第24話 逃走
紬の部屋のある屋敷から少し離れた木の影。
気配を潜めるように佇んでいた一人の男が、突然、胸を押さえて膝をついた。
「っ、が……ッ!」
魔術師――王家直属の者にして、陽菜に忠誠を誓う“術師”の男は、明らかに異常な“呪力の逆流”を受けていた。
「バカな……っあの呪いが……返された……?」
全身に駆け巡る燃えるような痛みと圧迫感に、術師は苦悶の表情を浮かべる。彼が紬に仕掛けた“視えぬ呪い”の一部が、聖剣の力によって弾かれ、術者本人へと返ってきたのだ。
(レニオス……貴様……)
そう唸る間もなく、鋭い足音が近づいてきた。
「……そこか!」
回廊の角から、ヴァルトと魔術師たちが現れた。
鋭い眼光を宿し、術師を見据える。
「貴様……呪術の反動を受けたな?」
「……ふっ。さすが、レニオスの側近…とでも言うべきか……。」
術師は立ち上がりながら、苦しげに笑みを浮かべる。そして、掌に薄く黒い魔法陣を浮かべると、空間が歪んだ。
「――我が主の邪魔は、誰にもさせん!」
ヴァルトが素早く飛び出す。
「待て、逃がすかッ!」
手の先から強力な風魔法を発動するも
術師の影は、術式とともに薄れ、やがて夜の空気に溶けるように姿を消した。
「……チッ!」
ヴァルトは立ち止まり、周囲の気配を探るが、もはやそこに残っていたのは微かな呪力の痕跡だけだった。
「完全に……逃げたか。だが、正体は掴んだ。」
低く呟き、彼は急ぎレニオスの元へと戻るべく、闇に包まれた庭園を駆け出した。
――王宮の中で静かに広がる陰謀の気配が、またひとつ、動きを見せていた。
――――――――――
紬が静かに眠っているのを見つめていると、
扉の向こうからノックの音がした。
「……レニオス様、よろしいですか?」
「ヴァルトか。入れ」
ヴァルトは小さく礼をして部屋に足を踏み入れると、低い声で語り始めた。
「先ほど、聖女さまの部屋で感じた“呪い”と同じ気配を追って、魔術師班と捜索を行いました。
あと一歩で術者を捕らえられたのですが……
逃げられました。」
レニオスの眉がわずかに動く。
「姿は?」
「暗かったので、顔までは…。ただ……魔力の残りから、王家に仕える術師の魔術に非常に近い痕跡がありました。」
「……つまり、王宮内部の者の可能性が高いと?」
「断定はできません。ですが、そう考えるには十分かと…。」
「あと…主人の邪魔はさせない、と言っていたので…術師を動かしている何者かの存在も。」
ヴァルトは慎重に言葉を選びながらも、確かな重みを持って告げた。
レニオスはしばらく沈黙したまま、静かに思考を巡らせる。
そしてやがて、小さく息を吐いた。
「彼女をこんな目に遭わせた奴を、絶対に許せない。」
その声には怒りと、そしてどこか自分への悔しさがにじんでいた。
「ヴァルト。秘密裏に動ける者を集めろ。徹底的に追い詰めて、必ず捕まえろ!」
「はっ」
静かに、しかし確かな怒りの気配が、レニオスの中に灯っていた。
――――――――――
一方その頃、王宮の奥深く――
術師は、薄暗い回廊を進みながら膝をついた。
「……ヒナリア様」
彼の前に立つ少女――陽菜は、蝋燭の明かりの中、静かに彼を見下ろしていた。
「失敗、したのね?」
「……申し訳ありません。聖剣の力に、呪いが……跳ね返されました。」
「……あのレニオスが、ここまで動くなんて。思った以上に……あの子のこと、大事にしてるのね。」
陽菜は顔に手を添えて、くすりと笑う。
術師はうつむいたまま、必死に言葉を紡ぐ。
「必ず、次は……」
「いいのよ?」
陽菜は、彼の頬にそっと手を添えた。
「あなたが苦しんだ分、あの子も……きっとまだ苦しむわ。」
優しい声で囁くその目に、冷ややかな光が宿っている。
「次の手、考えましょうね。一緒に」
「……はい。ヒナリア様のために」
そして、陽菜は美しく微笑んだ。
「ええ。全部、わたくしのために
――お願いね?」
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