主人公、借金を知る
交渉の材料を、呉白蘭は改めて提示し直した。
「貴方のお父さんは貴方を作り、今は迷宮の奥深くに居る」
無悪善吉の心臓が跳ね上がる。
失意に満ちた灰色の人生に、輝かしい色が差し込まれたかの様なある種の感動を、無悪善吉は覚えつつあった。
「……教えてあげても良いわ、その代わり」
其処から先を、呉白蘭は言わなかった。
代わりに、無悪善吉が話を遮り、代わりに言ったからだ。
「金を返せってか……」
呟き、俯く無悪善吉。
己の憎む父親の代わりに金を返す。
それ自体、彼にとって屈辱のものだろう。
けれど、その条件を呑めば、無悪善吉は父親の元に行けるのだ。
ならば、無悪善吉の答えは一つだった。
「……良いぜ、その条件なら、乗ってやる」
無悪善吉の人生には目標と呼べるものが無かった。
ただ殴り、暴力を使い、強さだけを求め続けた。
父親の様に逃げる男には成りたく無かった。
母親の遺言の為に、強い男を目指していた。
しかし、終点が見つからなかった。
このまま、何もないまま、人生を終えるかも知れないと。
だが、遂に無悪善吉は、己が目指すべき道を見つけた。
多少、彼女達の存在が気に入らないが。
それでも、自分の目的の為に利用する。
「オヤジをぶん殴って……そんで、母さんの墓前で土下座させてやるよ」
それが、無悪善吉の目標であった。
「なら、今から貴方は私の部下よ、ようこそ、
無悪善吉に向けた掌を横に倒す。
契約成立の握手を求めていた、それに無悪善吉は強く握り返す事で契約を果たす。
(オヤジが、生きてやがる……待ってろ、ぶん殴りに行ってやるからなッ)
灰色の人生に色が差し込まれた様な気分だった。
無悪善吉の心が躍る様を見て楽しそうに笑みを浮かべる呉白蘭は。
「因みに、借金は利子を含めて百億円だから、頑張って返済してね?」
さらっと、無悪善吉に借金を答えるのだった。
「……あ?」
当然、我が耳を疑う金額であった。
無悪善吉、借金百億。
返済額、零円。
残り、百億円。
廊下を歩く二人。
無悪善吉は学生用のズボンとTシャツを着込んでいる。
彼女、呉白蘭の方は真っ赤なチャイナドレスを着込んでいた。
無悪善吉は何処に連れて行かれるのか分からぬまま、彼女の後ろを着いて行く。
「キミの
唐突に、呉白蘭はその様に話掛けた。
その言葉に、無悪善吉は首を傾げた。
当然だ、彼にとっては馴染みの無い言葉である。
「まが、つき?……なんだそりゃ」
聞き覚えの無い言葉に彼はそう聞き返した。
さも当然のように彼女は頷くと、話をし始める。
「ダンジョン……ナラカに入るには条件が必要なの、知ってるかしら?」
ナラカ、とはダンジョンの名前だった。
無悪善吉が迷い込んだあの暗闇。
肌をなぞる冷気を思い出して、無悪善吉は身震いをした。
しかし、そのダンジョンに入る為に条件があるとは知らなかった。
「入場料を払えば良いのか?」
取り敢えず、適当な言葉を思い出して答えた。
予想外の答えなのか、呉白蘭は苦笑してみせた。
「テーマパークだったらそれで良いかも知れないわね」
人が死ぬ可能性のあるテーマパーク。
金を貰ってもゴメンだと、無悪善吉は思った。
呉白蘭は、改めて話を再開する。
「ナラカに入る為には、呪いが必要なの」
呪い。
此処に来るまで、何度も聞いた事のある言葉。
無悪善吉にとって呪いとは、あまり身近なものでは無かった。
なので、彼が知っている範囲での呪いとは何かを語る。
「呪い?……サダオとかカヤオとかか?」
どちらも、呪いと言えば、と言うテーマで出て来る人物の名前である。
恐怖を煽る見た目をしているお化けの一種、それが彼にとっての呪いであると定義した。
「呪いをテーマにした映画の話?面白かったわ、あの呪い同士が戦う奴……最後なんて絶望を通り越して笑っちゃったもの、どうしようもなさすぎて……」
映画が好きなのか、呉白蘭はそう言って笑みを浮かべた。
どうにか、此処から映画の話に花を咲かせそうだったが、未だ説明の途中である事を思い出して咳払いを行う。
「ああ、話が逸れたわね……人間には全員が持つ異能力があるの」
その言葉もまた、唐突なものだった。
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