第26話 陽菜
術師は荒い息をつきながら、膝をついていた。
手には焦げ跡のような痕が残り、呪い返しの衝撃が相当なものであったことを物語っている。
「……レニオスが、あの反応を
……まさか“あの剣”が反応するとは。」
「…あなたの力が試されたのね。」
陽菜は、涼しげな声で紅茶を口に運ぶ。
まるで他人事のような落ち着き。
「……っ…再び彼女へ呪いをかけるのは、難しい。今は様子を見るべきです。
すれば、また――」
「“また”などないのです。
呪いは…変えればいいだけのこと。
方法なんていくらでもあるもの。
……ね?」
「……ヒナリア様。」
術師の声に迷いが混じる。その眼差しは、疑念というよりは、盲信ゆえの戸惑いだ。
「ねぇ、わたくしの願いは、なんだったかしら?」
「っ……あなたが一番大切です。…あなた以外の人間なんて必要ない。」
術師はうつむき、静かに答えた。
「そう。だったら…次の一手を考えてください。」
カップを置き、陽菜は立ち上がる。その表情には、哀れみすら浮かんでいる。
「彼女には、“声を失ったままの聖女”として……その役割を果たしてもらうのよ。
…しばらくは。」
――――――――――
術師がいなくなり…静まり返った部屋の中。
誰もいないことを確認すると、陽菜はそっと椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。
「……失敗、か…。」
その言葉は誰に向けられたものでもなく、ただ空気に溶けて消えていった。
細く白い指が、そっと髪をかきあげる。その仕草には、いつもの優雅さも余裕もない。
代わりにそこにあったのは、じわりとにじむ苛立ち。
「“呪詛返し”なんて……あの女……。」
笑うでもなく、ただ虚空を見つめる。
(術師の力に限界があるのは分かってた。でも、“あの人”が、ここまであの女に肩入れするなんて…。)
机の上に飾られた小さな鏡に、自分の顔が映る。
一見穏やかなその微笑みの奥に、濁った感情が渦巻いていた。
「……でも、大丈夫。声はまだ戻っていない。…そうよ、焦る必要なんてないわ…。」
ゆっくりと立ち上がり、カーテンの向こう、空に目をやる。
(“信仰の聖女”である限り、みんなわたしを信じ、そしてレニオスも、わたしを頼ってる。次の一手で……また、動かせばいい)
頬をなぞるように指を滑らせて、陽菜は静かに微笑んだ。
「さあ、ヒナリアの舞台はこれからよ。」
その笑みは、あまりにも美しく、あまりにも冷たかった。
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