赤を纏う気になるあの子

赤ずきん

「おかしと、ぶどう酒をもって、おばあさんのお見舞いにいってらっしゃい。道草なんかしないで急いでいくのよ?」


 青いエプロンの女性がそういって、少女にカゴを渡す。


「はーい!」


 少女は元気よく返事をして家を出る。その少女は赤い頭巾を被っていて、はみでる栗色の髪がキラキラ光っていた。瞳は宝石のように艶やかな赤銅色で、見つめていたら吸い込まれそうなぐらい美しい。


「はぁ、いつみても可愛いよなぁ。赤ずきんちゃん……」


 赤ずきんが森に入ったところ。茂みの影で、とある男がため息をついた。人とは思えないほど毛むくじゃらで、ギラリと光る牙をもつ者。オオカミだ。


「今日こそは話しかけたいなぁ」


 ステップする度に揺れる赤ずきんのスカートを眺め、オオカミはまたまたため息をつく。


「まだそんなこと言ってんのか。人間の女なんてやめとけっていってるのに」


 木の上で実をついばむ小鳥がいった。小鳥の偉そうな物言いにオオカミは「うるさい!」と怒鳴る。小鳥はピピピ、といって飛んで言ってしまった。


「いいじゃないか、好きになっちまったもんは仕方ないんだ……」


 オオカミは耳をたらし、先程の勢いはどこへやらしゅんと萎む。

 いつだっただろう。赤ずきんを見かけたあの時から、オオカミは赤ずきんのことばかり考えている。一目惚れだった。しかし赤ずきんと話したことはない。名前すら分からず、外見の特徴で「赤ずきん」と呼んでいるほどだ。

 今日こそは話しかけるのだ。そうオオカミは茂みからとびだした。


「こ、こんにちは。赤ずきんちゃん」


 たどたどしくオオカミは声をかける。赤ずきんは立ち止まりオオカミをみた。


「あらこんにちは、オオカミさん」


 赤ずきんのハイライトが瞳をくるりと一周まわった。その様子にオオカミは息を飲む。しかし見惚れている暇はない。話を繋げなければならないと、オオカミは口を開く。


「こんなにはやくから、どこへいくの」

 

「おばあさんのところよ」

 

「えっと、まえかけの下にもっているのは、なあに」

 

「おかしとブドウ酒。きのう、おうちで焼やいたのよ。おばあさんが病気びょうきでよわっているでしょう。これをあげると、からだに力がつくからよ」


 赤ずきんがその艶やかな桃色の唇で微笑む。その様子が可愛らしくて仕方がなくて、オオカミの頬も赤くなった。

 

「ほら見てごらん。そこらじゅうに綺麗な花がいっぱい咲いている」


 オオカミは自分が照れていることを隠すために話をそらした。


「そうだ。花をつんでいかないかい?」


「いやよ。私、お母さんから横道はダメって、そういわれているの」


「そうはいっても赤ずきん。花束でもこしらえていったら、おばあさんも喜ぶんじゃないのかい?」


 赤ずきんはしばらく考える。小さなおててを顎にあて、ふぅむと伏せ目で考えを巡らしている。その仕草も小動物みたいで可愛いと、オオカミの頬は紅潮した。

 

「そうね、そうだわ。花かんむりでも作ったらおばあさんも喜ぶわ」


「そうだ、僕も手伝うよ」


「あらいいの? オオカミさん、優しいのね」


 オオカミは息が詰まった。赤ずきんが自分に笑顔を向けてくれたからだ。なんと可憐なのだろう。


「じゃあ、オオカミさんはあっちにある、赤色の花を集めてちょうだい」


 赤ずきんの指さす方向は赤い花が咲き乱れていた。


「任せてくれよ、赤ずきん」


 少しカッコつけて、オオカミは走った。さっきのはカッコつけすぎたかな。寒くなかったかな。なんて恥ずかしがりながら、オオカミは赤い花をつむ。


「でも、好きな子にはかっこいいって思われたいしなぁ。もしかしたらカッコイイって思ってくれていたかもしれない」


 ブツブツと呟くオオカミ。一秒にも満たないやりとりなのにオオカミはずぅっと、そのことばかり考えている。

 そうだ。花をつんだ後はおばあさんの家までついて行こう。もちろん家の中までは入らないけれど、家まで赤ずきんちゃんの荷物をもってあげたら、きっと喜んでくれるに違いない。と、いつの間にかニヤニヤ笑っているオオカミ。ルンルン気分で赤い花をつむ。

 赤ずきんが花冠を作るといっていたからと、オオカミは花の茎を長めにちぎる。と同時に、バァンと、音がした。

 自然では発せられるはずのない音。人工的な衝撃。オオカミは胸あたりに、マグマより痛い熱を覚える。肉をえぐられた感触。痛い。

 オオカミはゆっくりと、自分の胸に手を当てた。その手には、毛の間をサラサラと縫ってこぼれる、赤い花びらが。


「え、なん、で」


 オオカミはゆるりと振り返ってみる。そこには、赤ずきんがいた。先程までの可憐さはどこへやら、冷えきった瞳でオオカミを見据えている。


「赤、ずきん?」


「なぁに、オオカミさん」


 一目でわかる状況だった。それでも分かりたくなくて、オオカミは精一杯、現実をねじ曲げようと問いかける。


「どうして、君のお耳は小さいの?」


「貴方の声をなるべく聞かないようにするためよ」


「どうして、君のお目目はそんなにも冷たいの?」


「貴方を温かな瞳で映さないようにするためよ」


「どうして、君のお口はそんなにも小さいの?」


「私が小さいんじゃない。貴方が大きいよの」


「──どうして、君の小さなお手手には。銃が、握られているの?」


 ギラリと光る拳銃。可憐な赤ずきんには似つかわしくないそれは、オオカミの方を向いている。


「オオカミさん。まんまと私をここまで連れてきて、おばあさんごと食べようとしたのでしょう? お見通しなのよ」


 そんなつもりは微塵もなかったオオカミ。その意志を示すため首を振るも、撃たれた箇所が傷んで上手く動けない。


「私はオオカミハンター。私の父を食らった貴方たちを滅ぼすため、この銃を握っている。さようなら、愚かな獣」


 バァン。花びらが落ちる音がする。オオカミの視界は地と天がひっくりかえって、真っ青な空しか見えなくなる。痛い、痛い、オオカミは胸が痛い。何故痛いのだろう。胸を撃たれたから? それとも──。


『人間の女なんてやめとけっていってるのに』


 小鳥の言葉が頭の中で反響する。それでも、それでも。

 陽の光を反射してキラキラ輝く栗色の髪。栗よりも艶やかで何もかも見通してしまいそうな赤銅色の綺麗な瞳。演技でも、微笑みかけてくれたときの彼女の顔。全てが愛おしくて、仕方がないのだ。


「赤ずきん、好き、だ」


 赤ずきんはもうとっくに花畑を抜けていた。オオカミの告白が彼女に届くことはない。慰めか、はたまた嘲笑か。さきほどよりも鮮やかな赤となった花が風で傾いて、オオカミを撫でる。

 その感触を最期に、オオカミの鼓動は止まった。

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