第21話 ヒーラー
医療班の魔術師たちが部屋の中を慌ただしく動き回っていた。
白衣のようなローブを纏った者たちが、次々と紬の身体に回復の魔法や治療の呪文を施していく。だが、何度繰り返しても
――彼女のまぶたは微かに震えることすらなかった。
「魔力の流れは正常です。……なのに、反応がない……。」
「もしかして、精神面に干渉する類の呪いか……? けれど、それなら兆候があるはずなのに……。」
小声で交わされる魔術師たちのやり取りに、レニオスは苛立ちと焦りを押し殺しながら、紬の手をそっと握った。
冷たい。
その冷たさが、自分の過ちをなぞるようで、胸が締めつけられる。
――どうして、気づけなかった。
――もっと早く、手を差し伸べていれば。
ぎゅっと指に力がこもる。
けれど紬の反応は、何もなかった。
「レニオス……。」
陽菜の声が背後から聞こえた。ふと振り返ると、彼女が悲しそうな顔をして立っていた。
「どうか……わたくしにも、手伝わせてください。少しでも彼女の力になりたいんです。」
彼女の声は震えていた。目元も赤く見える――
けれど、その奥のどこかに、奇妙な静けさがあった。
レニオスは一瞬だけ、それに違和感を覚えた。
だが、今はそれどころではなかった。
「……ああ、頼む。ヒナリア。」
彼は再び紬に視線を戻す。
祈るように――必死に。
その隣で、陽菜はゆっくりと紬の額に手をかざした。
「どうか……少しでも、苦しみが和らぎますように。」
微笑みながら、囁くように唱えられたその言葉は、まるで舞台で語る台詞のように滑らかだった。
その瞬間、かざされた手から光がふわりと広がる。
それはまるで柔らかな春の日差しのようで――部屋の空気が少しだけ温かくなった気がした。
紬の頬に、わずかだが色が戻ってくる。
「……!」
医療班の魔術師たちが驚きの声を上げる中、レニオスも目を見開いた。
「脈が……安定し始めました!」
「体温も……戻ってきている!」
陽菜の顔には、安堵と疲れの色が浮かんでいた。
「よかった……。
ほんの少しですが、お役にたてたようです。」
その声に、レニオスは深く息を吐き、目を潤ませながら陽菜の手を取った。
「……ありがとう、ヒナリア。
君がいなければ、彼女は……。」
「そんな……当然のことをしただけですわ。
わたしたちは、家族ですもの。」
やさしく微笑む陽菜に、レニオスの胸の中にまたひとつ“信頼”の種が落ちた。
しかしその手の中で、彼女はそっと魔力の残り香を指先で撫でる。
(ねえ、レニオス……あなたの“大切”が、わたしにとってどれほど邪魔なものか……いつ気づくのかしら。)
唇の端に、誰にも気づかれぬほど小さく笑みが浮かんだ。
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