主人公、組織を知る
長らく無悪善吉は眠り続けていた。
次に目を覚ました時には、見知らぬ天井が見えていた。
眼を開き、呆然として五分間。
そしてようやく自我を取り戻すと、声を漏らす。
「……あ?ここ、は?」
体を起こして顔を落とす。
頭の中がぐわんぐわんと、鐘の中で思い切り叩かれた様な感覚に見舞われていた。
無悪善吉の脳内に発生する、記憶の数々、それはダンジョンの中で起きた事の復唱であった。
「なんか……夢か?いや」
自らの胸元に違和感を感じる無悪善吉。
見慣れないシャツを着込んでいた無悪善吉は、そのシャツを捲ると、胸元に円形のレバーが固定されているのが見えた。
「なんだあ、この胸のレバーは」
胸のレバーを動かそうとするが、無悪善吉の力では動かす事が出来なかった。
レバーに集中していた為に、無悪善吉は扉を叩く音に気が付かなかった。
「ねえー、起きてる?」
その言葉と共に、部屋の中に入る朱色のメッシュを入れた黒髪の少女。
紅色の瞳を無悪善吉の方に向けながら、様子を確認しに来ていた。
「あ?……誰だよ」
無悪善吉は、出会い頭にそう言った。
彼女の顔を見て、不機嫌そうな顔をすると、彼女も同じ様に不機嫌な表情を浮かべていた。
「なに、その態度、むかつくんですけど」
「あ?」
睨み合いをする二人。
竜ヶ峰リゥユの背後から様子を見に来た別の女性が入って来た。
灰色の髪をした女性だった、バンギャルの様な竜ヶ峰リゥユとは違い、清楚な見た目が目に優しい幽谷りりすであった。
「あ、あの」
幽谷りりすが二人の間に割って入る。
「えぇと、私、幽谷りりすって言います、こっちは、竜ヶ峰リゥユちゃん」
竜ヶ峰リゥユ分の自己紹介を済ませる幽谷りりす。
「こいつに名前なんか教えなくて良いんですけど」
「リゥユちゃんっ」
態度の悪い相方を嗜める様に言う幽谷りりす。
無悪善吉は、頭の後ろに違和感を覚えて手を伸ばす、どうやら寝癖が出来ている様子だった。
「で?なんだよ、お前ら」
無悪善吉は美女二人が相手であろうとも態度を変えなかった。
竜ヶ峰リゥユは無悪善吉の態度が気に喰わず、彼の言葉に無視をした。
代わりに、幽谷りりすが無悪善吉に話しかける。
「えぇと、それを含めて、店長が貴方を呼んでます、着いて来て下さい」
と、無悪善吉は、店長と言う言葉に首を傾げた。
木造建築の廊下を歩き続けた先。
重厚な樹木で作られた扉が残っていた。
「ここから先に、店長が居ます」
「ババアを怒らせたらヤバイから」
その様な忠告を受けた末に、無悪善吉は扉を開ける。
中に入ると共に、周囲には霧が立ち込めていた。
「っ」
霧を吸収する無悪善吉。
それは、味のある霧だった。
舌先に残る甘くて苦い焼け焦げた様な味。
それは霧と言うよりかは、紫煙であった。
霧を掻き分けると、その霧を発生させる張本人が見えた。
手には煙管を持ち、口から紫煙をふぅ、と吐く女性の姿。
「貴方が、無悪善吉くん、ね?」
銀色の髪だった。
毛量が多く、頭に二つの団子を作っている。
それでも尚、髪の毛は長く、長髪であった。
青色の瞳が、無悪善吉を見詰めていた。
竜ヶ峰リゥユは、彼女をババアと言っていたが、年齢は見る限り二十代後半、と言った所だった。
「あんた、誰だ?」
無悪善吉は、出会い頭にそう聞いた。
すると、その女性は自己紹介と共に話を始める。
「私の名前は
既に名前を知っている。
即ち、最初から彼女は無悪善吉に目を付けていた、と言う事だろう。
「なんで俺の名前を知ってる?」
さも当たり前に無悪善吉は聞いた。
その問い掛けに対して、笑みを浮かべる呉白蘭は答える。
「無悪聖司郎、と言う名前を言えば、分かるかしら?」
その言葉に、無悪善吉の顔が強張った。
「……クソオヤジの関係者か、テメェ」
無悪聖司郎。
無悪善吉の、父親である男の名前であった。
「ええ、そうなの、貴方のお父さんと私は知り合いで……汚い話をすると、貴方のお父さん、私に借金をしてるのよね」
実の父親が借金をしている。
その様な話は聞きたく無かった。
だが、何故彼女が無悪善吉を求めていたのか、何となく理解出来た。
「だから血縁者……いえ、戸籍上親族である貴方からお金を返して貰うわ」
無悪善吉は握り拳を固める。
怒りで暴れ出したい気持ちを抑えながら、冷静を保ちながら否定した。
「……ざけんな、なんで、なんで俺が、あんなクソオヤジの為に」
その言葉に、呉白蘭はそれもそうだ、と頷いて見せる。
無悪善吉の態度も言動も彼女には理解出来るものだった。
だが、感情と勘定は話が別である。
相手が自身の金を借りた事実は、きっちりと精算して貰わなければならない。
「ええ、理不尽だろうし、私も貴方と同じ立場なら、そう言うでしょうね、私が貴方のお父さんに逢いに行っても良いけど、場所が悪いの」
真っ直ぐ目を向けながら、呉白蘭は真っ白な掌を伸ばした。
「だから、貴方がお金を返して頂戴」
ふざけるな、絶対に返すものか。
その様な言葉を投げ掛けるよりも、無悪善吉はある言葉に引っ掛かっていた。
「……ちょっと待て、逢いに行っても良い?」
その言いぶりは聊か変だ。
まるで、消息不明になった父親の居場所を知っているかの様な口振り。
「知ってるのか?オヤジが、今居る場所を」
無悪善吉の問い掛けに、話に乗って来たと思った呉白蘭は再び笑みを浮かべる。
彼がその言葉に反応する事を期待して、無悪善吉が断る事の出来ない材料を呉白蘭は提示した。
「ええ、知っているわ、何せ、貴方のお父さんと私は同業者ですもの」
煙管を口に咥えて、紫煙を肺へと流し込む。
ふぅ、と甘い香りを放ちながら、周囲に煙が更に充満した。
「……好い加減、同業者ってなんだよ、あんたら、ナニモンだよッ!!」
無悪善吉の言葉に、呉白蘭は淡々と話し始める。
「彼女達と同じ様に呪い体質を持つ者のみが入る事が出来る異空間・〈ナラカ〉」
「其処では日常とは掛け離れた化物が現れ、呪いの災害が訪れる」
「その代わり、人間の手に余る力を宿すアイテムを手に入れる事が出来る」
「アイテムの蒐集、力の探究、迷宮の攻略、呪いからの脱却」
「ならずもの、人の道を外れ、呪いの道を歩むもの」
「暗闇の中から一筋の光を掴もうとする、この仕事に、統括した名称があるとするならば……ダンジョン攻略者、あるいは〈
〈
それが、幽谷りりすを指し、竜ヶ峰リゥユを指し、呉白蘭を指し、そして、無悪善吉を指す言葉であった。
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