第23話 呪詛返し




「……入ってもいいか?」


その声に、紬はすぐには動けないが、目元がふっと和らいだ。


扉を開けて入ってきたレニオスの手には、小さな紙袋があった。


「これ、ヴァルトが勧めてくれたんだ。甘いお菓子。少しでも元気が出ればと思って。」


優しい声とともに、彼はベッドのそばに腰を下ろす。



その時だった。



――カチ、カチ……。


時計の針とは違う、異様に乾いた音が部屋に響いた。


「……何の音だ?」


レニオスが不思議そうに眉をひそめる。


そして、窓が突然ガタガタと揺れ、照明が一瞬だけチカッと明滅した。


「……っ!」


紬の肩が震える。


レニオスは思わず彼女を庇うように体を寄せ、あたりを警戒する。



そして次の瞬間――



ドンッ……!


何かが部屋の壁を強く叩くような、聞こえるはずのない音が鳴り響いた。



「……まさか…ずっとこれが……?」


震えながら、レニオスの目に驚愕と怒りが浮かぶ。


呪いの気配に、彼の体にも徐々に重さがのしかかっていく。


(力が抜けていく……これは……!)



――その時、部屋の空気が震え、何かを拒絶するような気配が生まれる。


レニオスの持つ聖剣のペンダントが、淡く光を放った。


――――――――――


レニオスの胸元に下げられた聖剣のペンダントが淡く光り始めた瞬間、室内を満たしていた異様な空気が一気に震えだす。


まるで、長らくこの部屋に巣くっていた“何か”が、怒り狂いながらも後退していくかのようだった。


「……っ、これ以上、彼女を苦しめるな!」


レニオスの声が部屋に響くと同時に、光は眩いほどに強まり、レニオスの体から迸るように広がっていった。



――カチカチ……



最後の一拍のように、空間に残った音が鳴ると、まるで何かが砕けたような感覚がレニオスの全身を貫く。



「……っく…っ……!」



その光と呪力の衝突に耐えながら、レニオスは膝をつく。呼吸は荒く、額には汗が滲んでいた。



やがて光がすっと消え、空気が静まる。



不思議なことに、部屋全体に重く漂っていた圧が、まるで何事もなかったかのように消え失せていた。窓は穏やかに佇み、壁も沈黙を保っている。



「……やった、のか……?」



力を失いかけながらも、レニオスは紬のそばに手を伸ばす。


紬は驚いたように目を見開き、涙をにじませながら彼の手を握った。小さく震えるその手に、確かに“安堵”が伝わってくる。




しかし――



「……声は……出ないのか……?」


紬の唇が何かを伝えようと動くたび、レニオスは痛ましげにその様子を見つめた。


「……ごめん。全部、守れなかった。もっと早く……気づいていれば……。」


悔しさを噛み殺すように、彼はそっと紬の手を握り直した。



「でも、もう君をひとりにはしない。

必ず、すべての呪いを解く…。


だから…信じて待っていてくれ……。」



紬はその言葉にゆっくりと頷いた。


声にはならなくても、確かに伝わる

“ありがとう”の気配があった。



レニオスの肩には疲労がのしかかっていたが、その目にははっきりとした意志の光が宿っていた。



“次こそは――この声すらも取り戻してみせる”



静寂に包まれた部屋の中で、レニオスの誓いが、確かに刻まれていた。

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