一人。

 護衛としての経験が長く、隙のないように見える壮年の男性だった。


「女!そこで何をしている!」


「助けて!魔物に襲われて…」


「他の者達はどうした?」


「護衛達は魔物と戦い、その最中に夫が私と子供を逃してくれて…」


 (おいおい、その言い訳は厳しいんじゃないか?)


「…そうか。貴女はどこから来た?」


 (大丈夫なのかよ…もしかして、良くある事なのか?)


「私は、最近栄えて来ている街に行く為に隣町から来た」


「そうか!都市まで一緒に行くのが良いか?」


「私の事よりも、この子に飲ませられる羊か何かのお乳はありませんか?」


「固形食ではダメなのか?」


「まだまだ硬いパンは食べられないの」


「湯に浸せば食べられるのではないか?」


「それでも大丈夫、とにかく何か食糧を!」


「少し待て!おい、誰か食糧が余ってないか商人達に聞いて来てくれ!」


「隊長良いんですか?」


「大丈夫だ、食料を扱ってるグレッグさんは信仰心が厚い。ここで、幼児とその母親を見捨てたのが知れたら、次雇われる可能性が減るかも知れない。それに、どうせ我々に損はないんだ。」


「それなら良いんですが……それじゃあ、俺はグレッグさんの所に行って来ますので」


「じゃあ、俺は他の方々に事情話して来ますね」


「ああ、頼んだ」


隊長の指令により二人の傭兵が各方面目掛けて走って行く。



「あのー」


「少しそこで待っててくれ」


「分かったー」



 そんな会話を繰り広げ、最終的に傭兵達で構成された護衛隊の隊長は取り敢えず商人達の了承を取ることを優先させた。

 もしこれが、武器を持った男達などであった場合はもっと拗れていたのだが、多少不自然でも武器を帯びていない母親と、齢幾許かの親子を相手に過度に警戒をするのは何処か気が引けるという人情によって、傭兵の隊長は愚策を犯した。


 しかし、この愚策は幾つかの事情というやつの重なり合いにより生じた結果であり、普段は商人達がそこそこの大金を払っても良いと思う程度には優秀と評価されるくらいの男ではあったのだ。

 要は、彼らも商人達も運が良くなかった。或いは盗賊達の方が何枚か上手であった。



 そうして暫くすると、


「待たせた!奴隷達と同じ馬車にはなってしまうが、街まで乗って行くと良い!食糧も親子共に心配しなくて良い!ただし……」


「分かってる!対価はなんとかするからお願い!」

 

「承知した!ではこちらにゆっくり歩いて来てくれ!」


 女は、隊長に言われた通りゆっくりと歩いて行く。

 そして、やや警戒された面持ちの傭兵達に囲まれて奴隷達が乗っている馬車へと案内されて行く。


 隊長は、他の数名の傭兵に小さな声で女には聞こえない程度に、


「魔法を使える可能性がある。そこには注意をして見張っておけ」


「了解です」


 と警戒だけ促して護衛の配置をし直して行く。

 


「これ、食料と水です。お湯は用意出来ませんでしたが、パンをふやかすぐらいは出来ると思います。」


「ありがとう」


「いえ、それを提供してくれたのは食料商の方なので。とは言え、2日ぐらいは掛かる予定なのであまり無理はせずに。」


 そう言って、奴隷達の監視役らしき男は馬車内部にある座る事が出来るスペースの端っこへと腰掛ける。


 それからは、特に商隊へ魔物や盗賊といった無法者共の襲撃などはなく、穏やかな道程を一同は過ごした。

 唯一ハプニングの一つであった女にも特に怪しい動きはなく、日中はずっと子供の世話をしたり話しかけたりとやや子煩悩に傾倒してそうな所を除けば、監視役もよく知る女連中とそう変わらなかったために、異常なしと傭兵の隊長に報告して目を離してしまった。


 この、ほんの一瞬だけ監視役を交代する際に女から目を離してしまったのが、不運な商隊とその護衛達の運命を決定的に分ける事になる。



「隙が出来たね。」


 奴隷含めて大多数が寝静まり、今日の夜番をする傭兵や一部の冒険者と呼ばれる職業の男達以外は夢の中へと意識を預けているそんな夜が深い時刻。

 次の当番の者と交代する為に多少気が抜けて警戒が疎かになったその隙を具に伺っていた女は、傭兵達護衛衆および商人達にとって最悪な未来を呼ぶ為の準備を開始する。


「レガロ、ここで私と皆を見ててね。絶対に成功させるから。」


 そう言うと、盗賊の女は魔法を行使するために魔力を練り始める。それも、かなり丁寧に操作しているように早熟過ぎる幼児の目には見えていた。


 (何かの魔法を使うのか?それも普段使ってるようなやつじゃない!何か大きな事象でも起こそうとしてるのか?大きな魔力の膨らみを感じる!)


 そうして、魔法発動まであと少しといったところで漸く監視役が気づく。


「おい女!何をしている!!」


 慌てたように女の方に走ってくる男達に対して、女はあくまでも冷静に魔法の行使まで繋げていく。


「レガロ、なんとか間に合ったみたい。えへへ。【幻霧結界】」


 昂った感情を堪らずに吐露してしまうように、己の息子に向かって嬉しそうに、へらりとした笑みと声を漏らしてから女は魔法を行使した。




 ――――瞬間、辺りは白い濃霧に包まれる。

 

 

 

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