第34話 お茶会


静かな中庭を通る帰り道、レニオスと紬はゆったりと並んで歩いていた。読み終えたばかりの本の余韻が、まだ心の奥に残っている。


「もう結構文字を覚えたんじゃないか?偉いな。」


紬は嬉しそうに目を細めて、小さく拍手するジェスチャーをする。

レニオスも自然と笑みをこぼした。



――そのとき。



「兄上ーっ!」


響くような声とともに、ノアが駆け寄ってきた。金髪が陽光に揺れ、息を切らせながら二人の前で立ち止まる。


「今から、クラウス兄さんとヒナリア様のお茶会があるんだ!レニオス兄さんもって!だから呼びに来たんだ。」


「……今から、か」


レニオスは表情を曇らせる。

紬も少し戸惑ったようにノアを見つめた。


「でね……あの、紬さまは……来られないって。」


ノアは申し訳なさそうに言葉を濁す。


「前に毒のこともあったし…

ヒナリア様が“今は控えてもらった方が”って。ぼくは反対したんだけど、止められなくて……。ごめんね……!」


ノアの目には後悔がにじんでいたが、紬は微笑み、ゆっくりと首を横に振る。

気にしていないと伝えるために。


レニオスは黙ってノアを見下ろしたあと、ひとつ息を吐いた。


「……俺も行かない。」


その言葉に、紬が慌てて首を振る。両手を使って“行って”と伝える。


「……なぜ。君を置いて?」


紬はそっと胸に手を当て、願いを込めるような仕草をした。その目はまっすぐ、レニオスを見つめていた。


レニオスはその瞳にしばらく見入り、やがて小さく頷く。


「……わかった。すぐ戻る。」


「じゃあ、ぼくと一緒に行こう。ほんとにごめんね、紬さま……。あ、お茶会に美味しいお菓子があるんだ!レニオス兄さんに渡しておくね!」


ノアとレニオスが歩き出す。レニオスは一瞬、振り返り、紬の方を見た。


――――――――――


日差しが柔らかく差し込む、宮殿の奥のサロン。白いカーテンが揺れるなか、クラウスと陽菜が並ぶテーブルには、高級な茶器と菓子が並べられていた。


レニオスが姿を現すと、陽菜がにっこりと笑顔を向ける。


「来てくれて嬉しいわ、レニオス。

紬さんとは…一緒じゃなかったのね?」


「彼女は、招かれていないようだったから。」


その言葉に、陽菜の笑みがほんの一瞬、硬くなる。クラウスは紅茶を一口飲み、静かに口を開いた。


「レニオス。お前に言っておかねばならないことがある。」


レニオスが視線を向けると、クラウスの瞳には冷ややかな光が宿っていた。


「――あの娘は、信用に足る存在ではない。」


「…どういう意味だ?」


「毒の件もそうだが、彼女が巻き込まれることで、お前の評判にも傷がつく。お前はこの国の王子だ。それを忘れるな。」


陽菜も、同調するようにゆっくりと話し始めた。


「今はまだ、同情や興味で見ている者もいるでしょう。でも…話せないままなら、いずれ“災いを招く存在”として見られるかもしれない。王家にとって、足枷になるかもしれないのよ?」


言葉の端々に、慈悲深い姉のような口ぶりを混ぜながらも、その実、突き放すような冷たさがあった。


レニオスは静かに彼らの言葉を聞いていたが、やがてカップを置き、落ち着いた声で告げた。


「……仕事が落ち着いたら、俺は城を離れるつもりです。」


陽菜の手がピクリと止まり、クラウスの眉がわずかに動いた。


「……なに?」


「遠方に領地があるので、そこに彼女と移るつもりです。父上にも許可はもらっています。」


クラウスが紅茶を置き、険しい目を向ける。


「それは勝手すぎる。お前は第二王子であり――」


「王位を望んだことは一度もない。それは兄さんのものだ。」


そうきっぱりと答えるレニオスに、陽菜は笑顔のまま、だが確かに動揺を含んだ目で言った。


「……本気なのね?」


「ええ。本気です。」


レニオスはそう言って静かに席を立ち、二人に背を向けた。


「あ、待って!レニオス兄さん!これ、紬さまに…。」


侍女から箱を受け取ると、それをレニオスに渡しながら


「僕は…レニオス兄さんと紬さまがいなくなるなんて…寂しくて嫌だ…。」


ノアはグッと唇を噛んで下を向いた。


「ふっ…ありがとう。紬に渡しておくな。」


ノアの頭に優しく手を置くと、箱を受け取りその場を後にした。


陽菜の手が、膝の上でギュッと握られ、笑顔の裏に、焦りが滲みはじめていた。


――陽菜は、ついに“最後の行動”に出る決意を固める。

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